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コラム:外貨準備の含み益利用した物価高対策、国民への利益還元に=熊野英生氏

[東京 22日] - 最近、高級時計が売れているという。円安だから、輸入品の高級時計も相当に値上がりしているはずだ。高値でも惜しまずに買っている人が多いということだろう。

 外貨資産を保有しているという点では、日本は世界一の対外純資産残高の保有国である。この外貨資産を何とか日本経済のために利用できないものだろうか。熊野英生氏のコラム。写真は2020年6月、都内で撮影(2022年 ロイター/Issei Kato)

百貨店でも、宝飾品販売が好調という。欧州メーカーの高級車も販売台数を増やしている。この背景にどのような経済的変化が起きているのだろうか。リベンジ消費なのか。それとも、海外旅行が割高になったので、その替わりに国内高級品にシフトしているのだろうか。

<個人の外貨建て資産、円安で含み益膨張>

その理由を考えると、消費の資産効果を挙げることができる。値上がり益が実現されなくても、保有資産の時価評価が上がれば、所得が増えたのと同様に消費が増えることがある。通常は、株価上昇が資産効果を誘発する。

しかし、株価は米利上げもあって調整している。暗号資産もひところに比べて大きく下落している。今回は、円安によって外貨建て資産の含み益(時価―取得価額)が膨らんでいると考えられる。円安の資産効果だとみることができる。その隠れた含み益が、巨大化していると考えられる。

<個人の外貨保有、16兆円の含み益>

家計が保有する外貨残高には、正確なデータがない。家計が投信信託を経由して外債・外株などを間接的に保有している部分は推計するしかない。

そこで、日銀「資金循環勘定」を使って、1ドル138円のレートで家計の外貨保有を試算すると、76兆円になる。この残高のうち16兆円分が含み益に相当すると計算できる。それが資産効果を誘発しているのだろう。

通常、円安のときは輸入物価が上がり、輸入品は購入しにくくなる。2022年6月の輸入物価は前年比46%もの上昇となった。おそらく、前々から外貨を保有している人にとっては、円安で含み益が拡大しているから、輸入物価の上昇分はかなりオフセットさせることになる。だから、円資産だけしか持っていない人には手が出せなくても、外貨を保有している人々ならば購入できるというわけだ。

円安進行によって、エネルギー、食料、そして耐久消費財の価格が急上昇して、庶民の生活を圧迫している。そうした物価上昇の痛みに対して、外貨の含み益は何らかの有効活用ができるのではないかと考えてしまう。

<411兆円の純資産残高>

外貨資産を保有しているという点では、日本は世界一の対外純資産残高の保有国である。財務省によると、2021年末の対外純資産残高は、411.2兆円にもなる。この外貨資産を何とか日本経済のために利用できないものだろうか。

グローバル化している大企業・製造業にとっては、円安になって外貨資産が増価しても、それを何か事業収益として利用することは考えにくい。外貨資産が実物資産である場合も多く、ドルの流動性はドル・ベースの支払いに充てることになる。

事業法人が、投機的目的で外貨を持つことは少ない。決算でも、円安によって利益がかさ上げされることはあるが、それはあくまで会計上のメリットに過ぎない。「もうかってますね」と当事者に声をかけても、苦笑いされるだけだ。

製造業では、半導体不足や原油市況が上がったことで事業は厳しい環境に置かれている。2022年3月は、中下旬になってドル/円レートが急に円安に傾いて、会計上の利益が膨らんだに過ぎない。民間部門の対外純資産残高は、たとえ円安によって含み益が生じたとしても、それは有効に活用できるものではない。

<181兆円の政府保有資産>

そこで注目されるのは、政府保有の外貨資産残高、つまり外貨準備である。財務省によると、2022年6月末の保有額は、1兆3113億ドルになる。1ドル138円で換算すると、181兆円もの巨大な資産残高になる。政府は、過去にドル買い(またはユーロ買い)・円売り介入をしたときに取得した外貨をそのまま保有しており、それが円換算で181兆円にも膨らんだとみられる。その残高の中には、介入時のレートが現在よりもかなりの円高水準で取得した外貨も多く含まれている。

最後に介入した2011年は、1ドル77円程度で14.3兆円の外貨を取得している。2004年は1ドル108円程度になるだろう。いずれにしても、円高局面で介入する必要に迫られているわけだから、現在の含み益は巨大化しているに違いない。

しかし、残念なことにその資金は、売却して円資金に換金することも許されず、ほぼ完全な「塩漬けの状態」になっている。

もしも、外為特別会計が清算されて、その巨大な残余財産が政府債務残高を返済する原資になればよいのに、と考えずにはいられない。

<物価高対策に利用する知恵>

6月末時点で1兆3113億ドルの外貨準備残高は、それを売却して円資産に換金できないところが、泣きどころである。そのような行動を政府が採れば、ドル売り・円買いの介入を疑われかねない。介入と疑われずに、その含み益を有効活用する方法は存在しないのだろうか。

1つのアイデアとして、資源輸入の代金として、外貨準備を使う方法がある。日本が2021年度に輸入した鉱物性燃料は、19.8兆円である。輸入する石油会社などは、鉱物性燃料を円資金からドル資金に換えて支払いをする。そのドル資金を政府から借り入れて賄うことはできないだろうか。

そのときの換算レートが1ドル138円ではなく、1ドル124円に設定すれば、約1割安く鉱物性燃料を石油会社は調達できる。つまり、ガソリンや灯油を消費者に1割安く販売できる。これは、ガソリン・灯油の小売価格を引き下げるという物価対策にもなる。

また、政府が石油会社に1ドル124円で外貨を貸し付けて、後から返済を受けるときに工夫すれば、含み益を実現できると考えられる。例えば、外貨準備の取得レート(簿価)が1ドル110円だったとしよう。資源の輸入代金1600億ドルを政府が石油会社に貸し付けて、その代金を1600億ドルX124円=19.8兆円の円資金で受け取るとすると、この取引で同時に1600億ドルX(124円-110円)=2.2兆円の実現益を得られる。これは、政府の税外収入になる。

日本政府は、為替介入してドル資産を売却していることにはならない。為替介入なしに為替の含み益を実現できるところがポイントである。

外貨準備の含み益は、物価対策としてガソリン・灯油の値下げにも使うことができる。ここでは、石油会社を例示として使ったが、電力会社の電気料金、ガス会社のガス料金の値下げにも同じようなスキームを用いることが可能である。

ここでは外貨で石油会社に貸し付けるときのレートを1ドル124円に設定したが、このレートを変化させることで、物価対策として消費者に還元する金額を増やすこともできるはずだ。その代わりに、政府の税外収入は減ることになる。

政府が物価高対策を検討するときには、こうした政府保有の広義の資産を含めて知恵を巡らすことが望まれる。ただし、そうした財産の利用は、財政再建を中長期的には達成するという方針を前提として進めていく必要があるだろう。そうした方針をしっかりと維持しておかなければ、埋蔵金を掘り起こして財政拡張するばかりの刹那的な利用に流されてしまうだろう。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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