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コラム:中銀が政策正常化に向かう2つの理由=山口曜一郎氏
2017年7月3日 / 07:07 / 4ヶ月前

コラム:中銀が政策正常化に向かう2つの理由=山口曜一郎氏

[東京 3日] - ここ1カ月ほどの欧米の金融政策会合や当局者発言からは1つの大きな流れがうかがえる。それは、労働市場の改善が続いていれば、インフレ圧力が従来の想定ほど高まらなくとも、金融緩和の縮小や金融政策の正常化を進めていくという意思の高まりだ。

特に各国の政策決定者の間には、中期的なインフレは上昇するとの見通しと、資産価格の上昇など将来の金融不安定化のリスクを抑制しておきたい、という2つの重要な考えが存在しているとみる。

予想より鈍いインフレの伸びは、多くの政策決定者やエコノミストを悩ませている現象だ。景気回復によって労働市場は引き締まり、就労者数は増加、失業率は低下しているものの、賃金の伸びは想定を下回り、インフレ圧力が高まってこない(失業率とインフレ率との負の相関関係を示した「フィリップス曲線」がフラット化)。

物価安定を目指す中央銀行は、労働市場の改善を受けた賃金・インフレの上昇を判断材料の1つとして、これまで行ってきた金融緩和の縮小や金融政策の正常化を進めようと考えているのだが、足元での賃金やインフレの動きは予想よりも弱く、悩みの種となる。

この点については、各国の金融当局者や国際機関がさまざまな議論を行っている。最近では、国際決済銀行(BIS)が6月25日に発表した年次報告で、賃金の伸びが抑制的な理由として、グローバルな労働力の拡大、産業の自動化の進展、労働組合の影響力の低下などを挙げていた。ただし、感応度は低下したものの、労働市場の引き締まりは依然、賃金や雇用コストに影響を与えているという結論を示している。

<ドラギ総裁の見立て>

そのような中、6月27日のドラギ欧州中銀(ECB)総裁の講演内容は、足元のインフレが多少弱くとも、各国中銀は緩和の縮小や金融政策の正常化を進めたいはずとの筆者の見立てをサポートするものだった。直接的には「デフレの力はリフレの力に取って代わられた」「インフレに影響を与えている要因は一時的」といった発言に市場が反応していたが、講演内容を丹念に追っていくと、インフレに対する強い見通しがうかがわれる。

特筆すべきは大きく2点ある。1つめは、現在のインフレの鈍い動きは、2014―15年のエネルギー・商品市場の価格ショックが今なお影響を与えているとしたことだ。過去の原油・商品価格下落が総合のみならず食品・エネルギーを除くコアのインフレも一時的に押し下げているという分析を示し、これらがインフレ基調に究極的(Ultimately)な影響を与えることはないとした。

もう1つは、労働市場と賃金・インフレの関係については、さまざまなスラック(需給の緩み)や構造変化が影響を与えているというものだ。具体的には、労働供給のグローバル化や不完全就業者(不本意な臨時的就労・短時間労働)の増加に加えて、構造改革の結果、企業側の賃金交渉力が高まっている点などを指摘している。

またフィリップス曲線のフラット化にも言及し、経済が潜在水準に達し、それを超えてくるようになれば、スティープ化してくるだろうとの見方を示した。さまざまな要因が金融政策の物価へのトランスミッション(波及)を遅らせている可能性があるものの、妨げてはいないとし、ビジネスサイクルの進展により、種々のスラックは解消され、インフレ圧力が高まるだろうと述べていた。

ドラギ総裁の見方が現実のものとなるかどうかは別として、このような考えの上に立っているのであれば、ECBが緩和縮小に向かう確度は高まる。極端に言えば、労働市場の改善が続く限り、インフレが顕著に上がらずとも緩和の縮小は進められる。

<金融市場への含意>

また、上記のような、中期的なインフレ上昇に対する強い見通しに加えて、資産価格の持続的な上昇が将来の金融不安定化の種になるとの懸念も、各国中央銀行の一部に存在している。

印象的だったのは、ドラギ総裁発言があった同じ6月27日に、米連邦準備理事会(FRB)のフィッシャー副議長が「リスク志向の明白な高まりは、これまでのところ金融システム全般のレバレッジ増加につながっていないが、注意深い監視が正当化される」と述べたことだ。

中央銀行の一部には、資産価格上昇への懸念を含めて、金融政策と金融状況(資産価格、金利、信用スプレッド、為替など)との関係に注意を払っている様子がうかがえる。ダドリーNY連銀総裁も、金融状況の動向を考慮に入れる必要があるとし、「金融状況が緩和するなら、金融緩和の除去を継続する刺激となる」と述べている。

さらに前述のBISの年次報告書でも、金融政策正常化の議論の中で、「たとえインフレが上昇しないとしても、金利を長期にわたって低過ぎる水準に維持することは、債務の積み上がりとリスクテークが勢いを増すことになり、金融安定とマクロ経済のリスクを高める」との記述があった。かつて中央銀行の中にはバブルは弾けてみないと分からないという考え方もあったが、最近の議論はそれと一線を画す。中央銀行が金融状況を政策決定時の一要素として考慮し始めている点は非常に興味深い。

こうした中、金融政策の正常化の先頭を走るFRBは、6月の声明文で「雇用拡大は緩やかになったが年初から平均すれば堅調」「インフレは当面2%を幾分下回るが、中期的には2%近辺で安定すると予想」と述べ、利上げを実施した。ECBは6月に、経済活動のリスクバランスを「下方向に傾いている」から「おおむね均衡されていると考えられる」に変更し、「政策金利が長期にわたって現行あるいはそれよりも低い水準にとどまるとみる」の「あるいはそれよりも低い」を外した。

英中銀(BOE)は6月に「金融政策はどちらの方向にも反応できる」から「政策金利の引き上げは漸進的かつ限定されたものになると見られる」と、政策変更の方向を利上げに絞った。さらに、市場ではあまり目立たなかったものの、ノルウェー中銀も6月に「理事会は予想よりも低いインフレを重視。これだけであれば、より低い政策金利を意味する」から「理事会は設備稼働率が上昇していることを重視。インフレはしばらく下振れるが、失業の減少はインフレ上昇を示唆」と緩和に関する表現を削除している。この流れで考えると、4日のスウェーデン中銀の金融政策発表において政策姿勢に変化が出る可能性もありそうだ。

中央銀行が金融政策の正常化に向かうことがよりはっきりとしてくれば、金利・債券利回りは上昇しやすくなり、為替レートも影響を受ける。ユーロはドラギ総裁発言が直接のきっかけとなり、大きく買われた。筆者は従来からユーロドルの年内高値を1.16ドルとみていたのだが、ユーロに対する注目が高まることで、もう少し上振れる可能性もありそうだ。

ただし、先行きは米国とユーロ圏の金利動向をにらみながらとなる。現在はユーロ圏の緩和縮小がより現実的になったことでユーロ買いが先行しているが、いずれ米国が金融政策の正常化を進めることを市場が強く認識することでドル買いとなる局面も出てくるだろう。

ドル円は、年後半にかけて上昇するチャンスがあるとみる。ここまで述べたような中銀の政策姿勢の動きがある中で、日銀だけは動けないからだ。この先、再び円安の動きが台頭してくる可能性が高いと予想している。

*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部長で、ヘッド・オブ・リサーチ。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年にニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。ロンドン大学修士課程(金融学)修了。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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