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コラム:先進国に朗報か、欧州賃金インフレの萌芽=山口曜一郎氏
2017年9月28日 / 08:47 / 25日後

コラム:先進国に朗報か、欧州賃金インフレの萌芽=山口曜一郎氏

[東京 28日] - 筆者は9月前半にドイツやチェコなど欧州諸国を訪れ、各地のエコノミストや企業関係者らと会合を持った。そこで見聞きしたアネクドータル(伝聞的)な話が必ずしも経済全体を映し出していないことは理解している、だが、経済は必ず最前線から動き出す。今回は労働市場と賃金・インフレについて、アネクドータルな話も生かしつつ、この先の展開を予想してみたい。

最初に、マクロ経済の議論を確認する。世の中では、先進国を中心に、失業率が低下しているにもかかわらず、賃金やインフレがなかなか上がってこないことが問題視されている。

労働市場と賃金・インフレの関係は、しばしばフィリップス曲線で示されるが、過去と比較すると、失業率の低下に対して、賃金やインフレの上昇が弱く、フィリップス曲線がフラット化(平坦化)している。これをどう理解するか、今後どうなっていくのか、というのが議論の焦点だ。

これについては、各方面で構造的要因が影響しているとの分析が行われている。例えば、国際決済銀行(BIS)は、新興国の労働力がグローバル経済に組み込まれたことによる労働供給力の大幅増加や国際的な労働競争の高まり、産業の自動化による製造業労働者への影響などから労働者の賃金交渉力が減退し、それが抑制的な賃金の伸びにつながっている点を指摘している。一国の賃金動向は、グローバルな賃金動向との相関が強まる一方で、国内の労働市場との相関が弱まっているようだ。

17日のカーニー英中銀(BOE)総裁の講演でも、グローバル化が国内のスラック(経済資源の余剰)とインフレの関係に影響を与えているとの指摘があった。要点を取り上げると、かつては国内で生産や労働の需給が引き締まれば賃金やインフレが上昇していたが、現在はグローバル化が進んでいるため、国内で需給が引き締まっても、以前よりも賃金やインフレが上昇しにくくなっている、とのことだ。

このように、構造的要因は、労働市場と賃金・インフレの関係に相応の影響を与えている。

<ドイツで「人手不足」と「採用難」が加速か>

しかし、そうは言っても、構造的要因によって労働市場と賃金・インフレの関係がなくなってしまったわけではない。

前述のBISに加えて、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中銀(ECB)などの分析でも指摘されているが、労働市場と賃金・インフレの関係が弱くなったように見える一因として、現在の労働市場のスラックは失業率で示されるよりも大きいという議論がある。つまり、労働需給はまだそれほど逼迫(ひっぱく)していないため賃金が上がってこないということだ。

正規雇用を求める非正規雇用者や、現在求職活動をしていないものの就業希望のある労働者などを加えた広義の失業率を見ると、労働市場のスラックは今なお大きく、そのため賃金が抑制されている。よって、今後、スラックが一段と解消に向かえば賃金は上がってくるというわけだ。

また、賃金の伸びの鈍さは、金融危機以降のインフレとインフレ期待の低下が影響しており、経済のスラック減退によってインフレが上がってくれば、賃金上昇圧力が戻ってくるという見解もある。

これらの議論を総合すれば、構造的要因が労働市場と賃金・インフレの関係を弱め、フィリップス曲線のフラット化を招いているものの、関係自体はまだ有効であり、労働市場のタイト化がさらに進み、スラックが解消に向かえば、いずれ賃金やインフレは上がるとの見方ができそうだ。

その観点で、欧州内に賃金・インフレの上昇の兆しがないか探っていたところ、いくつもの興味深い話を耳にした。ドイツでは、労働市場が一段と引き締まっており、少なくとも一部の企業では、労働者が採りにくくなり、賃上げを行わざるを得なくなっているようなのだ。

他には、従来、一部の業務を外注に出していたが、人件費増を受けて外注費用が上昇したり、外注先が人手不足で納期に間に合わない事態が発生していたりする、という話もあった。

また、以前は非正規雇用で対応していた業務について、非正規では人を採れず正規雇用での採用を検討しているとの声も聞かれた。これらは全てアネクドータルな話だが、こういった企業の最前線の動きがじきに経済統計に表れてくるということはよくある。

実際、ドイツでは失業率が3.7%に低下する中、賃金は前年比プラス2.9%、インフレは同プラス1.8%とピックアップの兆しがみられる。これに前述の話を加味すれば、この先、一段の上昇が見込めそうだ。

ちなみに、ドイツの失業率と賃金上昇率を示したフィリップス曲線を見ると、現在は2008年以前と比べて傾きがフラット化しているものの、ここから賃金が上がりそうな位置にある。今後、さらに労働市場が引き締まれば、賃金の伸びが高まってきそうだ。それに伴ってインフレの上昇も期待できる。

<チェコのフィリップス曲線は教科書通り>

さらに、労働市場の引き締まりが賃金・インフレの上昇につながる、より現実的な証拠がないかと探したところ、ドイツの隣にあるチェコ共和国にそれはあった。

チェコ経済は、ドイツを中心とする良好なユーロ圏経済の恩恵を受けて外需が盛り上がり、それが内需に波及したことで、現在は内外需とも好調、失業率は2.9%まで低下し、賃金上昇率は7%台に加速している。ここでも現地のアネクドータルな話を数多く入手したのだが、人手が全く足りず、労働市場で新たな人材を探すことは非常に難しいという話だった。その結果、企業間では人の取り合いとなり、賃金コストが上昇している。

経済活動の高まりと賃金の伸び加速を受けて、インフレは前年比プラス2.5%まで上がっており、労働市場の引き締まりが賃金とインフレの上昇につながっている様子がうかがえる。チェコ中銀は、4月の為替介入停止に続いて、8月には政策金利を0.25%に引き上げた。27日には金融政策を据え置いたものの、年内の追加利上げが予想されている状況だ。

ちなみに、チェコの失業率と賃金上昇率を用いたフィリップス曲線を見ると、過去2四半期は、構造的なフラット化が嘘のような急勾配の上昇を示している。

チェコは小国であり、この国の動きが、同じようにドイツやユーロ圏でみられるかという点については、ある程度割り引く必要がある。しかし、小国開放経済であるがゆえに、かつてリーマン・ショック後に大きな経済的打撃を受けたことを考えると、現在の力強い動きは、グローバルな経済環境の変化を一部体現している可能性がある。

加えて、ドイツなど西欧の労働市場では、チェコなど中東欧諸国との労働競争から、賃上げの動きが抑制されていたことを考えると、競争相手国の賃金上昇は西欧での賃金抑制の動きを幾分緩めることになるだろう。

アネクドータルな話や中東欧小国の経済活動を、そのまま各国経済の動向に当てはめるわけにはいかないものの、企業の話と足元までの経済データを足し合わせて考えれば、少なくとも数カ月前と比べて、賃金が上昇してくる確度は高まっているとみていいだろう。この見通しが実現に向かうようであれば、欧米の金融緩和縮小や金融政策正常化の進展もより現実的なものとなってくる。

*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部長で、ヘッド・オブ・リサーチ。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年にニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。ロンドン大学修士課程(金融学)修了。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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