May 17, 2019 / 7:44 AM / 7 months ago

コラム:米中協議、元安で関税相殺は「諸刃の剣」=唐鎌大輔氏

[東京 17日] - 米中通商協議を巡る不透明感は払拭される兆しがない。米トランプ政権が2000億ドル(約22兆円)分の中国製品に対する追加関税を10%から25%へ引き上げると、中国は600億ドル相当の米国製品に対する関税を現在の5─10%から最大25%へ引き上げると発表した。

 5月17日、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、中国にとって追加関税への対抗策として元安は有効であるにせよ、それが原因で交渉が振り出しに引き戻される恐れがあると指摘。写真は5ドル紙幣と100人民元紙幣。2017年6月、シンガポールで撮影(2019年 ロイター/Thomas White/Illustration/)

さらにその直後、トランプ政権はかねてより宣言していた約3000億ドル分の対中輸入に対し、最大25%の追加関税を課す計画を正式に表明した。米アップル(AAPL.O)のアイフォーンを含むスマートフォンやノートパソコンなど、極力回避してきたいわゆる消費財も直撃を受けることになる。

この先も制裁の応酬が続き、同額同率の関税を掛け合えば、相手国からの輸入額が少ない中国が先に「弾切れ」となる。中国は通貨政策や各種許認可など、貿易以外の論点を視野に入れざるを得なくなるだろう。

<5月は人民元が最も下落>

金融市場から注目されやすいのは人民元の相場動向である。主要通貨の対ドル変化率(4月30日─5月17日)に着目すると、最も上昇しているのは円でプラス約1.4%、最も下落しているのは豪ドルと人民元でともにマイナス2.2%だ。中国経済と結びつきが強いオーストラリアの通貨は「自由に取引できる人民元」という性格が色濃く、2つの通貨がセットで落ちるのは恒例でもある。

トランプ大統領が2000億ドル分の輸入品に対する関税を10%から25%へ引き上げるとツイートしたのは5月5日。人民元はやはりその時点から下げ足を速めている。

過去1年を振り返っても、昨年3月や6月など、人民元は米中協議の緊張が高まったタイミングですう勢的に下落し始めることが何度かあった。逆に昨年12月1日の米中首脳会談で追加関税の引き上げ先送りが決まった際は上昇に転じ、その後も合意が近いとの報道を意識し堅調に推移してきた。

もちろん、人民元相場のこうした動きが全て当局の意思とは限らない。だが、理屈の上では10%の関税引き上げは10%の通貨安で相殺することが可能である。「対米輸入への課税」という手段が限られている中国からすれば、「既に課された関税を消す」という発想は戦術として自然であり、そのための手っ取り早い方法が自国通貨安となる。

国有企業への産業補助金などもそれに類する一手だが、まさにその点を巡って協議がこじれている現状を踏まえれば、もはや表立って行うのは難しいだろう。

<1ドル=7元の攻防>

だが、人民元切り下げに起因した2015年8月の「チャイナショック」の一件もあり、中国が元安を追求するには限度がある。通貨の先安観が強まり、資本流出が制御不能な状態にまで強まった場合、株を中心として国内の資産価格が激しい調整を迫られる恐れがある。

昨年11月には「1ドル=7.00元」の攻防が話題となった。このレートに経済的な意味は全くないが、これを超えて元安が進めば金融市場全体がこれをはやし立て、チャイナショックの再来、結果的には中国が外貨準備を大幅に消費する事態につながりかねない恐れは確かにあった。

本来、為替レートの変動は、需給が「主」で、レートは「従」である。しかし人民元の場合、政府の恣意(しい)性が影響する分、元安というレートが「主」となり、資本流出という「従」を引き起こすことがある。そして次は資本流出という需給自体が「主」となり、元安という「従」を引き起こす。

この循環にいったん入ると、外貨準備という実弾を通じた決済ルート、流動性の引き締めを通じた金利ルートなど、あらゆるアプローチが必要になってくる。当局としては避けたい状況であろう。

さらに懸念されるのは、現状では中国の経常黒字減少、さらに見通せる将来における赤字化という論点も浮上していることだ。今年4月に国際通貨基金(IMF)が発表した世界経済見通しは、2022年に赤字転落を予想している。つまり、為替レートを本来規定する「主」となるべき需給が、元売り超過になりつつある。

こうした中で政策的に人民元を押し下げるにも、やはり限度がある。昨年の中国における資本純流出入の状況を見ても、当局が悠長に構えていられるほど、安定した資本流入が確保されているわけではない(直近の昨年10─12月期は流出超だった)。

<トランプ保護主義で元安誘導という不毛>

こう見てくると、「米国による制裁関税を元安で相殺」という対応は、効果がありながらも使用に限度があると考えられる。この点、中国にとっての救いは、トランプ大統領自身が米連邦準備理事会(FRB)に緩和圧力をかけていることだ。その圧力が効いたのか定かではないが、FRBは実際にハト派へ傾斜を強めているようにみえる。

米金利は緩やかに低下しており、為替相場もドル上昇に賭ける雰囲気はない。米金利の上昇とドル高が抑制されていれば、ある程度は元安を展望することも可能になる。

FRBがハト派へ傾いている背景に、トランプ大統領が主導する保護主義があるのは皮肉だ。中国への強硬策を採るほど米金利が低下するため、中国は元安へ誘導しやすくなり、追加関税の影響を相殺しやすくなるという見方もできる。

不毛とも言える状況だが、家計や企業といった民間部門にとっては「何が起きるか分からない」状況が半永久的に続く中で、リスク回避姿勢を強めざるを得ないことは間違いない。トランプ大統領は留飲が下がるかもしれないが、結局、保護主義を追求するほど実体経済が割を食う実情は否めない。

別の論点として、元安の動き自体が事態を複雑にする恐れはある。決裂含みの米中協議だが、人民元相場の安定を巡っては合意が成立しているとの報道も多い。例えば中国人民銀行(中央銀行)の易綱総裁は3月10日の記者会見で「為替を巡って多くの重要な問題を議論し、双方は多くの重要な問題で認識が一致した」などと述べた。

そう考えると、追加関税への対抗策として元安は有効であるにせよ、それが原因で交渉が振り出しに引き戻される恐れがある。その意味で、意図的な元安誘導は中国にとって有効な戦術ではあるが、資本流出や米国の怒りを招く「諸刃の剣」という側面があることを留意したいところである。

(本コラムは、ロイターの外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト(写真は筆者提供)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

(編集:久保信博)

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