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コラム:米国のドル高けん制、「封印」が解かれる日=亀岡裕次氏
2017年9月29日 / 08:14 / 2ヶ月前

コラム:米国のドル高けん制、「封印」が解かれる日=亀岡裕次氏

[東京 29日] - 米財務省が10月、半期に一度の為替報告書を発表する。その内容が注目されるが、前回4月14日の報告書では、以下の3つの基準から判断して、「中国、日本、韓国、台湾、ドイツ、スイス」の6カ国を監視対象リストとした。

●200億ドルを超える対米貿易黒字額

●経常収支黒字が国内総生産(GDP)の3%以上

●1年間にGDPの2%を超える持続的で一方的な自国通貨売り・外国通貨買い介入

日本については、「円が高過ぎるとの証拠がない」「円の実質実効為替は過去20年平均より20%安い」などと評価した。米国は、円相場は「安い」と判断していたことがうかがえる。

4月には、トランプ米大統領が「ドルが強くなり過ぎている」「低金利政策が好ましい」と発言した。こうした発言が口先介入によるドル安誘導との批判を受けたためか、ムニューシン米財務長官は「トランプ大統領は自身の発言でドルを押し下げる意図は絶対にない」と否定する一方で、「金融政策を競争目的の為替相場のために使うべきでない」と他国の金融緩和をけん制した。

5月には、ロス米商務長官が「米国は膨張した貿易赤字に耐えられない」と述べて、日本を名指しで批判。「ドルが強過ぎるのではなく、他の通貨が弱過ぎる」と、他通貨安をけん制した。

<米政権の為替けん制が影を潜めた理由>

当時はトランプ政権幹部の為替(ドル高・他通貨安)や金融緩和へのけん制が相次いでいたが、その後は影を潜めるようになった。なぜだろうか。「為替に関する議論よりも2国間の通商交渉を優先」「北朝鮮対策で日本・韓国・中国と協力が必要」ということも要因かもしれないが、大きな要因は「ドル安進行」だろう。

物価変動の影響を控除した総合的な通貨価値を示す「実質実効為替」の2017年1月から8月にかけての変化率は、米国マイナス6.8%、中国マイナス3.0%、英国マイナス1.0%、日本マイナス0.3%、ユーロ圏プラス5.8%(うちドイツはプラス3.5%)である。主要通貨のなかでは、最も大きく下落した通貨がドルであり、最も大きく上昇した通貨がユーロだ。

そして、過去20年間の平均に比べた2017年8月の実質実効為替の水準は、中国プラス19.7%、米国プラス1.2%、ユーロ圏マイナス4.3%(うちドイツはマイナス5.0%)、英国マイナス18.1%、日本マイナス22.3%である。

ドルは過去20年の平均近くまで低下し、ユーロとの水準格差も縮小した。円は引き続き安いが、ドル高の是正が進んでいる。

ドル安には、貿易における米国企業の価格競争力を高めたり、海外展開する米国企業のドル換算収益を増やしたりするプラス効果がある。今年、米国企業の景況感や株価が好調に推移してきた背景にドル安があることは間違いないだろう。ドル安が米国経済・市場に好影響を与えているために、トランプ政権がドル高や他通貨安について懸念を示す必要性が低下したとみられる。

また、以前に比べると、他国が通貨安のために金融緩和を行っているとは批判しにくい状況となってきた。欧州中銀(ECB)はすでに2018年初めからの資産買い入れ縮小を示唆しており、それがユーロ高要因となっている。

日銀は「金融政策維持」としながらも、すでに今年は長期金利低下局面で国債買い入れを減額し、保有する長期国債残高の増加ペースを年間80兆円弱から65兆円程度に落としてきた。長期金利の安定操作だけに基づくのか、米国からの圧力も影響しているのかは不明だが、こうした動きがトランプ政権の金融緩和けん制を弱める一因になっているとも考えられる。

<ドル高に転じると再びけん制か>

主にはドル安の進行がトランプ政権の為替(ドル高・他通貨安)けん制を抑えているのであり、保護主義そのものが弱まっているわけではないだろう。米国の貿易赤字はほとんど縮小せずに高水準のままであり、ドル安になったからといってすぐに貿易不均衡が是正されるわけではない。

一方、円は対ドルでは上昇しても、実質実効為替では低水準のままであるため、日本の実質貿易収支は改善傾向が続いている。もしドル安基調からドル高基調に転じるようなことがあれば、米国の保護主義姿勢が再び表面化してくることになるだろう。

では、ドル高に転じる可能性はどうだろうか。イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長は、インフレに不透明性があるなかでも段階的利上げの継続が必要と述べた。米金融当局者に比べて市場の利上げ予想が弱いままで米長期金利が上がらないことが、資産バブルを通じて景気・インフレの過熱につながるリスクを抑えたいとの考えもあっての発言ではないだろうか。

イエレン議長発言は、市場の利上げ期待を高め、米金利とドルを押し上げる方向に働いた。しかし、「中立スタンスに向けて、なお若干の引き締めが必要。過度な程度ではない」とも述べていることから、市場が大幅な利上げを期待するには至らないだろう。

また、米景気・インフレ指標が強いならば長期金利上昇は進みやすいが、景気指標に弱さもあるなかでのタカ派的発言では長期金利上昇は進みにくいはずだ。米減税と財政赤字拡大への期待が米長期金利を押し上げ続けるとも考えにくいので、米金利上昇によるドル高は限定的となるだろう。

<米利上げ期待がリスクオフのドル高誘発も>

ただし、米当局者発言による利上げ期待の高まりが、景気減速懸念やリスクオフを誘発し、それによりドル高が進む可能性はあるだろう。これまでドル安が進んできた背景には、米長期金利低下とリスクオンがあるが、リスクオフに転じると対ドルで買われてきたユーロなど多くの通貨が売り戻されて、実効為替はドル高になりやすい。

リスクオンのドル安からリスクオフのドル高に転じると米景気が減速しやすくなり、長期金利が低下してもリスクオンに戻りにくくなる。トランプ政権が再びドル高・他通貨安をけん制する可能性は高まるだろう。

もしリスクオフになると、低金利通貨の円がドル以上に買われやすいうえ、米長期金利が低下しやすくなるので、ドル円は下落しやすくなる。ドルに対して円が上昇するなら、トランプ政権が円安をけん制することはないはずだ。しかし、前述の通り、リスクオフでドルの実効為替は上昇しやすいので、トランプ政権が「ドル高に懸念」を示す可能性は高まる。為替けん制によるドル安効果が加わって、ドル円が一段と下落することも考えられる。

つまり、米国の景気指標が振るわないなかで金融当局者のタカ派的発言によって利上げ期待が高まる場合、長期金利上昇のドル高が進みにくい一方で、リスクオフのドル高に転じる可能性が高まる。米利上げ期待でドル円が持続的に上昇するとは限らないし、リスクオフのドル高となることでトランプ政権の為替けん制が復活し、ドル円が下落しやすくなるだろう。

*亀岡裕次氏は、大和証券の金融市場調査部部長・チーフ為替アナリスト。東京工業大学大学院修士課程修了後、大和証券に入社し、大和総研や大和証券キャピタル・マーケッツを経て、2012年4月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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