July 1, 2019 / 6:16 AM / 5 months ago

コラム:「リスクオフの円買い」を阻む構造変化=唐鎌大輔氏

[東京 1日] - 2019年もすでに半分が終わり、下半期に入った。米連邦準備理事会(FRB)の金融政策運営はすでに利下げの「有無」から「回数」に焦点が移り、米10年金利は一時2%を割り込む動きが確認されている。

 7月1日、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、日本の対外債権構造において、外貨から円に転じられにくい性質のものが増えていることが、「リスクオフの円買い」を抑制していると指摘。写真は2010年10月撮影(2019年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

かかる状況下、ドル相場も下落を強いられ、主要6通貨に対するドルの動きを示すドル指数は、6月だけで2%程度下落している。極めて低い可能性ながら、米国とイランの開戦が意識されてドルを手放す動きが加速したことも、ドル売りを強めている(戦争は米国の「双子の赤字」リスクを想起させるドル売り材料である)。

FRBのハト派傾斜に加え、米国を当事者とする地政学リスクの高まりも相まって、下半期もドル全面安の中でユーロや円が騰勢を強める展開を予想したいところである。

<28年連続で世界最大の対外債権国>

とはいえ、これほど米金利が落ち、ドル全面安が進んでいるにもかかわらず、円高の進行が限定的となっているのも確かである。その理由は1つではないのだろうが、こうした背景には日本の対外資産・負債残高の構造が変化していることが挙げられるように思える。具体的には日本の対外債権構造において、外貨から円に転じられにくい性質のものが増えていることが、「リスクオフの円買い」を抑制しているという議論である。

ここで重要なのは、「リスクオフの円買い」抑制が必ずしも「安全資産としての円買い」の衰えを意味しないということだ。後述するように、円を安全資産たらしめえる条件は今も変わっていない。ただ、その構造が変わっているため、「リスクオフの円買い」が顕現化する経路が遮断されつつあるという実情がありそうである。

この点、財務省の「本邦対外資産負債残高の状況(2018年末時点)』を用いて改めて確認したい。

日本の企業や政府、個人が海外に持つ資産から負債を引いた対外純資産残高は、前年比プラス12兆3000億円の341兆5560億円と2年ぶりに増加しており、日本は28年連続で世界最大の対外債権国の座を維持している。対外純資産の水準としては過去2番目の大きさである。2018年のこの増加は、対外負債の減少と対外資産の増加の両面に押し上げられた結果である。

まず、対外負債残高は前年比マイナス1.1%の676兆4820億円だった。前年を割り込んだのは2009年以来、9年ぶりである。これは有価証券が前年比で約25兆円減少したことに起因している。株式と債券に分けて見ると、前者が約43兆円減、後者が約18兆円増となっており、株式の減少が主導したことが分かる。

さらにその変動要因について「取引フロー」、「為替」、「その他調整(価格変動にほぼ等しい)」に分解すると、株式は「その他調整」が約39兆円減となっており、これが対外負債の減少に効いたことが明白だ。要するに、2018年を通じた対外負債残高の減少は、海外投資家が保有する日本株の時価が下落したことによる部分が大きかったということになる。

<レパトリの円買いが出にくい>

一方、対外資産残高は、前年比4兆7000億円増の1018兆380億円と7年連続で過去最大を更新した。証券投資はマイナス12兆8000億円と大幅に減少しているが(「為替」および「その他調整」に起因)、直接投資が6兆6000億円、その他投資が14兆7000億円それぞれ拡大したことが全体をけん引した。

なお、その他投資は注目されにくい項目だが、定義上、「直接投資、証券投資、金融派生商品及び外貨準備のいずれにも該当しない金融取引」を指す。この内訳を見ると、とりわけ「貸付(銀行の本支店間の取引など)」や「その他資産(未収金)」に類する項目がけん引したことが分かり、この2項目だけでプラス約11兆円となる。直接投資の隆盛に代表されるように、海外に販路を求める潮流が勢いづく中、本支店間の取引が活発化していることの証左かもしれない。

以上を差し引きした対外純資産残高は、証券投資が前年比12兆7000億円増、直接投資残高が4兆8000億円増と、やはり証券投資の膨らみが大きい。上述の通り、海外投資家の保有する株式の価格が下落したことに起因する部分が大きく、日本勢による対外資産の積み上げが増えたわけではない。

だが、対外純資産が世界最大という事実は不変である。政府債務が先進国中で最悪の状況にあっても「安全資産としての円」の地位が揺らいでいない背景には対外債権国としての盤石のステータスが評価されているからであり、これは金融危機の発生前後で共通している事実である。

ゆえに、リスク回避ムードと共に円高が進まない近況をとらえ、「もはや円は安全資産として見なされなくなった」とする論調に筆者は同意しかねる。あくまで「安全資産としての資質があるかどうか」は、「リスクオフの円買いが出るかどうか」とは別の問題である。現在の日本円について考えるべきことは、「資質はあってもレパトリの円買いが出にくい」という構造に変化しつつあるという点である。

以下、これをもう少し具体的に見て行きたい。

<変わる対外純資産の構造>

繰り返しになるが、28年連続で世界最大の対外純資産国という地位は変わっていない。しかし、その中身ははっきりと変わっている。

対外純資産残高における項目別シェアを振り返ると、2000年代前半、半分以上は証券投資が占めており、直接投資は20%にも満たなかった。ちなみにそのころ証券投資の中身は8割前後が債券であったが、現在は6割前後まで落ちている。世界的に金利の低下傾向が強まる中、債券の保有自体が忌避されていることも証券投資の比率低下を招いているとみられる。

こうした流れの結果、2018年末時点の対外純資産残高における証券投資の割合は29.2%と、過去10年間の平均35.6%から6%ポイント以上低下している。片や直接投資の割合を見ると、2018年末時点で44.2%と、同じく過去10年間の平均31.4%から12%ポイント以上上昇している。2014年に直接投資の割合が証券投資を逆転して以降、その差は広がる傾向にある。

為替市場への影響、厳密には「リスク回避の円買い」を考える上では、「有価証券の流動性は直接投資のそれよりも高そう」という点が重要になる。リスク回避ムードが高まった時に、保有している有価証券を手放すことはあっても、買収した海外企業を手放す向きは多くないだろう。そもそも、現状では日本の直接投資収益の半分以上が再投資収益である。これは外貨のまま現地に滞留し、円転の見込みは立たないフローである。

冒頭述べた「安全資産としての資質はあってもレパトリの円買いが出にくい」という事実は、まさにこうした変化の結果である。日本の対外資産はかつての「海外債券(主に米債)の購入」から「海外企業の買収」という形へ変わっており、その結果として「売ったまま戻ってこない円」が増えているという実情が透けて見える。

直接投資が増えてきた主な背景が少子高齢化を受けた国内市場の縮小にあるとすれば、この構造変化は今後さらに進む可能性が高いだろう。平成から令和に進むに当たり、円が経験する最大の変化の1つかもしれない。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

(編集:久保信博)

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