[東京 15日] - ベンチャー企業やベンチャー・キャピタル向け融資で、一時は高成長を誇った米地銀の一角が破綻した。また、暗号資産関連企業への融資が多かった米地銀も、経営の厳しさが表面化している。
しかし、こうした経営難に直面した米地銀は、特異なビジネスモデルとレバレッジ経営による結果であり、米銀行全般への影響は限定的と思われる。イエレン米財務長官は「米銀行システムの強靭(きょうじん)さは変わらず、規制当局には効果的なツールがある」とし、懸念は拡大しないと明言している。
実際、米連邦準備理事会(FRB)と米財務省、米連邦預金保険公社(FDIC)は、預金者保護と流動性供給のために「バンク・ターム・ファンディング・プログラム」を軸とした対策を表明した。現時点では、今回の米地銀破綻が、米銀行の「システミック・リスク」に波及する可能性は極めて低いと想定されよう。
<表面化した過剰投資の副作用>
ただ、注意を要するのは、今回の米地銀破綻が「実質マイナス金利下のレバレッジを掛けた過剰投資」の弊害・副作用を表面化させた点だ。
2020年のコロナショック以降に「米実質金利マイナス」が延々と続いたことが過剰なリスクテイクを可能にし、レバレッジの高い投資銀行業務全般を飛躍させた。「ユニコーン」(評価額が10億ドル以上で創業10年以内の未上場企業)や、「特別買収目的会社」(SPAC:自らは事業を行わず、上場後に未上場企業の買収を行うことから「空箱」上場とも言われた)を追い求めたブームは、米金融業界を広く席巻していた。相次いで設定された投資ファンドの中には、円換算で1兆円を超えるような巨大投資ファンドが誕生したほどである。
しかし、昨年来のFRBの急速な引き締め策によって資本調達コストは急上昇し、「買収する側」、「買収される側」も厳しい「冬の時代」が到来している。今や大手銀行でも、世界的に投資銀行部門は大規模な機能縮小や人員削減が続いている。
ただし、大手銀行の場合には、一方で金利上昇による融資業務の利ざやが拡大し、「純金利収入」(NII)が膨張する恩恵も享受できる。昨年10─12月期決算では、「NII」が四半期ベースで過去最高、あるいはそれに迫る銀行が多かった。
今回破綻した米地銀のようにベンチャー企業や暗号資産に特化したビジネスモデルは、投資銀行ブームの「宴の後」で、ダメージが大きくならざるを得なかったと思われる。
<市場で高まるリスク要因への感応度>
米株式市場は、ややろうばい的な反応を示した。今回破綻した米地銀の経営不安が報じられたのは3月9日だったが、翌10日には破綻という急展開だった。それまでは破綻地銀の株価も通常の価格形成を継続していただけに、投資家に不安心理が急速に高まったようだ。
マーケット特有の動きだが、「次の破綻候補」を探す動きが顕在化し、米地銀株の中には急落する銘柄が相次いで、連鎖的破綻に追い込まれるものも出た。ダウ・ジョーンズKBW地銀株指数は、2月3日に高値122.8ポイントを付けたたが、3月13日安値は89.9ポイントと26.8%下落する局面があった。さすがに、大手行には冷静な押し目買いも入っているが、投資家の不安心理を払拭するには至っていない。
注意を要するのは、非常に鈍かったリスク・ファクターへの感応度が急速に高まり、楽観に傾いていた投資家心理がにわかに覚醒し始めた点だ。これは米株式にとって、中長期的な重荷となる恐れがある。
<振幅大きかったFRB議長の発言>
今回の米地銀破綻の背景には、FRBの大幅利上げが1つの要因として存在していたと思われる。マーケットは、「雇用逼迫」・「高止まりする物価」から見れば、FRBの金融政策は引き締め継続の可能性が高いと想定して来た。
パウエル議長は、3月7日の上院銀行委員会の証言で、1)政策金利ピークの上方修正、2)利上げペース加速の可能性、3)「ドット・プロット」(政策金利予測)の上方修正──などを示唆した。
2月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見では「ディスインフレのプロセスが始まった」として、非常に「ハト派」的文言が多かったが、わずか1カ月余りでの急速な「タカ派回帰」である。
パウエル議長の議会証言を受けて、FRBの政策を端的に反映する2年国債利回りは3月8日に一時5.080%と5%の大台を突破する局面まであった。
ところが、皮肉なことに米地銀破綻がトリガーになり、米長短金利は急反落した。リスク回避のために株式を売却して安全資産である債券に向かう資金フローが発生したためと思われる。典型的な「フライト・トゥ・クォリティ」(質への逃避)である。
年明け以降の米債券相場は、「楽観的な2月FOMC」─「1月雇用統計・PCE(個人消費支出)デフレーター」─「パウエル議会証言」─「米地銀破綻」といった経済統計やイベントのたびに二転三転している。今年の相場は「不透明感・不確実性が高い」とされてきたが、まさにジェット・コースターのような展開である。
パウエル議会証言後に、フェデラルファンド・レート(短期の政策金利)先物は、一時「3月0.5%利上げ確率約7割」まで織り込み、その後も連続的利上げを読んでいた。
しかし、3月14日には「3月0.25%利上げ確率76.1%」、「5月0.25%利上げ確率73.1%」となり、早ければ5月で利上げ停止を想定するに至っている。そして「年末までに利下げ」を織り込むドラスティックな展開である。
<危機沈静化でも残るインフレ懸念>
だが、注目すべきなのは、今回の地銀破綻に対するFRBの短期的スタンスと、「雇用逼迫」・「物価高止まり」に対する中長期的スタンスとの間には、大きなギャップがあることだ。
緊急危機対応の観点からFRBが緩和的政策に傾斜したとしても、イエレン財務長官が明言するように「米銀行システムは強靭」であることが証明されれば、いずれ中長期の引き締めスタンスに回帰する可能性が高いように思える。
もし、この前提が覆されるとすれば、地銀の連鎖的破綻が止まらず、一部財務体質の脆弱な大手銀行にも波及する場合だが、現状でそのリスクはかなり低いと思われる。
足元の米株式相場は、地銀破綻が投資家のリスク感応度を高めて下落傾向にある。一方で、当局の対策もあって「システミック・リスク」にはならないとの確信が深まれば、反発に転じることも想定されよう。ただし、その場合には、「雇用逼迫」・「物価高止まり」による米金利上昇という中長期的なネガティブ要因が意識されることになろう。
つまり、米株式にとっては、短期的な地銀破綻騒動が鎮静化したとしても、大勢的な株価の抑圧要因は容易に解決しない可能性が高いように思える。緊急危機対応による長短金利の低下は、あくまでも一過性の要因であり、単純に「金利低下=株高」と見なすべきではないと考えている。
S&P500種指数は、中長期トレンドを示す200日移動平均線を下方ブレークしたが、昨秋安値3491ポイントを再び視野に置くリスクシナリオも想定しておくべきだろう。
<海外勢の動向に左右される日本株>
日本株相場は相対的に堅調展開が続き、日経平均は3月9日高値2万8734円まで上昇する局面があった。この要因として、1)日本長期金利の低水準推移、2)いったん円安傾向となり輸出株にプラス、3)中国経済の回復は日本企業に好影響、4)東証の「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業に対する是正要請」による相場全体の底上げ、5)外国人の日本株大幅買い越し、6)期末の株式配当取り需要──といった「6要素」が貢献したと思われる。
しかし、米国の市場環境は急変し、世界的に投資家がリスクを意識する展開になっている。特に、注意を要するのは外国人の日本株売買動向である。東証の投資主体者別売買動向では、外国人が3月第1週も6988億円の大幅買い越し(現物株式プラス株式先物)で、需給面の主役を演じてきた。
だが、株式先物のウェイトが非常に高く、3月第1週は株式先物が7933億円の大幅買い越しながら、現物株式は994億円の売り越しだった。この先物ウェイトの異常な高さは、ヘッジファンドの関与を示唆する内容である。
しかも「3月10日メジャーSQに向けた仕掛け」の様相が濃厚と思われただけに、彼らの手返しは速い。一般に外国人投資家は、母国株式市場が堅調な時に海外投資も積極化するが、母国市場が調整モードになれば海外投資もアンワインド(巻き戻し)を行う傾向が強い。
既に再び円高方向に振れ、バリュエーション面での相対的な割高感が台頭し、テクニカル面の過熱感も否定できなかっただけに、日経平均は3月9日高値から大幅反落となっている。
結局、世界的な景況感、欧米中銀の引き締め姿勢に左右される不透明な環境は継続すると見るべきだろう。債券・株式ともに今後もボラタイルな相場展開が想定されるだけに、徹底した押し目買いスタンスと戻り局面での適宜利益確定売りが要求されよう。すなわち、「逆張り」姿勢がパフォーマンスを決定する要因と考えている。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*藤戸則弘氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 参与・チーフ投資ストラテジスト。1979年早稲田大学卒業。1999年に国際証券入社。その後、三菱証券、三菱UFJ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で投資情報部に在籍。2018年7月から現職。国際証券入社前、約20年にわたって生命保険会社で資産運用業務に従事し、ファンド・マネージャー、年金資金のポートフォリオ・マネ ージャー、企画担当を経験。バイ・サイドの視点による説得力のある分析には定評がある。
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