July 20, 2018 / 8:30 AM / a month ago

コラム:円安期待打ち砕く貿易戦争激化と原油安シナリオ=斉藤洋二氏

[東京 20日] - 112円台で幕開けした2018年のドル円相場は、米中貿易戦争に対する懸念などを背景に、3月下旬104.64円まで下落したが、その後上昇に転じ、ここにきて年明けの水準を回復した。特に最近は111円半ばの抵抗線を抜け、1月8日の年初来高値113.40円に迫る場面もみられた。

 7月20日、ネクスト経済研究所の斉藤洋二代表は、12月末までの時間軸で見れば、原油高の変調や中国発ミニショックの兆し、日本たたきの可能性など、むしろ潜在的な円高材料は増えていると指摘。写真中央右はサウジアラビアのサルマン国王、その左はトランプ米大統領。リヤドで2017年5月撮影(2018年 ロイター/Jonathan Ernst)

では、年末に向けてこの勢いを保持し上値を追うのか、それとも再度下値を探るのだろうか。

今後のドル円相場を占う上で大きな決定要因は何かと言えば、やはり原油相場の動向、そしてトランプ米政権の保護主義的政策を契機とする貿易戦争の行方(特に日本への影響)だろう。ついては、これらの問題点を整理し、年末に向けた相場の行方を考察したい。

<トランプ大統領が懸念するガソリン高>

まず、原油相場と円相場の相関について初歩的な部分を押さえておこう。

日本の輸入額は2008年以降、年間約61兆円から約86兆円の間で推移しているが、このうち原粗油・液化天然ガス(LNG)など鉱物性燃料の輸入が占める割合は約18%から約35%(額にして約12兆円から約28兆円)の間で大きく揺れ動いてきた。

ちなみに、2017年は日本の輸入額約75.4兆円のうち、鉱物性燃料は約15.8兆円と21%程度を占めた。要するに、日本の輸入額は毎年、原油価格の上下動にさらされて数兆円単位で増減し、為替需給に大きな影響を与えてきたわけだ。

原油価格と円レートの関係を非常に単純化して言えば、原油の輸入は基本ドル建てなので、原油高(貿易収支悪化要因)はドル買い円売り、原油安(貿易収支改善要因)はドル売り円買いにつながりやすい。むろん、為替相場の変動要因は数多あり、この関係性はあくまで傾向にすぎないが、円相場が原油価格の動向に左右されることは免れない。

その原油価格は米国産標準油種(WTI)で見て2016年初に一時1バレル当たり30ドルを下回っていたが、同年2月の主要産油4カ国(サウジアラビア、ロシア、カタール、ベネズエラ)による増産凍結合意、同年12月の石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟国による15年ぶりの協調減産合意などを受け、上昇トレンドに転換。その後、米国を中心とする世界経済の持続的成長や中東などにおける地政学リスクの高まりを背景に、さらに上値を伸ばした。

最近では、リビアやベネズエラでの供給懸念に加え、イラン核合意からの離脱を表明したトランプ米政権が同盟国に対し11月4日までにイラン産原油の輸入を停止するよう求めていることも上昇圧力につながっている。5月には2014年11月以来の70ドル台に乗せ、本稿執筆中の7月20日現在も70ドル近辺で推移している

なお、5月の日本の貿易収支は5805億円の赤字だった。輸出、輸入ともに伸びたが、主に原油高を背景に輸入の伸びが上回った格好だ。4月以降のドル円上昇要因としては、北朝鮮情勢を巡る緊張緩和への期待、そして米国の堅調な経済成長が語られることが多いが、筆者が注目しているのは、この原油高を受けた為替需給のひっ迫(ドル買い円売り)である。

問題は、今後も原油高が続くかどうかだ。むろん、原油相場がオーバーシュートする傾向にあることは、2008年に100ドル台に急騰し、リーマン・ショック前夜の同年7月に147ドルの史上最高値を記録したことからも容易に見て取れる。その意味で、このところ上昇しているとはいえ依然、10年前に付けた最高値の半値程度であることからしても、原油価格にはまだ上昇余地があるのかもしれない。

ただし、年内について言えば、100ドルに迫るようなオーバーシュートはなかなか起こりにくいのではないか。夏休みシーズンに入った米国では、レギュラーガソリンの平均小売価格が、1ガロン(約3.8リットル)当たり3ドルの大台を突破する勢いとなっている。

この1ガロン3ドルのガソリン小売価格は、米国の低中所得者層の購買意欲を下押しする「心理的な節目」だと言われる。11月の米中間選挙を前にしてトランプ大統領が原油価格を人為的につり上げているとOPECを非難し、いら立つのも無理からぬことと言えるだろう。

こうした状況下、サウジを筆頭とするOPEC加盟国とロシアなどの非加盟産油国は6月、小幅な増産を行うことで合意した。

真相は明らかではないが、トランプ大統領は6月30日のツイッター投稿で、イランとベネズエラの問題を踏まえ、サウジのサルマン国王が日量200万バレルの増産で合意したと述べた(米ホワイトハウスはその後、サルマン国王はトランプ大統領に、必要があれば原油増産が可能であり、サウジには日量200万バレルの生産余力があると述べたとの声明を発表した)。

いずれにせよ、今後の増産で原油需給が緩み始め、原油価格が1年前の50ドル割れ水準にまで落ち込めば、為替需給の急激な変化をもたらし、ドル売り円買いを加速させる可能性がある。後述する貿易戦争への懸念も手伝って、世界経済の堅調な成長継続シナリオに黄信号がともる中、円安材料としての原油高継続シナリオを頭から信じてかかることは危ういだろう。

<中国人民元ショック再発の可能性>

その貿易戦争については現在、中国との関税引き上げの応酬が米国経済の成長率に与える影響は軽微だとの楽観的な見通しが支配的となっている。中間選挙に向けたトランプ大統領の政治的演出にすぎず、マーケットにとっては「ノイズ(雑音)」だとの見方すら聞かれるが、果たしてそうなのだろうか。

周知の通り、トランプ政権は中国の知的財産権侵害などを理由に米通商法301条に基づく総額500億ドル(約5.6兆円)規模の対中制裁関税を決定しているが、6日には実際に340億ドル(約3.8兆円)相当の中国製品に25%の追加関税を発動。残る160億ドル(約1.8兆円)分も月内に発動する方針を示している。さらに、10日には、新たに10%の追加関税を課す2000億ドル(約22.5兆円)相当の中国製品リストを公表した。

この2000億ドル分は9月にも発動されるというが、もし実際にそうなれば、「同規模、同水準」の報復関税で応じる方針を示している中国も340億ドル相当の米国製品に加えて、新たな措置に出る公算が大きい。

確かに、中国側が2000億ドル相当の対抗措置を講じたとしても、米国の国内総生産(GDP)に与える影響はコンマ数パーセントに満たないと見込まれているが、国境を越えた生産工程間分業が進んだ現代において、机上の計算通りになるとは限らないのは多くのエコノミストが認めていることだ。

また、共和党の票田である農家への打撃が大きくなることから、トランプ政権の不安定化がさらに進む可能性もある。すでにアイオワ州やイリノイ州など中西部穀倉地帯では、米中貿易戦争に伴う深刻な影響が懸念されている。

一方、中国は、米国よりも明確に大きな経済的ダメージを受ける可能性が高いとみられている。米国から輸入している大豆やトウモロコシは、家畜の飼料をはじめ、食料安保の観点から中国にとって極めて重要であり、高関税適用のコストは重くのしかかる。

すでに貿易戦争の不安は、ただでさえ米国よりも厚みのない中国の金融市場において、高まっている様子がうかがえる。2月に対ドルで6.2元台にあった人民元は、目下6.8元台に迫る水準へ下落。上海株(総合指数)も1月高値の3500近辺から下降線をたどり、現在は2800付近と2割ほど減価している。

元安については、対米貿易戦争をにらんだ意図的な誘導との見方もあるが、2015年夏に国際金融市場を揺るがした「中国人民元ショック」の記憶はいまだ鮮明であり、中国当局が株安連鎖や資本流出を招きかねない通貨安誘導に活路を求めるとは思えない。ドル円上昇を支えてきた世界経済の成長継続シナリオはかくも危うい状況にあるのだ。

最後に貿易戦争について言い添えれば、トランプ大統領の攻撃の矛先が中国、欧州連合(EU)、メキシコ、カナダへと向けられる中で、日本だけが例外扱いされるとの期待は禁物だろう。

今後の日米通商交渉で、2017年の対米貿易黒字(モノの取引)が中国、メキシコに次いで大きい日本への非難の声が高まる可能性は否めない。日本の6月の貿易収支は7214億円の黒字で、対米黒字は0.5%増加している。言葉によるジャパン・バッシング(日本たたき)だけならまだしも、米国政府が実際に輸入自動車への高率関税を導入するような事態になれば、ひときわ大きな経済的ダメージを被るのは対米輸出依存度の高い日本だ。

このように、12月末までの時間軸で見れば、原油高の変調や中国発ミニショックの兆し、日本たたきの可能性など、むしろ潜在的な円高材料は増えている。ここ数週間のドル円上昇に勢いづいた円安加速シナリオに、さしたる根拠があるようには思えない。

斉藤洋二氏(写真は筆者提供)

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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