January 12, 2018 / 5:46 AM / 3 months ago

コラム:日銀出口と世界同時引き締め=重見吉徳氏

[東京 12日] - 株式市場の勢いは強い。モメンタムの継続を考えるとやはり「逆リーマンショック」と言えよう。また、「世界的な資本余剰」という構造要因がバリュエーションを押し上げているのかもしれない。

こうした中、中央銀行の多くは、次のいずれかの選択を迫られている可能性がある。

1)世界の景気拡大が続く今のうちに、他国よりも先に出口に立つことで、幾分の引き締め圧力や自国通貨高を許容する

2)今は出口に立たず、将来、世界が景気後退に陥ったときに、自国の緩和余地が他国に比べて小さいことで、自国通貨高、つまり引き締め圧力を受け入れる

要するに、今しんどい思いをするのと、将来しんどいときにもっとしんどい思いをするのと、どちらが良いのか(いずれの利得が大きいのか)の選択である。

<景気後退時の自国通貨高を避ける競争>

実はこの状況はリーマン危機時と全く同じだ。「リーマン危機がまた起こる」とまで想定せずとも、限界にまで膨み、自発的に縮小しつつある金融緩和を見る限り、米国が景気後退に陥れば、金融市場の調整は小さくない。その時点で金融緩和の余地が最も小さいところが通貨高に陥るはずである。最近の金融政策のスタンスを見ている限り、その1つは円だろう。

金融政策は、マクロ経済学であると同時に、ゲーム理論である。言い換えれば、緩和競争や通貨安競争があったのなら、引き締め競争もあり得る。緩和競争を散々目にしてきた我々は「引き締め競争なんて、あるがわけない」と思いがちだが、両者の理屈は全く同じだ。

振り返れば、緩和競争とは、自国に通貨安を呼び込むための競争ではなく、自国の通貨高を避けるための競争である。他国(特に貿易赤字の大国)が大胆かつ継続的に金融緩和を実行するならば、たとえ当該赤字国の通貨安が本来ならば長期の国際不均衡(インバランス)を解消するために資するはずのものだとしても、自国(特に貿易黒字の小国)もこれに追随しなければならない。さもなくば自国は通貨高に陥り、引き締め圧力が生じてしまう。

貿易赤字の大国による金融緩和は当該国にとってはマクロ経済学だが、貿易黒字の小国にとってはゲームでもある。ゲーム理論の言葉で言えば、他国の金融緩和に対する最適反応は自国の金融緩和であり、自国と他国の金融緩和は「ナッシュ均衡」の1つである。

対する引き締め競争とは、景気後退に陥ったときに、他国に比べ、より大きな緩和余地を残しておくための競争であり、やはり景気後退時の自国通貨高を避けるための競争である。この競争は、どこかの国の景気が他に先んじて良くなり、当該国が金融引き締めを開始するときにスタートする。

「良いときに他よりも少しつらい思いをする見返りとして、将来つらいときに他よりもつらさを和らげる手段を持っておく」ほうが、「良いときにもっと良い思いをする代償として、つらいときに打つ手がなく、もっとつらい思いをするよりもよい」だろう。

言い換えれば、経済政策がカウンターシクリカル(景気循環抑制的)になるべきか、プロシクリカル(景気循環増幅的)になるかということであり、前者をすでに実践したのが、米連邦準備理事会(FRB)である。米国は景気が良いうちに、ドル高を背負い、これを乗り越えることができたようにみえる。

このFRBの引き締め姿勢について「将来の緩和余地を確保したいため」との議論がある。重要なポイントは、それと同時に、FRBが景気後退時に通貨安という手段を確保しているということであり、裏を返せば、日本は円高に見舞われるということだろう。

<ロシアンルーレットのようなゲーム>

ここまでを考えれば、日銀は今のうちに、出口に立つべきだと思われるかもしれない。ただし、罠がある。それは、皆が同じことを考えて、皆が出口に立とうとすれば、流動性相場が一気に巻き戻される恐れがあるということだ。ゲーム理論で言えば、巨大な流動性相場を前提とすれば、誰もが金融引き締めを選択するときの利得は(誰も損も得もしないために)ゼロではなく、(誰もが損をする)大幅なマイナスである。

このゲームをさらに突き詰めて考えれば、そもそもFRBがなぜ引き締めに踏み切ったのかという疑問が生じるかもしれない。米国が引き締めに打って出た理由は、同国が貿易赤字の大国であり、他国のことを考える必要がないということが主だが、他国の経済がまだまだ回復途上であり、引き締めにはまず出そうにない状況だったという点もあるだろう。

言い換えれば、これは、今後、多くの中央銀行が引き締めを積み重ねていけば、いつかどこかの中央銀行が相場崩落の引き金を引くという、ロシアンルーレットのような繰り返しゲームである。現在のところは、自国の金融引き締めという戦略に対して、誰もが同じ戦略(引き締め)を選択することで流動性相場が巻き戻されるというケースは避けられている。だが、現在のようにどこも景気が良い状態のときは、多くの国が同時に引き締めを選択する可能性があり、流動性相場の下では、大きな危うさがある。

<日銀にできること>

日銀や円という観点から考えれば、「今、出口に立たなければ、将来の景気後退時に、金融緩和の余地が相対的に見て小さいために、小さからぬ円高圧力が生じる」恐れがある。この意味では、景気が非常に良好な今のうちに出口に立つ方がよい。

しかし、「誰もが同じように思って一斉に出口に立とうとすれば、金融市場は崩落するし、すでに開いているFRBとの距離を考えても、やはり円高圧力が生じる」恐れがあるだろう。そう考えれば、日銀はすでに出口のタイミングを逸しているのかもしれない。

確かに、インフレ目標を何が何でも達成し、インフレ率のオーバーシュートまでも許容することで、インフレ期待を高めにアンカーするかどうかは、将来の経済・金融政策運営や為替レートの長期均衡水準にとって重要かもしれない。ただ筆者は、日本がそれだけ高インフレの期間を経験する前に、米国は景気後退に陥ると見込む。

また、今、出口に立つと「前回(2006年)の日銀引き締め時の二の舞」との指摘もあろうが、前回、日本が景気後退に陥ったのは、日銀による引き締めのせいではなく、米国の景気循環のためである。そして、それは今回もまた同じことだろう。

残された期間が長くないならば、今の日銀にできることは(他国が引き締めを目指さないという前提で)、好景気だからこそ出口に立つことで幾分の円高も許容しつつ緩和の余地を確保しておき、来るべき景気後退での円高やディスインフレ(物価上昇率の鈍化)の圧力を最小限に止め、次の機会をうかがうことだと考える。

今、手を打たず、経済政策がプロシクリカルにとどまれば、インフレ率のオーバーシュートの前に、インフレ期待の大幅なアンダーシュートが生じてしまう恐れがあるだろう。

*重見吉徳氏は、J.P.モルガン・アセット・マネジメントの日本におけるグローバル・マーケット・ストラテジストで、エグゼクティブ・ディレクター。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、農林中央金庫にて、外国証券・外国為替・デリバティブ等の会計・決済事務および外国債券・デリバティブ等の投資業務に従事。その後、野村アセットマネジメントの東京・シンガポール両拠点において、グローバル債券の運用およびプロダクトマネジメントに従事。アール・ビー・エス証券にて外国債券ストラテジストを務めた後、2013年3月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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