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コラム:菅首相に期待、「為替介入なし」に対米輸出増やす戦略=熊野英生氏

[東京 22日] - 菅義偉首相は為替レートに強いこだわりがある。筆者は官房長官時代のスピーチを聞いた時の記憶からそう思うのである。菅首相は為替レートの数字をすらすらとメモも持たずにそらんじて見せた。よく細かい数字まで記憶しているなと正直驚いた。これは、記憶力という能力もあるが、そこに強い関心があるから可能なのだと感じた。

12月22日、 菅義偉菅首相は為替レートに強いこだわりがある。写真は都内の為替ディーリングルームで2013年6月撮影(2020年 ロイター/Yuya Shino)

その菅首相が「100円を割らないようにしてくれ」と「霞が関の官僚」に言っているらしい。ドル/円レートが100円を割り込むような円高にならないことを願って話しているのである。

円高は輸出企業の収益にマイナスであり、過去は円高と株安がセットで襲ってくることが多かった。現在の円高傾向も、100円を割り込むと心理的ショックが大きく、景気を冷やすことが警戒される。

<ドル安局面>

筆者の計算では、ドル/円レートのトレンドはコロナ禍の2020年5月以降、毎月平均70銭のペースで円高が進んでいる。このまま進むと、2021年4─5月に100円を割り込む予想になる。いや、為替の動きやすい年末年始にも起きるかもしれない。すると、日本政府はいよいよ伝家の宝刀である為替介入に踏み切るのであろうか。

これは、就任後のバイデン米次期大統領にとっても、見過ごせない問題になる可能性がある。21年1月20日の大統領就任式典の後には、菅首相の訪米も控えている。それを考えると、為替介入は、やりたくても摩擦が大きくて、決断できない可能性もある。

また、仮に為替介入を行ったとしても、それによって円高の流れを反転できないという問題もある。コロナ禍で進んだ円高は、決して投機的な要因による円高ではなく、円高の裏側にあるドル安によって引き起こされている。為替介入によって日本政府がいくらドルを活発に買ったとしても、ドル安の流れを止められないだろう。

<ドル安反転の条件>

ドル安傾向が反転するとすれば、何が要因になるかを考えてみよう。1つは、米金融緩和の先行きである。12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和を数カ月ではなく、もっと長く続けることを決めた。「雇用最大化と物価安定の目標に向けて著しい進展があるまで」続けると変更した。

FRBのバランスシートは、今後も膨張を続けて、ドルの資金供給は増える。ドル安は、通貨供給量の拡大を背景に進む。ドル安が反転するためには、雇用・物価の統計が大きくジャンプするほど改善することが必要となる。これを見通すことは難しい。

もう1つの要因は、米国の財政である。現在の米経済は、新型コロナウイルスの感染もあって芳しいとは言えない。米小売売上高は、前月比で10月と11月には連続してマイナスとなった。消費が減少しても、先行き不安が起こりにくいのは、財政出動への期待感が強いからだ。

目先は、9000億ドルの追加経済対策がある。バイデン大統領が就任した後は、4年間で2兆ドルの財政出動が具体的に動き出すだろう。米国は、巨大な財政出動のための資金調達を、米国債の増発によって行うことになる。

しかも、その資金は海外からの資金流入で賄うことになる。このドル負債の増加は、ドル安要因である。財政出動に依存して米経済が成長する図式が変わらない限りは、ドル安が続くことになるだろう。

米経済が財政出動という「補助輪」なしに成長する見通しは、どういった状況になれば成り立つのだろうか。筆者は、バイデン政権がスタートして、米国と中国による制裁関税が一気に引き下げられると、それが前向きな経済刺激になって、米経済の成長見通しを大きく改善させると分析する。

しかし、バイデン大統領は、今のところ制裁関税をすぐには引き下げない意向を示している。中国に対して有利な対応を採れば、批判的な共和党から「弱腰」とみられることを恐れているのだろう。そうした点でも、輸出拡大に向けて足かせを外せない米国をみて、マーケットではドル安傾向がしばらく続くとの予想が多くなりそうだ。

<日本に必要な戦略的対米政策>

菅首相は、100円を切るような円高を止めたいと考えるが、結局は為替介入を断念して円高リスクを受け入れることになるだろう。対米関係が為替介入だけで崩れることを避けたいと思うからだ。米国は現在、日本を為替操作国としていない。それでも、監視対象国になっているから、為替介入に動く可能性のある要注意国とみられているのだろう。

菅首相は円高リスクを我慢する代わりに、米国が再び自由貿易国に戻ることを促してほしい。米国は、トランプ大統領の4年間に貿易赤字を問題視して、自由貿易を制限するような時代遅れの国になってしまった。米国が財政出動によって成長すれば、必ず貿易赤字は拡大する。日本から米国への輸出もそれによって増える。たとえ円高であっても、日本にとっては米国への輸出増という恩恵があり、トータルで考えるとプラスであろう。

そうしたメリットを消さないためにも、トランプ時代の「貿易赤字は問題だ」という考え方にバイデン政権が引きずられないようにしなければならない。日本の役割は、米国を再び環太平洋連携協定(TPP)のような自由貿易の連携のメンバーに復帰させることだ。目先の為替レートの円高リスクだけに集中するのではなく、貿易の恩恵をトータルで考える戦略性を日本政府にはお願いしたい。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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編集:田巻一彦

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