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コラム:ロシアゲートが増幅する「円高の夏」=斉藤洋二氏

[東京 19日] - 今年最大のリスクイベントと目されたフランス大統領選挙が無事通過し、ユーフォリア(幸福感)の中で株高・円安が進んだのもつかの間、5月半ばを過ぎてリスク回避姿勢が再び強まり、相場は不安定な展開となっている。背景にあるのは、いわずもがな「ロシアゲート」疑惑である。

 5月19日、 ネクスト経済研究所の斉藤洋二代表は、今年は為替需給と期待感の行方から見て「円高の夏」が訪れる可能性は高く、その勢いはトランプ政権の政策運営に対する不安から増幅される恐れがあると指摘。提供写真(2017年 ロイター)

トランプ大統領がコミー連邦捜査局(FBI)長官を解任して以来、ニクソン大統領の辞任につながった1970年代前半のウォーターゲート事件にちなんで、今回の騒動を「ロシアゲート」事件と呼ぶメディアが増えている。

なにより、政治的混乱から大型減税など景気刺激策の早期実現が難しくなるばかりか、トランプ政権が機能不全に陥るのではないかとの懸念がリスク資産相場の重しとなっている状況だ。

4月中旬の108円台から5月前半に114円台まで回復したドル円もその後再び下落基調に転じ、18日には一時110円台前半にまで落ち込んだ。足元ではやや持ち直しているものの、日本時間19日午後5時現在、111円台半ば近辺で上値の重い展開を続けている。新たな不安材料が加われば心理的節目の110円を割れて、108円、107円、さらに105円と試す展開も想定せざるを得ない。

中道派・マクロン氏の勝利に終わったフランス大統領選後、24年来の低水準付近に下がったVIX指数(別名・恐怖指数)も、ここ数日で急上昇。同大統領選での極右・ルペン氏勝利の可能性がまだ残っていた(加えて北朝鮮情勢を巡る緊迫度が一気に高まっていた)4月中旬当時の水準に逆戻りした。

むろん、リスク資産の代表である米国株は17日こそ11月の米大統領選後最大の下落幅を記録したものの、18日は値を戻し、ダウ平均株価で見て2万ドル超の高値圏にとどまった。喉元過ぎれば熱さを忘れるではないが、ロシアゲート疑惑で新たな燃料(材料)が投下されなければ、ドル円相場も意外と早く上昇基調に戻る可能性はあるかもしれない。

もっとも、問題はその勢いが長続きするかどうかだ。筆者は、為替需給と期待感の行方という2つの観点から検証すると、ロシアゲート疑惑の高まりがなくとも、「円高の夏」が本格的に訪れる公算は大きいとみている。以下、説明しよう。

<相場のアノマリーと油価低迷は円高示唆>

まず、為替需給に関して気になるのは、相場の季節性・アノマリー(経験則)だ。

よく知られていることだが、年末にかけては外資系企業のリパトリエーション(利益などの本国還流、以下リパトリ)によるドル買い円売り、3月は日本企業のリパトリによるドル売り円買いが散見されてきた。また、傾向として日本企業においては会計年度(4月―翌3月)の前半に、年度内に予定される取引の採算確定に向けた輸出予約が集中しやすいことが指摘されている。これが春から夏にかけて円買いが強まり「円高の夏」といわれることが多かった理由の一端である。

いずれにせよ、これから夏場にかけての為替需給動向はドル売り面が目立つことから、日本の輸出企業が105円や108円といわれる社内レートを上回る水準でドル売りを活発化させる可能性が高くなると予想される。よって、ドルの上値は重くなるだろう。

また、日本の国際収支も円高を示唆している。財務省が11日発表した国際収支状況(速報)によれば、2016年度の経常収支は20兆1990億円の黒字だった。年度累計の黒字額が20兆円台に乗せたのは2007年度以来、実に9年ぶりだ。配当や外国債券の利子収入を含む第1次所得収支の黒字額が18兆0356億円と高水準を維持したのに加えて、貿易収支の黒字額が5兆7654億円と前年度の3296億円から大幅に増加したことが大きく寄与した。

貿易黒字拡大の背景には、原油安による輸入額減少がある。油価は2016年第1四半期の水準に比べれば大きく戻したとはいえ、依然として米国産標準油種WTIで見て50ドル近辺とリーマン・ショック翌年(2009年)春先の水準にとどまっている。この油価の低迷と、外需の改善を考えると、今後も日本の貿易黒字が増えやすい状況に変わりはなさそうだ。

そもそも日本の為替需給は油価に左右される側面が大きい。言い換えれば、油価の本格的な反転上昇が「円高の夏」回避の条件の1つとなりそうだ。

<「夢」で買った相場は「現実」で売るのか>

前述した2つ目の観点、期待感の行方も円高を示唆している。期待感は、市場参加者の心理的バイアスを増幅し需給を歪めては相場を大きく動かす点で重要だ。その意味でトランプ大統領への期待感が再度高まるか消失するか、現状はその瀬戸際にいると言って良いだろう。

4月16日、第1次世界大戦後の建国から90年以上が経過したトルコ共和国で国民投票が行われ、エルドアン大統領の肝いりの憲法改正が承認された。その結果、大統領は国会の解散権や司法府の人事権などを掌握。三権分立が形骸化するとの懸念が高まっている。

しかし、米国では、三権分立により相互のチェック機能が働いてトランプ大統領の暴走に歯止めをかけている。おかげで就任して4カ月、トランプ大統領は白人労働者向けの公約実現を目指し大統領令を乱発したが、その成果は乏しい。特に入国制限令については議会、司法のチェックが働いて政権は身動きが取りにくくなっている。

このような状況でまず注目されるのが就任100日以内の駆け込みを狙って公表された税制改革案の実現性だ。具体的には法人税率の35%から15%への引き下げ、さらに個人所得税についても最高税率の引き下げや基礎控除の拡大などを掲げている。

ただ、今回の改革案には、減税分の補完手段として下院共和党が提案していた「国境調整税」は盛り込まれなかった。輸出面での減税は歓迎されるが輸入に対する増税については小売業を中心に強い反対があったためだといわれる。この結果、税制改革案は財源の手当てが見えにくくなっている。

成長で税収が増えるとの楽観的な指摘はあるものの、法人減税により今後10年で2兆ドル(220兆円)の税収減につながるとの試算もある。財源が明確に示されなければ、共和党内の保守派の反対で税制改革が頓挫ないしは大きく後退する可能性は消えていない。

また、これら経済面での不透明性に加えて、政治面においても前述したロシアゲートの暗雲が広がる恐れがある。トランプ政権に対する市場の期待感は、どちらかと言えば、さらに下方修正されていくと考えるほうが賢明だろう。

振り返れば、強気一色だった2000年代半ばから後半のサブプライムローン・バブルの最中、弱気論を吐けば一笑に付されたが、宴(うたげ)の後は100年に一度の金融危機に至った。そこまでの不均衡は現在の市場経済には蓄積されていないと思われるが、少なくとも為替需給と期待感の行方という2つの観点から見ると、「円高の夏」到来リスクには一層の警戒が必要だ。

「強気相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟し、幸福感の中で終わる」とは米国の著名投資家ジョン・テンプルトンが語ったとされる有名な相場格言だ。果たして夢で買った相場は現実で売ることになるのだろうか。それでなくとも夢は時間の経過とともに色あせるものだ。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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