June 27, 2019 / 2:33 AM / 20 days ago

コラム:リブラの衝撃、フェイスブック構想は「仮想」通貨超えるか=井上哲也氏

[東京 27日] - 米フェイスブック(FB.O)が18日、新たな仮想通貨(暗号資産)「リブラ(Libra)」を使ったサービスを来年開始すると発表すると、メディアだけでなく、イングランド銀行のカーニー総裁や国際決済銀の経済アドバイザーであるヒュン・ソン・シン氏、米議会下院金融サービス委員会のウオーターズ委員長など、金融当局の関係者が驚くほど素早い反応を見せた。

 6月27日、 米フェイスブックが発表した新たな仮想通貨(暗号資産)「リブラ(Libra)」は、従来なかった価値を安定させる仕組みが組み込まれ、経済取引のための「通貨」として活用される可能性を内包している、と野村総研の井上氏は説く。21日撮影(2019年 ロイター/Dado Ruvic)

リブラは基本的には、個人や企業による資金決済のために、ブロックチェーンを活用した「暗号通貨」を新たに導入する構想だ。それがここまで大きな反響を呼んだ理由は、フェイスブックの下で大手IT企業などが設立メンバーとして加わることで、新たな金融サービスのインフラが生まれる期待が高まったからだけではない。

従来の「暗号通貨」にはなかった価値を安定させる仕組みが組み込まれ、経済取引のための「通貨」として活用される可能性を内包していたためだ。しかも、設立メンバーに金融機関が入っておらず、既存の金融と距離を置く形で実現しようとする点が新鮮だったからである。

リブラは、フェイスブックとは独立した非営利団体の「リブラ協会」が管理する。同協会は18日に発表したホワイト・ぺーパー(白書)で、リブラを2020年前半に実用化する方針を示しているが、現時点の公表資料からではその仕組みに関して不明な点も多く、同協会も解決すべき課題が残ることは認めている。また、私は暗号技術の専門家でないので、リブラの技術革新を適切に評価し得る立場にない。

それでも、リブラが価値を安定させるために採用した仕組みは実は古典的なものであり、その点が金融システムに及ぼす意味合いに影響するということは指摘できる。本稿は、これらの点に焦点を当ててリブラの課題を検討したい。

<リザーブの裏付けという新機軸>

その仕組みとは、リブラの価値が、「リザーブ(準備資産)」と呼ばれる資産で100%裏付けされるというものだ。従来の「暗号通貨」は需給関係によって米ドルのような法定通貨に対する相対価値が大きく上下したが、リブラの価値はリザーブ資産の価値と等しいので、そうした問題を逃れることができる。

この点はリザーブの持つ2つの特徴に基づく。第1にリザーブは主要国の国債や現金に分散投資される。これは、「通貨」の価値を資産のポートフォリオによって裏付けする点で、外国為替制度の一種である「カレンシーボード」(代表例は香港)と同様な仕組みである。このため、国債の価格(つまり長期金利)や主要国間の為替相場が変動すれば、リブラの価値もその分だけ変化するが、既存の「暗号通貨」に比べると変動幅は極めて小さく、リブラのユーザーとなる個人や企業にとって、慣れ親しんだ程度の変動である。第2にリザーブの大きさは、基本的にはリブラのユーザーが払い込んだ主要国法定通貨の大きさによって決まる。

ユーザーは協会公認の取引所を通じて米ドルなどを払い込むのと交換にリブラを入手し、取引所は受け取った米ドルなどをリザーブに払い込むことで、リブラはリザーブによって100%裏付けられる。リザーブは初期段階には外部投資家の出資も一部受け入れるようだが、協会がリブラの供給を裁量的に変化させる余地、つまりリブラを使って金融政策を行う可能性は排除されている。

このため、ユーザーはリブラを保有しても大幅な値上がりは期待できない。従来の「暗号通貨」の感覚に照らすと投資としての面白味がなくなるが、価値の安定がIT技術による取引費用の削減や利便性の強化と結びつくことで、本来の意味で「通貨」として活用される可能性が大きく広がっている。

<金融当局が関心を持つ理由>

前述の「白書」は、リブラ導入によって、より多くの個人や企業が金融サービスにアクセスし、グローバルに迅速かつ低コストで資金を移動できるようになることをメリットとして掲げ、一般的な金融サービスにアクセスできない人を取り込む「金融包摂」に貢献し得ると主張している。また、リブラを展開する各国の金融規制を順守する姿勢を示しつつも、国際的な通貨や金融のシステムは「公共財」として設計され管理されるべきとも主張しており、既存の金融システムに挑戦する構えも示唆している。

リブラが実際に導入された場合に主要国や国際金融システムに与える影響を、現時点で詳細に予見することは難しい。なぜなら、リブラ自体は「白書」が強調するようにインフラそのものであり、さまざまなプレーヤーがこれを活用してどのようなビジネスを展開するかで影響の出方が決まるからである。

それでも、金融当局が素早い反応を見せているのは、金融システムの安定維持という視点に立った場合、既にいくつかの懸念が浮上しているからだろう。

まず、リブラへの信認が失われた場合の影響が不透明である。リザーブの特性に照らすと、リブラのユーザーが取り付けを起すリスクは小さい。ただ、協会のマネジメントに問題が生ずるとか、主要国で危機が発生するといった理由で、ユーザーがリブラの払戻しに殺到することはあり得る。その場合でも、リザーブを粛々と取り崩せばよいので、ユーザーも協会も深刻な損失を被るリスクは小さいが、その過程で特定の主要国ないし国際的な金融システムにストレスをかける可能性はある。

その意味で協会に対して何らかの監督が必要となるが、ここで、担当当局が不明という点が問題となる。

リブラが展開される主要国は、従来の「暗号通貨」に即した枠組みを援用しようとするだろう。しかし、それらは「暗号通貨」が投資資産であった事実に基づいたものである。実際、大阪市で28日から開催される20カ国・地域(G20)首脳会談(サミット)では、「暗号通貨」の用語を実態に即して「暗号資産」に変えるとされる。しかし、リブラが本来の「通貨」の役割を果たす場合、そうした枠組みで十分か、という問題が生じる。

当局が抱える問題にはクロスボーダーという観点も関連する。なぜなら、リブラ協会がスイスのジュネーブに置かれるため、リブラが展開される主要国の当局は、スイス当局を介した間接的な監督に依存する可能性が高いからである。主要国間の協力関係は十分可能だろうが、例えば、リブラがマネーロンダリング等に悪用される恐れが生じた場合に、ユーザーの個人情報が円滑に共有されるかどうかは、スイスの過去のケースから見て懸念が残るかもしれない。

より広い視点から見れば、リブラの取引情報やユーザーの個人情報が協会やその加盟企業、あるいはリブラのインフラを活用してビジネス展開する企業によって適切に管理されるかどうかも焦点の1つだろう。

リブラのプロジェクトを主導するフェイスブックの情報管理を巡る過去の対応のまずさもその背景にあり、だからこそ同社も、リブラは協会の合議で運営される点を強調している。また、参加企業にとって、リブラの魅力はそうした情報を適切に活用することにこそある。その意味では、この点は個人情報の適切な管理と活用のバランスという、一般的な枠組みで対応されるべきであろう。

<リブラの可能性>

主要国が現在採用している枠組みの下でも、資金決済の主要な手段である預金を供給する銀行は、預金規模に比べて極めて小額の優良資産を持っているだけである。したがって、そのままでは100%のリザーブを持つリブラの運営主体に比べて、取り付けに対する脆弱性ははるかに高い。だからこそ、銀行は資産内容に関するさまざまな規制を受け、金融当局による強力な業務規制の下に置かれている訳である。

それ自体は合理的としても、金融危機の度に規制や監督が強化され続けることが平時の効率性を損なう可能性にも目を向けるべきだ。実際、決済手段の提供を100%の資産の裏づけを有する銀行に限定するという、いわゆる「ナローバンク」のような構想は、今回の世界金融危機後に限らず度々提唱されてきた。

その度に示された反論の1つが収益性の問題だ。皮肉なことに、当面の金融環境を考えると、リブラもシステムの構築や運営の費用に充当されるリザーブの運用益を確保できるかという課題に直面する恐れがあるが、インフラの上に構築されるであろう新たな金融サービスには、「ナローバンク」にはない可能性も感じる。

リブラは少なくとも現時点では多くの課題を抱えていることは確かだが、既存の金融システムの外の主体が、幅広い経済取引の支払決済のための「通貨」を提供しようとする本格的な試みとして、高い注目するに値するプロジェクトだと思われる。 *本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

井上哲也氏 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。 

(編集:山口香子)

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below