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コラム:マイナス金利の深掘り、ECBは躊躇か=山口曜一郎氏

[東京 26日] - 9月8日の欧州中央銀行(ECB)理事会まであと2週間を切った。筆者は、今回の理事会では金融政策の据え置きを予想している。ECBは、必要ならば全ての手段を用いて行動するという姿勢を示しているが、必ずしも追加緩和の余地は大きくなく、可能な限り次の一手は先延ばししたいと考えているだろう。

 8月26日、三井住友銀行のヘッド・オブ・リサーチ、山口曜一郎氏は、ユーロ圏で貸出の伸びがさらに加速しない限り、欧州中銀(ECB)によるマイナス金利の深掘りはあと0.1―0.2%程度が限界だろうと分析。提供写真(2016年 ロイター)

そのような中、政策の据え置きを正当化するにはインフレの見通しと貸出の動きが重要なポイントとなる。ここでは、据え置き予想の理由を示すとともに、リスクの所在、仮に追加緩和が検討される場合の政策手段の選択肢について述べてみたい。

<2%目標に届かずともインフレ上昇へ>

まずインフレの見通しだが、7月のユーロ圏消費者物価指数(HICP)は総合インフレ率(ヘッドライン)が前年比プラス0.2%、エネルギー・食品などを除くコアインフレ率が同プラス0.9%と低水準にとどまっているものの、エネルギーのマイナスのベース効果剥落と、ヘッドラインとコアの関係という2つの点から、先行きは一定の上昇が期待できる。

前者については、今まで原油価格の下落によってインフレを下方向に押し下げていたエネルギー価格の影響が、今後は押し上げの方向に効いてくること、後者については、ユーロ圏のコアインフレはヘッドラインに約半年のラグ(遅れ)をおいて動く傾向があることが指摘できる。

両者を併せて考えると、今後は、まずエネルギー価格のマイナスのベース効果剥落からヘッドラインが上昇し、ラグをおいてコアに波及し、それがヘッドラインを押し上げるといった循環を生み出す可能性がある。手元の試算では、この要因だけでHICPは来年半ばにプラス1.3%まで上昇する局面がありそうだ。

これに加えて、原油価格の一段の上昇、国内総生産(GDP)ギャップの縮小、賃金の上昇などがあれば、インフレはさらに押し上げられることになる。また、インフレ期待は実際のインフレに影響を受けるため、HICPが上昇を始めれば、インフレ期待も上向く可能性があるだろう。

この循環をもってしても、「2%を下回るがそれに近い水準」という物価安定目標には届きそうにないが、トレンドが上を向いている限り、ECBは急がないし、マーケットも状況を静観するのではないかと考える。

もちろん、リスクは存在しており、原油価格の下落、ユーロの為替レートの上昇、英国の欧州連合(EU)離脱のユーロ圏への影響波及などが起こり、インフレおよびインフレ期待が下を向き始めるようなことがあれば、ECBへの追加緩和圧力が高まる恐れはある。

<貸出に働きかけるスタンスにシフト>

もう1つのポイントは貸出だ。ECBは3月に、利下げ、資産購入増額、社債購入、新たな長期資金供給オペといった金融政策の包括パッケージを発表し、6月にかけてこれらを実施したが、その中で「金融政策手段の包括パッケージは貸出増加の継続を支え、実体経済の回復を支援する」という姿勢を示してきた。

筆者はこれを受けて、ECBは金融政策効果が発揮される経路に関して、従来の実質的に為替に働きかけるスタンスから貸出増加に働きかけるスタンスにウェイトを移したと判断しているのだが、そうであれば、貸出の伸び継続はECBにとって非常に重要となる。

緩和的な金融政策と、銀行貸出調査における堅調な貸出需要や貸出基準の緩和の動きを見る限り、緩やかな貸出増加の動きは持続可能と考えるが、貸出の伸びは、このあとで触れるマイナス金利にとっても重要だ。もしも、貸出が伸びなくなるような展開となれば、ECBに追加緩和圧力がかかることになるだろう。

当面のメインシナリオは、インフレの上昇および貸出増加の継続であり、この2―3カ月の間にECBが早急に次の一手に追い込まれる確率は低いと見る。しかし、上記で挙げたリスクが台頭することによって、ECBが追加緩和を検討することになった場合、果たしてマイナス金利の深掘りはあるだろうかという点に関して、7月28日にクーレECB専務理事が行った「マイナス金利のインプリケーションの評価」という講演からヒントを探ってみたい。

<マイナス金利深掘りは回避の可能性大>

この講演でクーレ専務理事は、マイナス金利には、物理的な下限(physical lower bound)と経済的な下限(economic lower bound)があるという話をした。物理的下限とは、現金保有コストを上回るマイナス金利水準であり、ここを超えると人々は現金保有に走るが、今のところ、そのような兆候は見当たらない。

問題は経済的下限であり、ここを超えると、銀行セクターにおいてマイナスの影響がプラスの影響を上回り、銀行収益の悪化が銀行の貸出抑制につながることから、金融緩和の効果が失われてしまうという水準だ。

クーレ専務理事の結論では、ユーロ圏の金利はまだこの経済的下限には達しておらず、現在のECBの金融政策には大きな効果があると判断しているが、中央銀行はこの潜在的な経済的下限に注意を払わなければならないとも述べていた。

講演では経済的下限の水準には言及がなく、市場参加者もどちらかと言うと金利の下限はまだ遠いという受け止め方をしていたが、経済的下限までの距離は実はそれほど遠くない可能性がある。

欧州銀行の収益構造を見ると、収益の6割は金利収入が占める。2015年の銀行の増益要因を分解すると、金利収入、非金利収入、引当金の戻入れなどが収益押し上げに効いているが、引当金の戻入れなどの一時的要因は持続的でない。今後の銀行ビジネスにおいては、非金利収入への注力や経費削減なども進められるだろうが、何といっても金利収入の確保が重要となる。そのような中、一段のマイナス金利の深掘りで貸出利ざやが縮小し、収益が圧迫されるようだと、前述のような収益悪化による貸出抑制という展開に陥る恐れがある。

マクロ的な貸出利ざやの推移を見るために、ECBが公表している市中の貸出金利から預金金利を引いたものを貸出利ざやとして計算すると、2014年6月にマイナス金利が導入される前までは、企業の利ざやは2.3%程度、家計の利ざやは2.7%程度あったが、直近ではそれぞれ1.6%、1.9%まで縮小している。その分を貸出の増加で補えれば良いのだが、例えば、利ざやが2.0%から1.9%に縮小した場合、単純計算でこれを埋め合わせるには5%の貸出増加が必要となる。

現状の貸出の伸びはだいたい年プラス1.5―2.0%のペースであり、埋め合わせには不十分だ。つまり、この先は、貸出の伸びとマージン縮小ペースの両にらみでマイナス金利の限界が決まってくると見る。

クーレ専務理事が8月23日に「ECBの追加行動は金融安定リスクの可能性といった副作用を伴う」「ただより高いものはない」と発言したことを踏まえると、経済的下限はそれほど遠くないのかもしれないという考えに至る。個人的には、貸出の伸びがさらに加速しない限り、あと0.1%あるいは0.2%程度のマイナス金利の深掘りが限界ではないかと見る。

それゆえ、下方リスクが顕在化しない限り、ECBはマイナス金利の深掘りを回避するだろう。次の一手はできるだけ先送りし、年内最後の12月8日の理事会において、2017年3月が期限となっている資産購入プログラムの9カ月延長をメインの緩和ツールとして打ち出してくると予想する。

*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部副部長で、ヘッド・オブ・リサーチ。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年にニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。ロンドン大学修士課程(金融学)修了。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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