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コラム:トランプ氏の円安黙認は外交成果か=池田雄之輔氏

[東京 29日] - 12月27日朝、前日は欧米市場が全面的に休場というクリスマス休暇モードの中、はっと目を覚まさせるような新聞の見出しが飛び込んできた。

 12月29日、野村証券・チーフ為替ストラテジストの池田雄之輔氏は、トランプ次期米大統領が日本叩きを封印し、ムニューチン次期米財務長官とともに円安批判を控えているのは、幸運ではなく、日本の外交成果かもしれないと指摘。提供写真(2016年 ロイター)

「為替、危機管理怠らず」。日本経済新聞に掲載された菅義偉官房長官インタビュー記事だ。為替に関しては、以下の重要な発言があった。

「(トランプ相場で)黙って(円安に)なったと言われるが、私たちが為替の危機管理をちゃんとやっているからだ。今まで日本は翻弄されてきた」

また、具体的な対応について問われ、菅官房長官は「そこは色々と。私たちの為替への意識は強く、中途半端な決断ではない」と答えている。

ここで言う「為替の危機管理」とは何なのだろうか。真っ先に思いつくのは市場急変に際しての為替介入だろう。しかし、政府は、英国民投票、米大統領選挙のそれぞれの開票時(日本時間6月24日、11月9日)に1ドル=99円台、101円台という円高に見舞われた際、円売り介入を打ち出していない。それどころか、「断固たる措置を取る」「円の動きは無秩序だ」といった強いトーンでの口先介入すら、自重している。

一方、日銀の長期金利固定戦略は、米金利上昇時の日米金利差拡大、ドル円上昇を増幅させる働きを担っているが、これは政府の管轄外である。では、菅官房長官はなぜ円安が棚ぼたではないと強く反論したのだろうか。具体的な措置については言葉を濁したものの、恐らく、我々の目に触れない、水面下での粘り強い外交努力への自負心があってこその発言だろう。

<日本の外交努力を物語る2つの出来事>

推理を進めるため、まず米国サイドの動きを確認しよう。11月9日、トランプ氏が大統領選に勝利して以降、誰もが「ドル高けん制」「日本叩き」がいつ始まるかと身構えてきた。選挙キャンペーン中には、そう警戒させるに十分な発言が幾度となく飛び出していた。

しかし、「まさか」の勝利から7週間が経過してなお、トランプ次期大統領およびムニューチン財務長官候補から為替に関するそのような発言は一切ない。菅官房長官に言わせれば、それは恐らく幸運によるものではなく、日本政府の周到な根回しの賜物なのだ。

そこで思い出される出来事が2つある。11月30日、ムニューチン氏は米CNBCのインタビューでドル高について質問された際、ドルには直接の言及を避けつつも、「強い米国が海外からの投資を引きつけるのは当然。我々の優先課題は経済成長と雇用創出だ」と発言している。12月6日、ソフトバンクグループの孫正義社長は、トランプ氏を訪問、新政権の規制緩和に期待して米国企業に500億ドル投資し、5万人の雇用を創出するとの構想を打ち上げた。潜在的にはドル高圧力になり得るこの決定を、トランプ氏は手放しで称賛した。

筆者の仮説はこうだ。菅官房長官らはトランプ氏側に、「日本は、英国と並ぶ世界最大の対米直接投資残高(約4100億ドル)を誇り、米国の雇用を支えている。政権が代わっても、米国がこれまで通り主要7カ国(G7)のルールに従い、為替市場への不必要な介入を控えてくれれば、日本からの積極的な対米投資、雇用への貢献は継続する」といった内容を、丁寧に説明したのではなかろうか。

加えて、アベノミクス相場で1ドル=80円から125円までドル高・円安が進んだ間も、米国の対日貿易赤字が拡大するどころか縮小したことも、付け加えただろう。そうだとすれば、トランプ氏が選挙戦中には繰り出していた日本叩きを封印し、その後ムニューチン氏とともに円安批判を控えているのは、幸運ではなく、「日本の外交成果」ということになるはずだ。

もちろん、トランプ次期政権がドル高に対して無限の寛大性を持っているわけではあるまい。特に、中国に対しては厳しい姿勢で対峙する公算が大きい。これは中国が日本と比較した場合、対米直接投資は約4%しかない一方、対米貿易黒字額は5倍にも上るという対照的な位置にあることと関連していよう。

すなわち、米国の雇用に対して、日本は直接投資を通じてプラスに貢献しているが、中国は貿易黒字によってマイナスの打撃を与えていると区別して理解されているはずだ。トランプ氏は選挙公約通り、1月20日の大統領就任初日に、中国を為替操作国として認定する可能性がある。

トランプ政権の政策優先順位を考えれば、株価や雇用に明らかな悪影響が及ばない限り、ドル高・円安をけん制しないと考えるべきだろう。そして、トランプ氏がそのような正しい認識に至った背景には、安倍政権の外交努力があるかもしれないのだ。

*池田雄之輔氏は、野村証券チーフ為替ストラテジスト。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫して日本経済・通貨分析を担当し、2011年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。著書に「円安シナリオの落とし穴」(日本経済新聞出版社)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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