March 6, 2019 / 1:37 AM / 20 days ago

コラム:自社株買いとM&A、レバレッジ・ブームの裏側=重見吉徳氏

[東京 6日] - 昨年2度にわたって現在の金融市場を支える「7つのブーム」についてお伝えした。改めて言えば、それらは、流動性、生産効率化、合併・買収(M&A)、自社株買い、レバレッジ、テクノロジー、上場投資信託(ETF)を巡るブームだ。

 2月6日、実体経済の拡大を上回る債務の拡大、そして債務の拡大で購入される資産の高値つかみ、利上げ、経済のスローダウン、シャドーバンキング(影の銀行)の拡大など、デレバレッジの条件は整いつつある、とJPモルガン・アセットの重見吉徳氏は語る。写真は1月、ニューヨーク証券取引所(2019年 ロイター/Brendan McDermid)

6月6日付の前編ではその概観、そして同8日付の後編ではテクノロジー・ブームとETFブームを取り上げた。今回は、自社株買いブームとM&A(合併・買収)ブーム、そしてその裏側で生じているレバレッジ・ブーム、すなわち「債務の持続不可能な拡大」に焦点を当てたい。

著名投資家レイ・ダリオ氏が近著「Big Debt Crises(未邦訳)」の主題としているように、債務の拡大こそが生産性以上の支出を可能にすることで、ブームを生み出す。他方、その反動として債務の返済が進むときは、支出が減ることで、経済活動は少なくとも停滞する。そして、いよいよ債務の返済が困難になるときには、支出の削減(すなわち緊縮)、デフォルトを含む債務の再編、所得の再分配、中央銀行による介入のいずれかが必要になり、経済活動は大幅な収縮を余儀なくされる。

現在はどうかと言えば、米企業部門の債務は、家計や政府部門を含む経済全体の所得である国内総生産(GDP)を上回るペースで増大している。そして、短期金利は引き上げられ、企業のキャッシュフローや利益を含む経済活動はスローダウンを始めている。

ダリオ氏の定義を借りるなら、現在は「トップ」と「不況」の間といったところだろう。今後は、債務の返済費用(デット・サービス)がキャッシュフローや所得を上回り、貸し手の側は新規の与信はおろか、既往の与信のロールオーバーにも及び腰になる。すなわち「取り付け」である。最初は、最も脆弱な企業がデフォルトに陥り、「特殊なケース」と一蹴されるが、これが徐々に与信者を不安にさせていく。

ダリオ氏の債務サイクル理論に上乗せする形で、本稿で筆者が強調したいことは、企業が債務拡大の見合いとして計上する「資産」が、「経済活動が現在の繁栄を続ける」という不合理な想定によって「高値つかみ」されている点である。経済活動が鈍化すれば、そうした「資産」の価値が低下して債務の返済は困難となり、債務返済の過程で経済活動の収縮が増幅される。すなわち、デレバレッジの温床が存在する。

計上される「資産」とは、自社株であり、M&Aの主産物である「のれん」である。米連邦準備理事会(FRB)の統計によれば、米国の企業は、2010年以降、負債を約7兆5000億ドル(約840億円)増加させた一方で、自己株式を約3兆6000億ドル減らし、「特定不能な雑資産」(FRBによれば、その大部分が「のれん」)を約3兆1000億ドル増やしている。

<企業が自社株買いやM&Aに走る訳>

企業は、なぜ自社株買いやM&Aを行うのだろうか。その理由の1つは、マクロ全体で考えてトップライン(売上高)の拡大による利益の増加が困難になる状況下でも、資本家が企業に対し、以前よりも高い自己資本利益率(ROE)を求めるためであろう。

また、自社株買いを行う別の理由は、米証券取引委員会(SEC)のロバート・ジャクソン委員が昨年6月の講演で指摘したように、企業の最高経営責任者(CEO)たちが、権利が確定した自己株式を高値で売り抜けるためである。自社株買いは「自社の株価が割安に放置されている」というシグナリングだと言われるが、CEOは「自社の株式を割安」とアナウンスしたそばから、自社株を手放している。いずれにせよ、CEOを含む資本家の強欲さが、労働者を含む企業という組織を自社株買いやM&Aに走らせている。

まず、自社株買いを考えてみよう。自己資本利益率(ROE)の3分解(ROEは、マージン、回転率、レバレッジの積)を思い出すと、企業が利益そのものの拡大に頼りにくい場合には、レバレッジを高めることでROEの引き上げが可能になる。すなわち、債務の拡大による自社株買いである。

債務拡大による自社株買いの会計処理を考えれば、貸方にある自己株式を借方に落とし、貸方に負債を計上する。この処理は「株式の信用買い」と変わらず、その実態は(金融危機の典型パターンである)「短期調達、長期運用のミスマッチ拡大」とも言える。

自社株買いが生じるタイミングは、景気の拡大が続くことで、資本家の期待、言い換えれば株式のバリュエーションが高まっているときであり、企業は高値で自己株式を買い入れている。反対に、経済活動が鈍化して、企業の債務返済が困難になったり、赤字によって資本が減少したりすると、企業は新株発行や緊縮(支出の削減)によるレバレッジの低下を余儀なくされる。

このタイミングでは、株価は利益の減少を反映して既に下落している一方で、新株発行は1株利益の希薄化懸念からバリュエーションをさらに押し下げる。すなわち、企業は、債務の拡大によって自己株式を高く買い、不況時に安く売り出すことで債務を返済するという、レバレッジを用いて高く買って安く売る「高値つかみ」のメカニズムが内在している。

ここで根本に立ち返ると、好景気において、利益が拡大し、内部留保が増えることでROEが低下することは、全く望ましいことである。もっと言えば、好景気には新株を発行したほうがよい。なぜなら、それらが資本効率の低下によって、株価のオーバーシュートを抑制するためである。

反対に、不景気の際には自社株買いを積極化し、利益の減少によるROEの低下や株価の下落を抑制できる。これが、株価の不要な変動を抑制する仕組みであり、現在実行されている自社株買いのメカニズムとは全く逆の仕組みである。夢物語と思うかもしれないが、投資家が自らの長期の利益について少し考えればできることである。

<整いつつあるデレバレッジの条件>

次に、M&Aを考えよう。自社株買いのケースと同様に、ROEの3分解を考えれば、マージン(利益/売上高)は、簡単な算術で、資本分配率(企業利益/GDP)と同一であることが確かめられる。独占や寡占、あるいは生産の海外移転によって、販売価格を維持しつつ、労働コストを中心とする費用を抑制する。すなわち格差の拡大であり、やがてポピュリズムが生じる。

M&Aの会計処理では、買収される企業の保有資産を時価評価した上で、買収金額との差額を「のれん」(無形固定資産)で計上する。M&Aにおいては、多くの関係者が「濡れ手に粟」の利益を得ようと買収の成功を急ぐためか、買収される企業の株主にかなり高いプレミアムが支払われる。

ここでいったんプレミアムをゼロと仮定すれば、買収金額は、買収される側の保有資産の株価純資産倍率(PBR)倍となる。単純な例を考えると、PBRが2倍なら、保有資産と同額の「のれん」が計上される。そこにプレミアムが乗れば「のれん」はさらに膨らむ。

のれんは、被買収企業がその保有資産のPBR倍をさらに上回る価値を出すことで初めて正当化されるが、実体経済がスローダウンすれば、その価値を発揮することは困難となる。結果、買収を実行した企業は「負債はあるが、資産はない」(無形固定資産である「のれん」が価値を発揮しない)状態に陥る。すなわち、事業が楽観的な想定を下回る分、返済は容易ではなくなるというわけである。

これまでのような好況時のM&Aは、「実体経済が現在のような繁栄を続ける」という前提に基づく、レバレッジを用いた「高値つかみ」である。加えて言えば、レバレッジド・ローンを金融機関だけではなく、投資ファンドなどのノンバンクが組成している状況も、金融危機の典型である。

実体経済の拡大を上回る債務の拡大、そして債務の拡大で購入される資産の高値つかみ、利上げ、経済のスローダウン、シャドーバンキング(影の銀行)の拡大など、デレバレッジの条件は整いつつある。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

重見吉徳氏 JPモルガン・アセット・マネジメント グローバル・マーケット・ストラテジスト(写真は筆者提供)
Slideshow (2 Images)

*重見吉徳氏は、J.P.モルガン・アセット・マネジメントの日本におけるグローバル・マーケット・ストラテジストで、エグゼクティブ・ディレクター。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、農林中央金庫にて、外国証券・外国為替・デリバティブ等の会計・決済事務および外国債券・デリバティブ等の投資業務に従事。その後、野村アセットマネジメントの東京・シンガポール両拠点において、グローバル債券の運用およびプロダクトマネジメントに従事。アール・ビー・エス証券にて外国債券ストラテジストを務めた後、2013年3月より現職。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

 (編集:下郡美紀)

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below