May 3, 2018 / 4:37 AM / 7 months ago

コラム:揺らぐドイツ繁栄の方程式、景気後退サイン点灯か=田中理氏

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

 5月3日、第一生命経済研究所・主席エコノミストの田中理氏は、企業が一斉にブレーキを踏み始める中、ドイツ経済が今回の減速シグナルを乗り切れるかは予断を許さないと指摘。写真はメルケル独首相、訪中時の2016年6月に北京で撮影(2018年 ロイター/ WANG ZHAO)

[東京 3日] - 絶好調だったドイツ経済に変調の兆しが広がっている。昨年12月に統計開始以来の最高水準を記録した製造業購買担当者景気指数(PMI)が4カ月連続で改善モメンタムの鈍化を示し、よりカバレッジの広いIFO企業景況感指数も昨年11月をピークに5カ月連続で低下している。

年明け以降、鉱工業生産、輸出、製造業受注、小売売上高といった代表的なハードデータにも軒並みブレーキがかかっている。ドイツ経済に何が起こっているのだろうか。

<むしばまれるドイツ企業の競争力>

今のところ、季節外れの寒波到来による建設・消費活動の停滞、インフルエンザの流行による製造ラインの停止や外出の手控え、深刻な人手不足による供給制約などが、景気の下押しに働いたとの説明がされている。

そもそもドイツの月次経済指標の季節調整は不安定で、過去にも度々景気後退観測が浮上したが、杞憂に終わったことも多い。昨年のイースター休暇時期が例年と比べてずれていたため、季節調整がうまくいっていない可能性もある。

とはいえ、このところの景気指標の継続的な落ち込みには目を見張るものがある。IFO景況感が3カ月以上連続で低下したのは、現系列が入手可能な2005年以降で過去に6回ある。このうち4回は同時期かその直後に実質国内総生産(GDP)成長率がマイナスに転落し、1回はほぼゼロ成長に減速した。

同様に、1996年4月の統計開始以来、製造業PMIが3カ月以上連続で低下したのは過去に11回あるが、うち8回で同時期か直後の成長率がマイナスに転落した。過去の経験則からは景気が後退局面に入ったとしても不思議ではない落ち込みぶりだ。

こうした不安に対しては、確かに景気指標の落ち込みは急ピッチだが、減速後も水準が高いことから、景気後退には程遠い状況にあるとの説明をよく聞く。

例えば製造業PMIは、構成5項目(生産、受注、雇用、在庫、入荷遅延)のそれぞれについて前月と比べて改善したかを尋ね、それらを一定のウエートで合成して作成する。業況判断の分岐点は50で、これを上回ると「改善した」との回答が「悪化した」との回答よりも多かったことを意味する。製造業PMIの最新数値は4月の改定値で58.1。4カ月連続で低下した後も、50の分岐点や統計開始以来の平均値(52.3)を大きく上回っている。

また、IFO企業景況感は7000社を超える製造業・サービス業・卸小売業・建設業を調査対象に、現在の業況判断と6カ月先の業況判断を尋ね、2015年を100の指数として合成する。同指数の最新数値(4月)は102.1と昨年11月の105.2をピークに低下したものの、こちらも2005年以来の平均(97.2)を大きく上回っている。

ただ、鋼の強じんさを誇ったドイツ経済にほころびが見え隠れするのも事実だ。かつて「欧州の病人」と呼ばれたドイツ経済が復活を遂げた背景には、1)シュレーダー政権時代の労働市場改革の成果で企業競争力が回復したこと、2)欧州統合の質的深化と量的拡大により、域内での分業体制の確立と人口5億人の巨大マーケットを手に入れたこと、3)中国への接近をいち早く進めたことで、新興国需要の取り込みに成功したこと、4)貿易立国として、グローバル化の恩恵を享受してきたこと、などが挙げられよう。近年の好パフォーマンスをけん引してきた、こうした要因が徐々に崩れ始めている。

労働市場改革の結果、創出された雇用の多くは低賃金労働で、ドイツでも好景気の影で格差の拡大が問題となっている。前政権でメルケル首相が率いる大連立政権に加わった社会民主党は最低賃金の引き上げを要求。昨年秋の連邦議会選挙で社会民主党が苦戦を強いられた背景にも、労働者の待遇改善で十分な実績を残せなかったことがある。

ドイツの失業率は東西ドイツ統一後の最低水準を更新し続けており、労働需給のひっ迫がいよいよ鮮明となっている。こうした中、今年の労使交渉では高めの賃上げ妥結が相次いでいる。最大の構成員を誇る金属産業労組(IGメタル)が2月に向こう2年で平均4%近くの賃上げを勝ち取ったのに続き、連邦・地方政府の職員も4月に向こう2年半で平均3%程度の賃上げで合意した。雇用拡大と賃金増加はマクロ所得の改善につながる一方で、ドイツ企業の競争力を徐々にむしばんでいく。

欧州連合(EU)の巨大市場を手に入れたドイツは、債務危機克服後の域内景気回復の恩恵をフルに享受することに成功してきた。債務危機の克服過程で構造改革に取り組んだ欧州各国は軒並み競争力を回復し、内外需そろった息の長い成長を謳歌している。ユーロ圏の景気拡大は5年目に突入し、昨年の実質GDP成長率は2.5%と、1%台前半とされる潜在成長率を大きく上回った。だが、制限速度を大幅に超過する成長がいつまでも続くはずがない。域内需要の取り込みによるドイツ景気の繁栄も昨年がいったんのピークとなりそうだ。

<トランプ氏の標的となる可能性>

新興国需要の取り込みにも成功してきたドイツだが、中国依存度の高まりはもろ刃の剣でもある。ドイツの中国向け輸出依存度は欧州各国で最も高い。中国を基点とした世界景気の動向にドイツ景気は左右されやすい。

加えて、貿易戦争の脅威もドイツ景気に影を落とし始めている。米中の貿易戦争が両国でのドイツ製品に対する需要増加につながるとの声もあるが、両国経済への悪影響が広がれば対岸の火事ではなくなる。

巨額の対米貿易黒字を続けるドイツを米国が貿易戦争の標的とする恐れも高まってきた。米国政府は5月1日を期限としたEUに対する鉄鋼・アルミニウム輸入制限の適用除外期限をひとまず6月1日まで先送りすることを決定した。EU側は国家安全保障上の脅威を理由とした米国の輸入制限措置が世界貿易機関(WTO)ルールに違反するとし、全面的かつ恒久的な除外を求めている。

猶予期限を前にフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相が相次いで訪米したが、秋に中間選挙を控えたトランプ大統領を説得することはできなかった。米国政府は今後も対米黒字削減に向けてEU、中でもドイツに対する圧力を強めていくことが予想され、輸入制限が発動すればEU側も報復措置で対抗する構えを示唆している。こうした欧米間の通商摩擦を巡る不透明感の継続は企業の業況判断を一段と冷え込ませかねない。

もちろん、前述した通り、最近のドイツ景気の急ブレーキにはそれなりに説得力のある理由が存在する。減速後の経済指標の水準が景気後退を示唆するものでないことや、昨年後半にかけての景況改善が明らかに行き過ぎで、巡航速度に向けた健全な調整過程にあるとの判断も常識的だ。

ただ、健全な調整と思っていたものが、次第に実体経済をむしばんでいくことも少なくない。昨年後半の業況改善が行き過ぎだったと言うことは、過度な楽観論を前提に生産計画を立てていた企業が少なからずいたことを意味する。

景気指標の落ち込みがさらに長期化すれば、それを見て生産計画を修正する企業も徐々に増えてくる。こうした行動が積み重なって、景気は転換点を迎えていくものだ。それはちょうど、高速道路で前の車がブレーキを踏んだのを見て、後ろの車もブレーキをかけることで交通渋滞が発生する現象と似ている。企業が一斉にブレーキを踏み始める中、ドイツ経済が今回の減速シグナルを乗り切れるかは予断を許さない。

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト(写真は筆者提供)

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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