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コラム:リスクオフ「三重奏」再演か、ドル円反落の現実味=亀岡裕次氏

亀岡裕次 大和証券 チーフ為替アナリスト

 5月29日、大和証券・チーフ為替アナリストの亀岡裕次氏は、ドル円反落の背景には、「米中通商摩擦への懸念後退」「北朝鮮非核化への期待」「原油高の進行」に一巡感が出てきたことがあると指摘。写真はドル紙幣、サラエボで2月撮影(2018年 ロイター/Dado Ruvic)

[東京 29日] - ドル円相場に反落の動きが見られる。米金利上昇のドル高やリスクオンの円安が変調しつつあるためだが、その背景には「米中通商摩擦への懸念後退」「北朝鮮非核化への期待」「原油高の進行」に、いずれも一巡感が出てきたことがある。

このまま、ドル円はピークアウトして下落していくのだろうか、それとも再び反発して上昇するのだろうか。

<米保護主義は健在、収まりにくいリスクオフ圧力>

まず米中通商摩擦については、確かに両国は、いったん歩み寄りの姿勢を示した。中国は米農産物輸入拡大や7月からの自動車関税引き下げなどの計画を提示し、米国は巨額の罰金を条件としつつも中国通信機器大手・中興通訊(ZTE)への制裁を緩和することとした。

ただ、米国は、対米貿易黒字2000億ドル削減、金融市場開放、知的財産権保護、政府の企業向け補助金停止などの要求に対する中国の対応を不十分と考え、対中協議の限界を悟り始めている可能性がある。

そもそも、中国は対米輸入を拡大しても、対米貿易黒字の「一定額の削減」は約束しないとしている。それに、中国の自動車関税引き下げの恩恵は米国よりも欧州や日本の方が大きいだろう。

また、トランプ大統領は、通商政策の成果を米国民にアピールしつつも、米貿易収支を改善させるために中国以外にも通商圧力を強める必要があると考えているのではないか。米国が安全保障を理由とした通商拡大法232条に基づく自動車・部品輸入の調査を開始したのも、自動車・部品輸入に最大25%の高関税を検討するとしつつ、諸外国との通商協議を米国優位に進めるためだと思われる。

米国がたとえ米中貿易戦争を保留するとしても、保護主義政策が続く限りは世界経済への悪影響を懸念するリスクオフ圧力は収まりにくいだろう。

<米朝関係の楽観は禁物、消えない円高リスク>

次に米朝対立に関しては、トランプ大統領は24日、6月12日に予定されていた米朝首脳会談の中止をいったん決定した。米国は、北朝鮮の約束破り、直接対話の打ち切り、米国への敵意を中止の理由とする一方、北朝鮮の態度が改善して交渉が再開することに期待を示し、会談が予定通り開催される可能性もあるとしている。

これに先立ち、北朝鮮は、経済制裁の解除に先行して核を完全放棄する「リビア方式」を拒否するとし、米政府が核プログラム放棄を主張するなら米国との首脳会談を再考する可能性を示していた。トランプ大統領は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の安全を保証するとしたものの、北朝鮮の非核化が首脳会談の条件であり、それが満たされなければ米朝首脳会談が実現しない可能性が「極めて高い」としている。

米国の会談中止決定後、北朝鮮は急きょ開いた南北首脳会談で改めて非核化方針を示した。ただ、北朝鮮は段階的な非核化と制裁解除を要求するだろうし、米国はあくまで短期間の非核化を要求して譲歩しないだろう。北朝鮮非核化と米朝関係改善への期待からリスクオンの円安が進む余地は小さいだろうし、米朝関係の緊張化から円高に傾くリスクは引き続き残るだろう。

<原油下落の兆し、米経済指標が再び弱まる可能性>

原油高の地合いにも変調の兆しが見え始めている。石油輸出国機構(OPEC)が6月の総会で、年末まで予定されている協調減産を修正して生産量を引き上げる可能性が出てきたからだ。

すでにOPECの原油在庫が適正と思われる水準まで減少している中、ベネズエラの原油生産量が減少していることに加えて、米国による制裁再開でイランの原油生産が減少する可能性が高まっている。供給を抑制し過ぎて過度に原油価格が上昇することで需要が減ってしまうリスクを警戒し、OPECが増産で合意すれば、原油価格は反落するだろう。

一方、米国ではガソリンと原油の在庫が前年を下回る低水準にあり、原油高要因になってきた。だが、米国の原油生産が拡大する中で、価格高による需要減のためか在庫が増加する兆しもあり、原油安要因となりつつある。

では、米長期金利・株価とドル円を押し上げた米経済指標はどうか。2月まで3カ月連続で減少した米小売売上高は、3月と4月に増加し、5月の米地区連銀製造業景気指数は、軒並み予想外に改善した。

市場予想を下回る傾向が強かった欧州や日本の景気指標に比べ、4月から5月に発表された米国の景気指標は相対的に強く、ドル高を招いた。米国の所得税減税効果が2月以降に強く表れたことに加えて、例年に比べて所得税還付時期が後ずれしたため、3月と4月の個人消費が持ち直した。

また、世界的に関税引き上げを警戒して輸出入を前倒しする動きも影響したのか、3月の米国輸出が大幅に拡大した。個人消費や輸出の動きが、製造業景況感の改善にもつながったとみられる。

しかし、米経済指標の改善は一時的要素を多分に含んでいる。減税や税還付の消費押し上げ効果は長くは続かないし、関税引き上げ懸念で前倒しされた輸出入は反動で減りやすい。さらには、米金利上昇やガソリン高が住宅投資や個人消費にマイナスに作用しやすく、ドル高が企業景況感にマイナスに働きやすいので、米経済指標が再び弱まる可能性も十分にあるだろう。

原油価格の反落や米経済指標の悪化により、米国のインフレ期待も利上げ期待も後退し、長期金利が低下するだろうし、日米金利差の縮小とともにドル円は下落するだろう。また、ユーロ安が欧州景気やインフレにプラスに働いても、欧州の景気減速は続きやすいだろうし、米長期金利低下の影響もあって欧州長期金利は低下し、ユーロ円も下落するだろう。

<リスクオフの株安懸念、米ドル安誘導にも要注意>

他方、長期金利が低下すると株価は上がりやすくなるが、景況感が悪化すると株価は下がりやすくなる。長期金利と株式益回りの相対関係から見ると、最近の米長期金利低下により米国株の割高感はやや後退したが、株価が上昇しやすくなるほど割高感が小さくなったとは言い難い。

最近のドル高が米企業収益見通しにマイナスに作用する上に、米経済指標が市場予想を下回る傾向が出てくると、リスクオフの株安に傾きやすいだろう。リスクオフの円高により、ドル円やユーロ円などが下落する可能性もあるだろう。

もし米国が輸入自動車に高関税を課せば、欧州・日本の自動車メーカーと米消費者に多大な経済的損失が発生する。リスクオフのドル高に振れ、米貿易収支改善に逆効果となりかねないばかりか、株安で米国経済が悪化するリスクも大きいので、導入される可能性は低いだろう。

ただし、関税導入リスクが存在するだけで、企業心理や市場心理にマイナスに働く可能性が高い。トランプ大統領は、関税を打ち出して通商協議を進めることが得策でないと判断すれば、ドル高への懸念を示してドル安誘導することにより米貿易収支改善を図ろうとするかもしれない。

米保護主義政策によりリスクオフのドル高(実効為替)が進むようなら、トランプ政権のドル安誘導によるドル円下落にも注意すべきだろう。

*亀岡裕次氏は、大和証券の金融市場調査部部長・チーフ為替アナリスト。東京工業大学大学院修士課程修了後、大和証券に入社し、大和総研や大和証券キャピタル・マーケッツを経て、2012年4月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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