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コラム:菅政権のデジタル革命、効果の「見える化」がカギ=熊野英生氏

[東京 30日] - 菅義偉政権は高支持率でスタートしたが、国会での施政方針演説もまだ行われていないので、政策の全体像が見えない部分もある。「スガノミクス」と呼ぶ人は多いが、マクロ政策的な要素で構成されていなければ、エコノミクス(経済学)とは呼べないと思う。菅首相は、自分の感性に基づいて鋭く切り込んでいて、独自のスタイルで改革を試みようとしている。

9月30日、菅義偉政権は高支持率でスタートしたが、国会での施政方針演説もまだ行われていないので、政策の全体像が見えない部分もある。写真は16日、首相官邸で記者会見する菅首相。代表撮影(2020年 ロイター)

筆者は、菅首相の改革志向にはエールを送りたいが、経済学の知見から、いくつか意見を述べたい。1つを挙げると、デジタル化のメリットを表現することは難しく、成果を形にして確認・検証しにくいという点がある。

<デジタル庁、モデルは台湾か構想>

菅首相は、閣僚人事の目玉として平井卓也氏をデジタル改革担当相に起用。年内にデジタル庁創設の基本方針を発表するとした。

この構想は、台湾をモデルにしたと筆者はみている。台湾では、2016年に蔡英文政権がデジタル大臣として民間人のオードリー・タン(唐鳳)氏を起用した。タン氏は、IQ180ともいわれる天才プログラマーとして知られる。2020年1月にコロナ感染が始まり、当初のマスク不足に対して、地図でマスク在庫を一覧できるアプリを公開して沈静化させたことで有名になった。台湾のデジタル大臣は、各省庁が抱える横断的な課題をデジタル・ツールの利用で解決する役職と言える。

菅首相は、日本のデジタル改革担当相にもタン氏の様に役所の縦割り打破に腕を奮ってほしいと期待している。

もっとも、デジタル化はセンスの良さが問われる役職だ。紙を電子媒体に置き換えるだけでは価値は生じない。例えば、住民票を電子媒体で取得できる市区町村は増えてきた。よく考えると、運転免許証の更新などで住民票を必要とする手続きをなくす発想の方が大切だ。IT化は、行政手続きの簡素化を大胆に進めるためのテコになる存在だ。

<デジタル化、GDPに反映されにくい恩恵>

デジタル化がやっかいなのは、その恩恵が可視化されにくいことだ。行政事務がデジタル化されて、国民の利便性は向上すると思うが、それを定量化するのは難しい。定量化ができないと、成果を評価したり、不十分な部分を取り上げて改善することも技術的に難しくなる。

経済学では、デジタル化の恩恵がGDPに表れにくい性格に関して指摘されることが多くなっている。例えば、無料の自動翻訳ソフトを使うと、私たちは追加コストを支払うことなく、サービスの恩恵を受けられる。SNSで楽しむことも、一定の料金プランで支払った費用以上のメリットは、利用者がフルに得られる。大学生が宿題の答案を友達からWordでコピーさせてもらうのも、リスクは高いが、追加コストはほぼゼロだ。情報財の価値は大きい割に、一定のコストで多大な恩恵(消費者余剰)を受け取ることができる特殊な性格がある。

<世界中で起こる過少評価の壁>

デジタル化の負の部分は、紙などの非情報財の市場を食うことだ。人々がスマホで写真を撮り、現像しなくなると、街の写真屋は需要が減る。スマホばかり利用して人々が本を読まなくなると、本屋は消えていく。非情報財の需要減は明確にGDPを減らす。

片方で、GDPにカウントされない消費者の恩恵は膨張するが、それは見えてこない。「デジタル化はGDPを減らす」と怒る人がいたとすると、その反応は多くの人がおかしいと直感するだろう。研究者の中には、デジタル化による消費者余剰を何かの尺度で「見える化」して、政策評価する方がよいという人もいる。

世界中で進行するデジタル化は、ここ数年間のGDPを実際はもっと押し上げているはずだという議論も出ている。2015年頃から現在まで、データ流動量(IPトラフィック)は世界的に急増している。デジタル化の非金銭的恩恵は、それが世界的にカウントされずに経済的価値の過少評価を生んでいる。

<人に優しい改革を>

デジタル庁が今後、行政の利便性を飛躍的に向上させると、その恩恵は国民に非金銭的便益を提供するだろう。そのことは、サービス提供を通じて大減税が行われるのと同じことだ。

残念なのは、その価値を「見える化」できないので、政策評価しにくいことだ。今まで政府は、世界最先端デジタル国家創造宣言など、安倍政権下で3回も改革プランを打ち出したが、その価値はほとんど実感できていない。

今度の平井デジタル改革担当相には、単にデジタル庁をする創設するだけでなく、提供する価値を「見える化」して、過去のプランと大きく違うことをぜひとも証明してほしい。

最後に付言すると、台湾でデジタル改革を実行したオードリー・タン氏は、デジタル化の目標として「インクルーシブな社会」の実現を提起した。弱者を仲間外れにせず、参画させていくという考え方である。これは素晴らしい。

菅政権では、河野太郎行政改革担当相が「ハンコ行政の廃止」を打ち出しているが、デジタル改革によって排除される人々への配慮が足りないように感じる。改革によって生じる「負」の部分を少なくするためにもう少し、人に優しい姿勢を取った方が共感しやすいのではないか。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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編集:田巻一彦

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