[東京 11日] - 長期にわたって上昇相場を形成して来た米株式相場も、大きな転換点を迎えたようだ。5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では0.5%の利上げと米連邦準備理事会(FRB)の6月からのバランスシート圧縮(QT)開始が表明された。
<パウエル議長が言及した中立金利超え>
この内容は、既に市場が織り込んでいて違和感はなかった。しかし、異例だったのは、パウエルFRB議長が次回2回の会合(6月と7月)でも、0.5%の利上げを強く示唆したことだ。また「必要とあれば中立水準を上回る利上げも躊躇(ちゅうちょ)しない」と述べ、高インフレ抑圧に対するFRBの強い姿勢が鮮明化した。
3月FOMCでの「中立金利」(中央値)は2.4%だったが、「必要とあれば」とのヘッジ文言は付くものの、それ以上の早急な引き締め策も企図していることを示唆している。これは、年内に「政策金利3.5%への引き上げ」を主張していた「タカ派」のブラード・米セントルイス地区連銀総裁のアプローチに近い。
QTも6─8月は月間475億ドルの助走期間を設けるが、9月以降は上限で同950億ドルの圧縮が続けられる。仮に2024年末までQTが継続された場合には、FRBのバランスシートは約9兆ドルから約6兆ドルへと急速な縮小となる。
パウエル議長は、高インフレ率の背景に、コロナ禍からの回復に伴う需要増、タイトな労働需給、長期化するサプライチェーン(供給網)の混乱、ウクライナ戦争と中国ロックダウン(都市封鎖)の複合要因を指摘している。想定以上の高インフレに対して、FRBは「真正のタカ派」に転換したと言えよう。
<FRB、長期緩和路線から大転換>
FRBの金融政策を巨視的に見れば、1979年の第2次オイルショック以来、ボルカー元FRB議長が実施した政策金利20%をピークとして、大勢的に緩和トレンドが継続して来た。もちろん、第2次オイルショック以降も、1987年「ブラックマンデー」、1990年「湾岸危機」、2000年「ITバブル崩壊」、2008年「リーマンショック」、2015年「チャイナショック」、2020年「コロナショック」といった歴史に残る変動があり、それに対応した緩和策とその後の引き締め策という「山と谷」は存在している。
しかし、基調的なメガトレンドは明らかに緩和傾向を続けて「実質ゼロ金利政策」にまで至り、リーマンショックへの対処法では、バーナンキ元FRB議長が導入した非伝統的な「量的緩和政策」を併用する事態となった。これ以降、緊急的対策として導入した「量的緩和政策」が常態化したのは周知の通りである。今回、FRBが「真正のタカ派」となった事実は、40年余り継続して来た超長期の基調的緩和トレンドが、大局的に転換することを意味していると思われる。
<緩和効果を享受してきた米株式>
米株式相場も、この大勢的な緩和トレンドを背景に長期の上昇相場を継続して来た。S&P500種指数は、1979年2月安値96.1から今年1月4日高値4818.6まで約50倍化している。経済のグローバル化、デジタル化による急拡大や、イノベーションに対応した企業業績の高成長が背景にあったことは言うまでもないが、この超長期の緩和策継続が大きく寄与したと思われる。
リーマンショック時には、S&P500種指数が2007年10月高値1576.0から2009年3月安値666.7まで半値以下に急落する試練もあったが、「量的緩和政策」の著しい効果によって「大勢上昇トレンド」に回帰した。
コロナショックに対しても空前の量的緩和策が実施されたが、特にこの2009年3月をボトムとした約13年間の鋭角的な上昇は、米株式の歴史においても特筆されるべきブル相場だった。ところが、今やこの長期上昇波動も、FRBの「真正のタカ派」スタンスで大きな転換点を迎えたと見なすべきだろう。
<ハイピッチのQTがもたらす下落圧力>
特に警戒を要するのは、連続的な大幅利上げだけでなく、FRBバランスシートの急速な圧縮である。QTの過去の例としては、FRBの長い歴史の中でも、バーナンキ超緩和策からの脱却として2017年10月から2019年6月までの約2年間に実施したものしかない。
この時は、バランスシートが約4.5兆ドルから約3.8兆ドルへと約15.6%縮小して終了した。それでも、株式市場へのインパクトは大きく、S&P500種指数は2018年9月高値2940.9から12月安値2346.5まで約20%の「クリスマス急落」を経験している。
今回は、仮に約6兆ドルへの縮小があると想定した場合には3割を超える急速な圧縮となり、株式をはじめとするリスク・アセットへの影響は甚大な規模になると思われる。既に株式相場だけではなく、金余り相場の象徴だったビットコイン(ドル建て)も昨年11月高値6万8991ドルから足元では3万ドルに接近する急落で、低格付けのハイイールド債相場も年明けから下げ足を速めている。今回の5月FOMCは、明らかにFRBが「宴の終焉(しゅうえん)」を宣言したに等しいと考えている。
<FRBを刺激する原油高長期化の懸念>
FRBの強い引き締め策がいつまで実施されるのかは、高インフレ率の継続が鍵を握っている。特に、エネルギー価格の動向が、物価見通しやFRBの金融政策さえ左右すると思われる。ところが、原油需給は依然タイトな状況が続いている。その根本にあるのは、石油輸出国機構(OPEC)が原油増産に慎重な姿勢を採っているためだ。
4月のOPEC原油産出量(日量・以下同)は2870万バレルで、前月比1万バレル増とほぼ横ばいである。これは、「OPECプラス」の月次目標約40万バレル増産にも程遠い数値で、過去最高の生産量となった2016年11月の3414万バレルからは約15.9%減産した水準である。
欧米はOPECに懸命な増産依頼を繰り返しているが、OPECは微動だにせず、6月も「OPECプラス」としての目標は約40万バレル増産が維持されたままだ。
<気になるサウジ・ロシアの蜜月>
その背景としては、国内治安や供給体制に問題を抱えて減産となるケースが多いリビア、ナイジェリアといったOPEC加盟国の事情もあるが、最大の要因はサウジアラビアが慎重姿勢を崩していないためだ。
サウジは、脱石油の膨大な設備投資、イエメン内戦介入を主とした国防費の膨張で、意外なことに2014年から昨年までは財政赤字が続いて来た。しかし、ようやくサウジ財政当局は今年900億リヤルの財政黒字化見通しを発表したが、最大の要因は原油高であると想定される。
どうも、サウジの実権を握るムハンマド皇太子は、現状の原油高を居心地が良いと感じている節がうかがわれる。さらに重要なのは、このムハンマド皇太子とロシアのプーチン大統領の関係が極めて良好なことだ。ロシアがウクライナでの継戦能力を維持するために原油高を望むのは当然であり、石油戦略では両国の思惑が一致している可能性が濃厚である。
「OPECプラス」が、この両国の指導下にあることを考えると、大きく増産に転換することを望むのは無理な情勢と思われる。しかも、欧州連合(EU)はロシア産原油・石油精製品の禁輸を打ち出す方向であり、ただでさえタイトな状況に、EUの非ロシア産エネルギーへの代替需要が増加することになる。原油価格の高騰長期化は、FRBをはじめとする各国中銀の引き締め策強化・長期化に直結するリスクを内包している。
<日本株で問われる利食い売りの巧拙>
こうした状況を考えると、米株式相場だけではなく、日本株を含めた世界的な過剰流動性相場が大きな転換点を迎えたことは否定し難いように思える。もちろん、相場は一方向のみに動くわけではない。世界の株価が3月8日前後のボトムから3月末にかけて急速なリバウンドを見せたように、今後もシャープな切り返しを見せることはあるだろう。
ただし、FRBの超緩和策継続中には、時間の経過と共に株価が高値を更新するシナリオが描けたが、「真正のタカ派」に転換した今となっては、時間の経過は投資環境の悪化につながる可能性が高くなったように思える。
したがって「バイ&ホールド」が通用しないような相場展開となるリスクを想定すべきだろう。採るべき戦略としては、「押し目拾い」は従来通りだが、「戻り局面での利益確定売り」を実行するように心掛けたい。実現益を積み上げれば着実だが、評価益のままでは戻り一巡後の反落で消失する懸念が残る。利食い売りの巧拙が、投資パフォーマンスに直結する展開となろう。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*藤戸則弘氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 参与・チーフ投資ストラテジスト。1979年早稲田大学卒業。1999年に国際証券入社。その後、三菱証券、三菱UFJ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で投資情報部に在籍。2018年7月から現職。国際証券入社前、約20年にわたって生命保険会社で資産運用業務に従事し、ファンド・マネージャー、年金資金のポートフォリオ・マネ ージャー、企画担当を経験。バイ・サイドの視点による説得力のある分析には定評がある。
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