May 9, 2016 / 5:36 AM / 2 years ago

コラム:ドル安と引き締め、米政策に86年の教訓=重見吉徳氏

[東京 9日] - 連休を挟んだ先週1週間のドル円相場を振り返ると、週前半こそドル安の動きから1ドル=105円台を付ける場面もあったが、結局、107円台に切り返して週の取引を終えた。週後半にかけては米雇用統計の伸び鈍化を含めて世界景気が力強さに欠くとの見方もあり、ドル高と新興国・資源国通貨安の小さな「リスクオフ」基調となった格好だ。

ただ、今年のドル円相場は、円高だけでなく、ドル安でも「勝負あり」の感がある。円高要因としては、経常収支や低インフレ(高い実質政策金利)といった日本経済のファンダメンタルズに加え、日銀の政策手詰まり感と、ドル買い・円売り介入を封じられた財務省という日本の政策担当者がそれぞれに置かれた状況が挙げられる。

そして、ドルの側から今後のドル円相場を見る上でのポイントは次の2つだろう。

●米国が矛盾する政策目標の同時達成を目指し始めている

●米国がこれまでのドル高容認からドル高是正に転換している

言い換えれば、現在の局面は、1985年9月のプラザ合意を経た1986―87年頃の状況に似ているだろう。

<ドル急落回避と金融緩和の両立目指した86年の米国>

当時の米国は、次のような矛盾する政策目標の同時達成を試みていた。

●金融緩和(巨額の財政赤字を解消しなければならない一方で)

●ドル急落の回避

●インフレ期待の再来回避

重要な点は、これらの目標を同時達成するために、米財務省と米連邦準備理事会(FRB)が取った手段である。米国は、ドルの急落やインフレ期待の再来を防ぎつつ、自国の利下げを可能とするために、日本や西ドイツ(当時)にも利下げを求めた。

当時、ドルの急落回避は、米国のみならず、各国当局ともに同意するところだった。加えて、日本にとっては、プラザ合意後に急速に進んだ円高によって悪化しつつあった企業マインドがさらに悪化することを避け、なおかつ、特に米国との対外収支不均衡を是正することも政策課題だった。

これらの点から、日銀は1986年1月、約2年3カ月ぶりに公定歩合を引き下げる。続く3月と4月は日米がほぼ同時に利下げを行い(3月は西ドイツも)、日本の公定歩合はプラザ合意前の5.0%から3.5%まで引き下げられた。当時の日本経済は、実質ベースで約3―6%の成長、名目ベースで約4―7%の成長を遂げていたが、それでも一連の利下げは上記の政策課題に鑑み、その目的に適ったものだった。

しかし、円高の勢いは衰えることなく、間もなく大蔵省(当時)や日銀は、米国当局から為替相場安定(さらなる円高阻止)の言質を引き出すために、財政出動や追加利下げを確約させられる。その後、日本はバブル経済へと突き進んでいく。

<現在の米国はドル高回避と金融引き締めの同時達成を目指す>

翻って、現在の米国は、次のような矛盾する政策目標の同時達成を試みているように見える。

●金融引き締め(金融市場の安定と完全雇用状態の持続のため)

●ドル高の回避(原油高と企業業績・株価の回復にもつながる可能性がある)

●ディスインフレ・デフレ期待の回避

やはり、86年当時と同様に重要な点は、これらの目標の同時達成は、米国だけの力では難しいように見えることだろう。実際、その難しさは2014年7月からのドル高と人民元高で証明済みだ。そこで米国が取りつつある手段は、ドル高を回避しつつ、自国の利上げを可能にするために、日本や欧州にはさらなる金融緩和や為替操作の自粛を求めることではないだろうか。

実際、昨今はそのようなシーンがすでに見受けられる。4月15日の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議後には、麻生財務相が最近の急速な円高に懸念を示した一方で、ルー米財務長官は、最近の円高にもかかわらず為替市場の動きは秩序立っており、日本が主要7カ国(G7)とG20の為替政策に関するコミットメント(確約)を繰り返した事実は重要であると述べた。

米国に円高進行の「急速さ」と円売り為替介入の可能性を認めさせようとする日本の動きは、86年10月末の日米共同声明や、87年2月のルーブル合意に向けて日本の政策担当者が奔走した状況に似ている。

また、米財務省は同29日に、半年ごとに議会に提出する為替報告書を公表し、貿易収支や経常収支、為替介入実績に基づき、日本を含む5カ国を新たに設けた「監視リスト」に載せた。5カ国それぞれに関する記述部分では日本の箇所にだけ、先のG7とG20の為替政策に関するコミットメントをもう一度持ち出して記述した点は興味深い。

日本よりも貿易黒字が大きいドイツをいくら批判してもユーロという共通通貨では手出しができない。そのため、ドル高是正の圧力は、円へのしわ寄せとして生じる恐れもある。さらには、安倍首相がG7で約束するはずの財政出動も、米国からすれば、日本は内需拡大で多少のドル安(円高)を耐えられるとの見方から、「渡りに舟」だと思われる。

米国はドル高容認からドル高是正へと転換しつつあると考える方が自然だろう。ドル高の是正とともに合わせて期待される原油市況の安定は、株価主導の景気拡大とともにディスインフレ期待からの「大脱走」を目指すFRBにとっては最重要事項だろう。

以上の点から、ドル円相場については、小さな動きは別として、基調的な円高トレンドが続くと筆者は見ている。

<年1回の利上げでは「ハエが止まるようなスピード」>

ここまでで読者が疑問に思うとすれば、ドル安はよいとしても、なぜ米国が利上げを実現したいのかという点だろう。

筆者は、現在のFRBにとって、株価の上昇と完全雇用の達成と同じくらいに重要なのは金融市場の安定であり、実際に引き締めを目指したのもそれが主因ではないかと考えている。なぜかと言えば、それが完全雇用の「長期化」にとっての必要条件であるためだ。

この点に関して、例えば、イエレンFRB議長自身は14年5月の講演や、15年5月の講演後のラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事とのディスカッションなどの機会を捉え、金融市場の過熱に警戒サインを発している。

おそらくイエレン議長を含むFRB自身は「年1回の利上げ」をメインシナリオとは考えていないだろう。年1回ならば、それこそ「ハエが止まるようなスピード」であって、引き締めとは言い難い。また、万が一にも、金融市場が「FRBは年1回をメインシナリオと考えている」と読み解くようなことがあれば、現在まで続く「金融相場」の流れが強まって、将来的に金融市場や実体経済を不安定にする恐れがある。

したがって、FRBにとってみれば、利上げの「姿勢」を示し続けることが必要だろう(金融市場にとってみれば、6月までに労働市場が安定的に拡大して金融市場も混乱していなければ「なぜ今、利上げしないのか」となるだろう)。同時にFRBは、金融緩和の長期化に依存する「金融相場」から、ドル安や原油高によって企業業績の拡大を伴う「業績相場」への移行が必要と考えているはずだ。

付け加えておくと、6月23日に欧州連合(EU)離脱の是非を問う英国の国民投票を控える中、FRBは利上げできないとの見方もある。しかし、これは考え方が逆だろう。FRBが将来の金融市場でリスクオフが生じる可能性を考慮して、今、利上げを思いとどまることは考えにくい。これが正しいならば、そもそも引き締め姿勢に転換していないはずだ。

また、そうした姿勢は、向こう見ずなリスクテイクを促し、金融市場に不安定性をもたらすのみである。引き締めを目指すFRBの姿勢は、利上げまずありきで、後でリスクオフが生じたら、次は利上げ見送りで市況の回復を待つことではないだろうか。

ドル高是正の方針転換とともに、6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)に向けた利上げのリプライシング(織り込み直し)には注意が必要だろう。

*重見吉徳氏は、J.P.モルガン・アセット・マネジメントの日本におけるグローバル・マーケット・ストラテジストで、エグゼクティブ・ディレクター。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、農林中央金庫にて、外国証券・外国為替・デリバティブ等の会計・決済事務および外国債券・デリバティブ等の投資業務に従事。その後、野村アセットマネジメントの東京・シンガポール両拠点において、グローバル債券の運用およびプロダクトマネジメントに従事。アール・ビー・エス証券にて外国債券ストラテジストを務めた後、2013年3月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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