March 21, 2018 / 7:38 AM / a month ago

コラム:米朝会談とパウエル・プット、「失望の円高」招くか=斉藤洋二氏

[東京 21日] - 「期待」の生成と消滅が相場を揺り動かしてきたことは、経済理論以前に経験の教えるところである。

実際、短期的にはさまざまな期待が投機を刺激しては相場を均衡点から乖離させ、そして期待が剥落し、さらに失望へと転じる時には相場は逆回転し急坂を転げ落ちる。

この結果、大幅な値動きは為替相場をはじめ現代の金融市場の特徴となり、絶えず均衡点を模索しては、「均衡点あたり」と思われる水準を上下し続けている。そこで、現在の均衡点の指標として購買力平価(PPP)が参考となるが、このPPPも各種存在し、どれを利用するかは難しい問題だ。

ちなみに、過去20年の円相場のチャートを眺めると、100円を中心に上下25円、つまり75円から125円がコアの変動ゾーンであることは一目瞭然だ。従って、企業物価ベースのPPPが示す90円台後半から100円近辺が「均衡水準あたり」と言って良いのかもしれない。

ついては、以下に経常収支黒字を反映して為替需給の不足感が乏しい中で円高傾向をたどる円相場について、2期目が事実上始動した黒田日銀と、米朝首脳会談を控えるトランプ外交、そしてパウエル新議長率いる米連邦準備理事会(FRB)の動向を検証しつつ、期待の生成と消滅がもたらす影響を考察したい。

<黒田日銀があおった期待の結末は>

振り返れば、2013年3月、日銀総裁に就任した黒田東彦氏は、前任の白川方明総裁時代に日銀と政府の共同声明で掲げた2%のインフレ目標を2年程度で達成するため「何でもやる」と強調。その翌月の最初の金融政策決定会合で、異次元緩和の実施に踏み切り、期待をあおり円安・株高をもたらした。だが、その市場の預言者としての神通力は、2014年10月末のハロウィーンの追加緩和でピークに達したようだ。

2015年夏ごろを境に、「トリクルダウン」、つまりシャンパンタワーのように富裕層、中間層そして貧困層へとアベノミクスの恩恵が広がるという幻想が薄れるのに歩調を合わせ期待は薄れていった。この間、ドル円相場は一時125円を超えたが、今は出発点となった70円台に向かっているようにも見受けられる。

このような環境下、3月9日に黒田総裁の第1期体制下での最後の金融政策決定会合と記者会見が行われた。5年前に颯爽(さっそう)と登場した黒田総裁だが、もはや当時のカリスマ的な面影はない。

「必要ならさらなる追加緩和も検討する」とは言うものの、実際のところ、日銀にはもはや金融正常化に向けた資産購入の減額や利上げしか選択肢は残されていないのではないか。とはいえ、仮定の話としてでも出口戦略に触れるだけで円高・株安へと市場が振れるとなれば、いかんともし難いのが実情だろう。そして、目標達成時期の延長が繰り返される中、市場で「期待」を有する者が減り続けていることは想像に難しくない。

このように黒田日銀の第1期が「期待の生成」による円安・株高がテーマだったとすれば、第2期は「期待の消滅」の中で円高・株安をいかに回避できるかが注目点ということになるだろう。

<直感に頼るトランプ外交の破綻リスク>

もっとも、人は根っから楽天的にできているようで、1つの期待が消え去れば次の期待が芽生えるのも世の理(ことわり)だ。金正恩・朝鮮労働党委員長さらにトランプ米大統領と会談した韓国の鄭義溶・大統領府国家安全保障室長が日本時間の3月9日、折しも黒田日銀総裁1期目最後の決定会合と記者会見の日に、米朝首脳会談が5月までに行われるとワシントンで発表した。

すわ、「半世紀を超える朝鮮戦争の終結が宣言される」のではないかとの期待が世界を駆け巡り、株式市場が上昇し円が売られたのはまさに新たな期待のなせるところである。

だが、これまでも北朝鮮には何度も煮え湯を飲まされてきただけに鵜呑(うの)みはできないというのが大方の読みではないか。「今秋には金正恩氏が国連に出席し、トランプ大統領にはノーベル平和賞が授与されるのでは」と期待はどこまでも膨らんでいくが、期待は大きければ大きいほど失望も大きく反動も大きくなる。特に米外交の要だったティラーソン国務長官が解任され、外交スタッフが脆弱になっている中で、「直感」に頼るトランプ外交の破綻には十分に気をつけねばならない。

そもそも、トランプ政権が誕生した際にホワイトハウス西棟(ウエストウイング)で執務していたバノン氏(昨年8月まで首席戦略官兼大統領上級顧問)ら主要な側近はほぼ全員入れ替わっており、トランプ政権の屋台骨が揺らいでいるのは明らかだ。さらに、経済政策の司令塔だったコーン国家経済会議(NEC)委員長の辞任もあり、今後政権による保護主義政策は対中強硬派のナバロ通商製造業政策局長やロス商務長官らによって進められる見込みである。

従って、輸入制限を切り札に、トランプ政権は北米自由貿易協定(NAFTA)、欧州連合(EU)をはじめ各国・地域との交渉を有利に進めようと強気のディールを行うだろう。果たして中国などと貿易戦争がどのように展開されるのか、しばらく米朝会談の行方とともに注目する必要がある。その進展次第では円相場も大きな影響を受けることになるだろう。

<パウエル・プットで円高加速も>

現在、トランプ大統領の政策については期待感と不安感がないまぜになっている。国内産業やプアホワイト(白人の貧困層)向けの保護政策が米国の経済浮揚に貢献するのではないかとの期待が少なからず金融市場にあり、ある程度この政策が好感を持って受け止められているのも事実だ。ただ、その期待がはげ落ちた際の金融市場の逆回転には警戒が必要だ。

そこで市場で注目されるのが「Mr.Ordinary(ミスター普通)」ことパウエルFRB新議長の手腕である。デビュー戦として注目された議会証言では経済見通しに確信を示し、今後は金融正常化に邁進するものと受け止められた。それだけに、イエレン前議長が2015年8月の人民元切り下げに端を発した「チャイナ・ショック」の際に利上げを見送るなど市場にやさしい政策(イエレン・プット)をとってきたように、一朝事ある時は「パウエル・プット」を柔軟に発動させるのかどうかが市場の関心を呼ぶ。

特に「安全保障上」との但し書きをつけて重視する貿易赤字削減に向けてトランプ政権の次の一手は万人に分かりやすい「為替切り下げ」ではないか。それでなくとも黒田日銀があおった期待が消滅した今や、米朝首脳会談への期待が薄れた場合、株式そして為替市場の失望は大きく、パウエル・プットの出番がいよいよ必要となるだろう。

そして、このような緊急事態が発生した際の円相場の動きには注意しなければならない。すでに対ドルで年初の113円から一時105円割れ目前まで円高が進んだが、遠くにかすんでいた1ドル=100円が目前に迫ってきたように感じられる。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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