February 6, 2019 / 7:16 AM / 16 days ago

コラム:金融政策の「不都合な真実」、ポスト平成の大論争に=門間一夫氏

[東京 6日] - 平成が始まって間もなくバブルが崩壊した。ちょうど重なるように、冷戦の終焉(しゅうえん)、グローバリゼーションの加速、人口の高齢化、という大きな構造変化が進行した。

 2月6日、日銀の物価目標の導入、及びその下での異次元緩和について、最終的な評価が定まらないまま平成が終わろうとしているが、6年間の異次元緩和を通して、はっきり見えてきたこともあると、元日銀理事の門間氏は説く。2014年11月撮影(2019年 ロイター/Yuya Shino)

そうした環境変化のある程度必然的な帰結として、日本経済は低成長・低インフレの時代へ突入する。金利も当然低くなる。1990年代初頭に8%を超えていたコールレートは、95年秋には0.5%まで引き下げられた。以後、コールレートがこの水準を継続的に上回ったことは、今日まで一度もない。最近はマイナス圏での推移が常態化している。

米欧経済も、リーマンショックをきっかけに、低成長・低インフレ・低金利の「3 lows(3低)」に直面する。欧州の政策金利は、今も日本と同様マイナスである。ここまで何とか利上げを進めてきた米国も、金利水準が金融危機前の半分にも達しないうちに、1月29─30日の連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げの一時休止に追い込まれた。

<低金利が定着した時代>

多くの先進国で低金利が定着したのは、根本的には経済、物価、貯蓄投資バランスなどを巡る構造変化が原因だと理解されている。特に経済成長率がすう勢的に低下しているという仮説は、2013年に元財務長官のローレンス・サマーズ氏が「長期停滞(Secular stagnation)」という表現で論じて以来、大いに注目を集めた。

一方で、国際決済銀行(BIS)の金融経済局を統括するクラウディオ・ボリオ局長は、低金利は、低成長や低インフレから自動的に引き起こされたわけではなく、「中央銀行の政策判断を介した人為的な現象だ」と論じている。物価目標にとらわれた極端な金融緩和が、必要以上の低金利をもたらしているのではないか、という問題提起である。

仮に中銀が金利水準を下げ過ぎており、しかもそれを長期に続け過ぎているのだとしたら、非効率な債務の積み上がりなどを通じて、経済の足腰が弱まってしまうリスクがある。そうだとすれば、中銀は物価目標への強いこだわりを捨て、代わりに長い目で見た金融の安定を重視すべき、という結論に至る。ただ、そこまで明確に言う識者は今のところ少数派だ。

<まだ定まらない異次元緩和の評価>

経済学者や中銀の多数説は、2%程度の物価上昇を安定的に維持することこそが、経済の安定ひいては長期的な成長に資する、という考え方だ。インフレが低過ぎると、経済が下方ショックに対して脆弱になり、結果として健全な経済成長が阻害される、というわけだ。こうした考え方を背景として、90年代以降、先進国の中銀は、2%程度の物価目標を採用するようになった。

この流れに最後まで抵抗したのが日銀だった。90年代末ごろから、日本経済の基本的な問題はデフレであり、それを是正する責任は日銀にある、という認識が経済関係者や政治家の間に広まった。それから約15年間、つまり平成時代のほぼ半分の期間において、日本の金融政策を巡る最大の論争は、物価目標の是非にかかわるものであった。

日銀が抵抗を続けた理由は単純だ。2%という数字が日本の実態に合わない、と考えたからである。実態に合わない無理な目標を追求すれば、どこかに重大なひずみが生じる懸念があった。しかし、リーマンショック、東日本大震災、円高等に襲われ、日本経済に対する危機感が強まる中で、日銀がアカデミズムの「多数説」に背を向け続けることに対して、国民の理解が得られなくなっていった。そして13年1月、日銀は2%物価目標の導入を決めた。

日銀の物価目標の導入、及びその下での異次元緩和について、最終的な評価が定まらないまま平成が終わろうとしている。ただ、異次元緩和を6年続けた結果として、はっきり見えてきたこともいくつかある。

第1に、日本で物価が上がらないのは金融緩和が足りないからだ、という考えは事実によって明確に否定された。第2に、物価が上がらない状況においても、雇用の大幅な改善や戦後最長クラスの景気拡大は実現し得る、という重要な事実も確認できた。

それならば2%目標はもう撤回しても良いのかと言うと、事はそう単純ではない。2%程度のインフレがあった方が日本経済はさらに強くなる、という可能性まで否定されたわけではなく、2%目標が世界の常識であることにも変わりはないからだ。

したがって、ここからの日銀の課題は、2%インフレが困難な現実の下でそれを目標に掲げ続けることの矛盾が、経済に対する副作用を生むリスクを最小限に抑えることだ。

日銀は既に一般論としては、やみくもに追加緩和は行わず、コストとベネフィットのバランスを評価しながら最適な政策運営を模索する、という基本方針を明確にしている。ならば、せめてマイナス金利のような極端な措置は早めにやめた方が良いと思うが、日銀内での具体論はまだ熟していないようだ。

<金融政策にできること、できないこと>

日本ではこの先もインフレが起こる確率は低く、潜在成長率を今以上に高めることも容易ではない。だとすれば、たとえ極端な金融緩和が多少修正されたとしても、大局的な意味での低金利環境はずっと続く可能性が高い。

2%インフレが実現している米国でさえ、歴史的な低金利水準にある。欧州は両者の間で、どちらかと言えば日本に近い。

このような構造的な低金利は、先進国のマクロ経済政策に重大な課題を突き付ける。80─90年代からマクロ経済政策の主役を務めてきた金融政策は、もはや景気後退への対応力を十分に発揮できない。確かに量的緩和など非伝統的な手段もあるにはあるが、金利引き下げ余地の乏しさが金融政策にとって重大な制約であることは否定できない。

金融政策の余力を取り戻すため、物価目標を3─4%へ引き上げたり、キャッシュレス社会を進めてマイナス金利を深掘りしやすくしたりするなど、斬新なアイデアを提唱する学者も少なくない。しかし、それらが現実的な選択肢とはとても思えない。

現在、マクロ経済政策の理論的な支柱となっているのは、「ニュー・ケインジアン理論」と呼ばれる考え方である。その純粋型モデルにおいては、財政政策の役割は期待されておらず、もっぱら金融政策が経済の安定化を担う。財政政策については、理論だけでなく実践的な観点からも、政治的な中立性や発動の迅速性などの面で難点があることは事実だ。

しかし、この理論で想定されていない超低金利時代に突入してしまった以上、金融政策の限界も直視した上で、金融政策と財政政策の役割分担を巡る新たな議論を進めることが必要である。

ちなみにBISは、持続的な経済成長に重要なことは、資産価格や債務の変動など「金融循環」の振幅を抑えることだと指摘する。この考え方に立てば、金融機関の規制・監督という「プルーデンス政策」こそがマクロ経済安定化の主役だ、とさえ言える可能性もあるのだ。これまでの役割分担にとらわれない柔軟な発想が必要である。

もちろん、利下げ余地のない中銀にも、確実にできることはある。

1つは、過度の物価上昇に対しては利上げをすればよいし、もう1つは「最後の貸し手」として決済システムや金融市場の安定を守ることも可能だ。このどちらの点においても、中銀の力は依然として強い。しかし、景気後退やデフレに対してはそうではない。

金融政策にも得意分野と不得意分野がある。これは不都合な真実かもしれないが、それに目をつぶることなく、金融、財政、そしてプルーデンス政策の役割分担と相互補完の枠組みを、模索していくことが重要だ。これは、ポスト平成時代の大論争になるだろう。

*本コラムは、ロイター特集「平成を振り返る」に掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

門間一夫氏 みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト/元日銀理事(写真は筆者提供)

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

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編集:下郡美紀

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