[東京 19日] - 3月米連邦公開市場委員会(FOMC)において、米景気は年内に「穏やかなリセッション」入りが想定された。既に米エコノミストに対する3月調査では、1年以内に米国がリセッション入りする確率は65%に達していたが、米連邦準備理事会(FRB)も公的に懸念を共有したことになる。
<ISMでわかる米景気減速の足音>
既に景況感には、その兆候が顕在化している。3月米供給管理協会(ISM)製造業景況指数は46.3となり、コロナショックで落ち込んでいた2020年5月以来の水準に低下した。
詳細な内容を見ても、先行性を有する新規受注指数が44.3と前月の47.0から低下しており、雇用指数も46.9と2020年7月以来の低水準である。
一方、非製造業は、「中国のゼロコロナ政策解除」や各国のコロナ規制撤廃により、景況感は良好を維持してきた。ところが、3月の米ISM非製造業景況指数は51.2と、前月の55.1から低下が目立った。非製造業でも、新規受注指数は52.2と前月の62.6から大幅に減退している。
特に留意すべきは、新規輸出受注指数が43.7と、前月の61.7から急速に落ち込んでいることだ。この事実は、景気減速が米国のみならず、広汎な世界各国で起き始めていることを示唆している。
<浮上する米国内の信用収縮のマイナス>
米個人消費についても軟化が目立っている。3月米小売売上高は、前月比マイナス1.0%と、2月のマイナス0.2%に続く減少を記録した。コア売上高(除く自動車・建材・給油・食品)もマイナス0.3%で、前月のプラス0.5%から水面下に転じている。
内訳を見ても、主要13カテゴリーのうち8項目が減少した。既に大手ディスカウンターの中には、3月の既存店売上高が前年比マイナスに転じているものもあり、大手百貨店の株価は2月高値から調整色が目立っている。米地銀破綻は、消費者にも心理面の影響を及ぼし始めている。
パウエルFRB議長は、3月FOMC後の記者会見において「米地銀破綻に端を発した過去2週間の銀行システムの動向は、家計や企業の信用状況を厳しくさせる。経済活動の重荷になる可能性がある」と警鐘を鳴らしていたが、それが現実化しつつあるようだ。
全米自営業連盟(NFIB)の調査では、「融資を受けにくくなった」との回答がユーロ危機による2012年12月以来の水準に達したと発表している。既に「信用状況厳格化」によって、貸し渋りの状況が台頭し始めている。
<高止まる米CPI>
FRBが「年内リセッション入り」想定なら、通常は金融緩和策への転換がメイン・シナリオとなる。しかし、今は約40年ぶりの高インフレが継続している異常な状況だ。3月の米消費者物価指数(CPI)統計を見ても、総合CPI前年比5.0%と前月の同6.0%から伸び率が低下したが、コアCPIは同5.6%と逆に前月の同5.5%から上昇している。
相変わらず問題の住居費、サービス価格は高水準で推移しており、コアCPI全体を押し上げている。FRBをはじめとする各国中銀の物価目標である2%には、なお遠い状況である。
しかも、総合CPIの低下は、原油をはじめとするエネルギー価格低下の影響が大きい。前年比の対象となる昨年3月は、ロシア軍のウクライナ侵攻でエネルギー価格が急騰していた時である。例えば、WTI原油先物価格が1バレル=130.05ドルの高値をマークしたのは昨年3月7日であり、3月の月末時点でも100.2ドルと100ドル超の高値水準を継続していた。
今年3月のWTI原油先物価格は、3月7日高値80.9ドルから3月20日安値64.1ドルと相対的に低水準の推移であり、これが3月米総合CPIの押し下げに大きく寄与している。
ところが、「OPEC(石油輸出国機構)プラス」は、5月以降日量で約166万バレルの追加減産を突如発表し、WTI原油先物価格は3月安値1バレル=64.1ドルから4月12日高値83.5ドルに急反発している。
「OPECプラス」の追加減産の背景には、どうもサウジアラビアの財政事情があるようだ。国際通貨基金(IMF)は、サウジ財政にとっての原油採算損益分岐点について、2022年73.3ドル、2023年66.8ドルと試算している。
膨大なインフラ投資や「脱石油」の産業育成を目指す設備投資には巨額の費用が投入されており、サウジとしては財政懸念が高まる原油価格60ドル以下への下落は容認できないと思われる。これに戦費調達で必死のロシアが同調し、追加減産となったようだ。
<インフレ抑制を優先させる米欧中銀>
こうした状況を見ると、バイデン政権の中東政策への懸念が浮かび上がってくる。米民主党特有のリベラルな理念を振りかざし、米・サウジ間は、かつてないほど疎遠な関係に陥っている。そこにプーチン大統領や中国の習近平国家主席の中東接近があり、サウジとイランの外交正常化交渉でも中国が仲介し、米国は蚊帳の外の状況だ。結局、米国による中東政策の手際の悪さが、原油価格にも反映されているように思える。
FRBは年内に「穏やかなリセッション」を想定しながらも、高止まりするコアCPIを考慮すれば、金融緩和策への転換は困難と思われる。米地銀破綻に端を発した銀行混乱の3月に、FRBだけではなく、欧州中銀(ECB)、英中銀、そして、混乱の当事国となったスイス中銀も利上げを断行した。
この事実を考えると、欧米中銀の命題は高インフレ率の抑制であり、コアCPIの高止まりがある限り、緩和策への転換のハードルは相当高いものとなろう。しかし、市場ではFRBの年内利下げ期待が強く、足元のフェデラルファンドレート(短期の政策金利)先物は、年内の利下げを想定している。このFRBと市場のギャップは、やがて市場の利下げ期待はく落となって収束する可能性が高いように思える。
世界的に4月の株式相場は、リバウンド傾向を強めた。これは米地銀破綻の悪影響が欧州大手行にも及ぶ局面があったものの、各国政府・当局の適切な対応で制御されたことが大きい。3月後半の世界的な銀行の混乱時に、ヘッジファンド等の短期筋は株式のショート・ポジションを形成した可能性が濃厚である。また、オーソドックスな投資家も、「質への逃避」で株式ウェイトを低減させたものと思われる。
これは、安全資産である米MMF(マネーマーケット・ファンド)残高が、5兆2774億ドル(4月12日時点)と過去最高水準にまで膨張したことでも推測される。
しかし、市場の動揺が収まれば、ショート・ポジションにアンワインド(巻き戻し)が起こるのは当然であり、これが4月の世界的な株価回復につながっているようだ。つまり、足元の株価の戻りは、狼狽(ろうばい)一巡からの買い戻しという株式需給要因が大きいように思える。
<予見できるミニスタグフレーション>
しかし、中長期的な観点からは、FRBでさえ「穏やかなリセッション」を想定しており、景気の下押しバイアスは相当大きくなりそうだ。当然ながら、企業業績にも下方修正リスクが高まることになろう。
こうしたマクロ、ミクロ面の軟化にもかかわらず、高止まりするコアCPIは金融緩和策への転換を許さないように思える。「ミニ・スタグフレーション」的な状況が、今後具現化するリスクを抱えている。4─6月期から夏場にかけては、米株式が再度軟化する展開を想定している。
日本株は相対的に堅調展開となっているが、これは植田和男日銀新総裁が、当面イールドカーブ・コントロール政策(YCC)とマイナス金利政策を継続すると表明したことが大きい。
おそらく日銀は、4─6月期に10年間に及んだ超緩和策の成果と副作用・弊害の「点検・検証」を行うことに集中し、政策変更に踏み切るのは夏から秋以降になると思われる。各国中銀の利上げ姿勢とは対極的で、これが経済全般や日本株のサポート要因にもなろう。
しかし、米経済減速の影響は、やがて外需の減退へとつながる可能性が濃厚だ。また、米地銀破綻の悪影響が顕在化するのはこれからと思われ、日本の企業経営者も輸出産業中心に慎重な見通しとなる可能性がある。3月日銀短観において、2023年度の経常利益見通しは前年度比マイナス2.6%(全規模全産業)だったが、おそらく4月末からの決算発表でも同程度の内容となろう。
3月の米国株急落局面で日本株も連動安を余儀なくされたが、母国株式市場が軟化すれば、外国人は海外投資でも慎重姿勢になるケースが多い。もし、4─6月期以降の米国株が軟調となれば、日本株のみの独歩高は難しいと想定されよう。
2019年以降の過去4年間を見ても、コロナショックだった特異な2020年を除いて、日本株はいずれも5月に調整局面を迎えている。「Sell in May」(5月に株を売れ)の相場格言が想起されるが、実際には5月になってから売るのでは遅いことになる。ここからの戻り局面では利益確定売りに比重を置き、買いは反落を待ってからにしたい。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*藤戸則弘氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 参与・チーフ投資ストラテジスト。1979年早稲田大学卒業。1999年に国際証券入社。その後、三菱証券、三菱UFJ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で投資情報部に在籍。2018年7月から現職。国際証券入社前、約20年にわたって生命保険会社で資産運用業務に従事し、ファンド・マネージャー、年金資金のポートフォリオ・マネ ージャー、企画担当を経験。バイ・サイドの視点による説得力のある分析には定評がある。
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