August 16, 2018 / 7:12 AM / 3 months ago

コラム:真夏の嵐を呼ぶトルコリラと中国人民元=斉藤洋二氏

[東京 16日] - 近頃の金融市場は、デリバティブが駆使され、さまざまなポジションが国境や各市場をまたいで、複合的に積み上がっている。また、AI(人工知能)やアルゴリズムの進化が相まって、大幅な変動が起きやすい。それだけに日々の変動は次々と上書きされ、過去の出来事の記憶は薄らいでいく。

 8月16日、ネクスト経済研究所の斉藤洋二代表は、トルコリラと人民元の変動に拍車がかかり、金融危機の火種になりかねない点には注意が必要だと指摘。写真中央は米ドル、その下はトルコリラ。イスタンブールで2011年1月撮影(2018年 ロイター/Murad Sezer)

とはいえ、今年はリーマン・ショックが起きた2008年からちょうど10年目の節目であり、いまさらながら当時の金融市場の混乱と直前の泰平ムードとのコントラストが鮮烈に思い出される。

そんな折、日銀は7月17日、2008年1―6月に行われた計7回の金融政策決定会合の議事録を公表した。それによれば、同年6月12―13日開催の会合、つまりリーマン・ショックが起こる約3カ月前に行われた会合においてでさえ、その後の危機到来を十分に見通せていなかった様子がうかがえる。

例えば13日の会合では、当時の白川方明総裁が欧米金融市場の状況を評価する際、危機や最悪期の定義に触れ、「私自身、大手の金融機関が突然破綻することを指して最悪期とか危機だと言っているように思え、そういう意味でいくと多分、危機、最悪期は去ったのだろうと思う」と述べていた。

いつものことながら危機発生前には警戒感がやや弛緩するようであり、当時の金融市場も例に漏れず、サブプライム危機は出口に向かうとの一部の楽観論も手伝って、日経平均、NYダウともに底堅い動きを見せていた。2008年7月11日にはニューヨーク商業取引所(NYMEX)の原油先物価格(WTI)が1バレル=147ドルの史上最高値を記録するなど、リスクオン・ムードも健在だった。

しかし周知の通り、2008年9月15日の米証券大手リーマン・ブラザーズ経営破綻を機に、市場はリスクオフへと急旋回。その翌月、日経平均は一時7000円割れ、NYダウも一時8000ドルを割り、翌2009年3月には6469ドルの底値まで下落した。その後、各国政府・中央銀行が拡張的な財政・金融政策を総動員した結果、混乱はようやく収束に向かった。

そして10年後の今年、トランプ米政権が仕掛ける対中貿易戦争や後述するトルコリラ・ショックなどもあり、足元ではやや弱気風が吹き始めているものの、日経平均は8月16日終値で2万2000円台、NYダウは同15日終値で2万5000ドル台と、目覚しい回復ぶりを示している(NYダウに至っては回復どころか、今年1月に史上最高値を更新)。

こうした株高の背景には、アップル、アマゾン・ドット・コム、グーグル(アルファベット傘下)など米国を代表するテクノロジー企業の大躍進があるが、それ以上に見逃せないのが「喉(のど)元過ぎれば熱さを忘れる」のことわざの通り、市場に強欲さと投機熱が回帰してきたことだ。

銀行の自己勘定取引などを制限する「ボルカー・ルール」の骨抜きを図る動きはその表れだろう。要するに、バブルの芽があちこちで大きくなっていると思われる。

「十年一昔」とはよく言ったもので、確かに1987年のブラックマンデー、1997年のアジア通貨危機、そしてリーマン・ショックの前哨戦である2007年のパリバ・ショックと、10年周期で危機が発生している。

現在稼働中のパラダイムも間もなく不調を来し、ショックを起こす可能性は否定し難い。「強気相場は幸福感の中で消えていく」との格言が教えるように、低金利に支えられてきた世界経済成長はすでに警戒水位に達している可能性がある。

<金利上昇への耐性欠如>

では、現在のパラダイムに生じている変化は何かと言えば、低金利政策から金融正常化へのシフト、平たく言えば金利上昇圧力だろう。

現在の成長システムは低金利を前提としたものであり金利上昇への耐性が欠如している。この10年を振り返ると、米国においてはバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)元議長が量的緩和策を主導してきた。

そして、退任前に量的緩和縮小のレールを敷き、それ以降イエレン前議長とパウエル現議長がその路線を踏襲。ゼロ金利政策を解除し、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を1.75―2.00%まで引き上げてきた。米10年債利回りは一時3%台に達し、今も2%台後半に定着するなど米国では低金利パラダイムは終わったと言っていいだろう。

4―6月期の米実質国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値は年率換算で前期比4.1%増となり、足元の7―9月期についても、アトランタ地区連銀の予測モデル「GDPナウ」によれば4.3%増に加速する見通しだ(8月15日時点予測)。トランプ米大統領が声高に語りたくなるような好調ぶりである。FRBの利上げについては、今年後半あと2回、さらに来年についても3回程度行われる可能性が高い。

米国外に目を転じても、欧州中銀(ECB)が6月、量的緩和策に相当する資産買い入れプログラムを年内で終了することを決めた。日本でも、日銀が7月に「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」を発表し、緩和継続を目指すとしつつも金融システムへの副作用に配慮する動きを強めている。わずか0.1%刻みとはいえ長期金利操作の弾力化も図られ、新発10年債の利回りは8月2日、一時0.145%を付けた。

要するに、非伝統的金融政策を成長回復エンジンとした過去10年のパラダイムが激変にさらされている。今後米国の金利高と通貨高に直撃される新興国や企業は長期資金の借り換えにおいて、さまざまな不都合に直面することが予想される。

低金利になじんだ世界経済・国際金融市場に金利上昇の影響は直接、間接に及ぶことは必至だ。これが新たな金融危機の火種になる可能性は拭えない。

<「コンフィデンス・ショック」の可能性>

実際、泰平を突き崩す異変の予兆はあちこちで散見されるようになってきた。米中貿易戦争もさることながら、トルコが通貨急落に見舞われたことをきっかけとして、新興国市場全体に動揺が広がっている点は気掛かりだ。

震源地となったトルコ経済の先行き不透明は増すばかりである。高金利を嫌うエルドアン大統領のけん制を受けて、15―16%水準の高インフレに対処すべき中央銀行が小手先の対応しか取れず、トルコ経済は極めて脆弱な状況に追い込まれている

トルコリラ・ショックは8月16日現在、小康状態にあるものの、トルコ中銀が利上げなど抜本的な対策を取れなければ、いつ急落を再開しないとも限らない。トルコ危機は局地的な悪材料にすぎないとの見方も多いが、そうした論者も認めているように、グローバルなリスク回避の連鎖につながれば危機の震度は一気に高まることになる。

コンフィデンス(信用)ショックが起これば当然、問題はトルコにとどまらない。国際与信残高に占めるトルコ向けの割合の低さだけを見て、例えば欧州金融システムが揺さぶられる恐れはないと言い切るのは危険だ。

また、このトルコリラ急落に加えて警戒すべきは、中国人民元ショックの再来だろう。かねてより資本流出が懸念されていたところに、米中貿易戦争が勃発。これを通貨安で乗り切ろうとする中国政府の意図が透けて見えて、市場の売りを誘っている。

8月16日は対ドルで元高方向に若干振れたものの、日本時間午後4時現在1ドル=6.9000元付近で推移し、3月27日に付けた対ドル年初来高値6.2448元から見て、依然として10%程度の元安水準にある。7元の大台突破も目前に迫っている。

今後、トルコリラと人民元のさらなる変動が夏の嵐を呼びかねない点には、細心の注意が必要だろう。

斉藤洋二氏(写真は筆者提供)

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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