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コラム:米欧銀行危機は封印可能か、日銀が学ぶべき教訓を探る=熊野英生氏

[東京 20日] - リーマンショック(世界金融危機)の再来ではないかと、多くの市場参加者がおびえている。米銀不安は、いわばローカルな問題だ。SNS時代だから、それが一気に全米に広がってしまう。3月12日に米当局は預金の全額保護を決めた。米国の大手11行は300億ドルもの預金を不安が伝わる銀行に預ける支援を発表した。これらは信用補完措置である。

 リーマンショック(世界金融危機)の再来ではないかと、多くの市場参加者がおびえている。各国ともリーマンショックの扱いを猛省して、その再現を回避しようとしているはずだ。熊野英生氏のコラム。写真は都内の日銀本店。2016年9月撮影(2023年 ロイター/Toru Hanai)

もう一方のスイス大手銀は、グローバルな問題であり、質が違っている。劣後債などの債券保有者が損失を被る可能性がある。株主もそうだ。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のスプレッドが広がり、株価はさらに下落する。預金に限らず、銀行全体を救済しなくては、社債まで救えない。スイス当局は、別のスイス大手銀行との合併を決めて、何とか救済できそうな範囲を広げようとしている。

多くの人が思い出すのは、リーマンブラザーズが破綻するまでのいきさつだ。当時の米財務長官であったヘンリー・ポールソンの回想録に当時の経過が詳しく記されている。

各国当局者とも救済交渉を重ねたが、ついにうまく折り合えずに、破綻を余儀なくされた。「大き過ぎて救えない」という結末に至った。ポールソン財務長官は、公的資金の投入には消極的だったとされる。いったん破綻が起こると、インターバンクの取引はフリーズした。当初、「日本は関係ない」と言う人もいたが、貿易金融も停止したので、輸出が激減して、日本企業も大打撃を被った。

大手銀を破綻させると、もはや事後的に信用補完をしても元に戻らない。投入する公的資金も破綻が起こると格段に必要額が膨らむ。現在は、各国ともリーマンショックの扱いを猛省して、その再現を回避しようとしているはずだ。

破綻=デフォルトの発生は、金融市場の参加者のリスク許容度を劇的に低下させる。危機封印のためにどこまで踏ん張れるかが問われている。

<利上げ局面という逆風>

不都合なことに、欧米中銀は利上げの途上にある。欧州中銀(ECB)は16日の理事会で0.50%の政策金利引き上げを決めた。インフレ圧力は弱まらず、もっと政策金利水準を高くしてから金利据え置きをしたいのだろう。

選択肢として、信用不安が収まってから利上げ再開という手もある。既往の利上げによって、すでに引き締めの効果は十分にあるはずだ。

おそらく、警戒しているのはインフレ基調が利上げ停止によって高まることだ。2%を大きく上回るインフレ率に高止まりするリスクである。米連邦準備理事会(FRB)もECBも、利上げ休止をしたときの効果と費用を注意深く検討して、今後の政策を再検討することだろう。

もしも、長短金利逆転の長期化がまずいという考え方が重視されれば、利上げ休止に動くだろう。3月上旬に米銀不安が台頭してからは、日米欧の長期金利は大きく低下した。長短逆転は、それによってより明確になった格好だ。

景気情勢はまだ、かなり底堅い。今、利上げ休止をすれば、各国の長期金利は上昇に転じるだろう。各国株価も、利上げ休止を好感して大幅に反発するに違いない(もちろん、追加破綻の抑え込みに成功することが前提となる)。

筆者が当局者であれば、ひとまず利上げを休止して様子見を図る。その場合のコストは、大きくないと考える。信用不安が落ち着いた後に利上げすれば、メリットの方がコストよりもずっと大きい。ここで利上げが後手に回っても、後からの利上げ再開で取り返せる。

中銀が利上げ休止をしている間に、各国では一斉に銀行検査を行えばよい。ストレステストの結果、自己資本を増強すべきところは増資を行う。場合によっては公的資金を使うことも辞さないことが大切だ。

<テックバブルの代償>

筆者は、銀行をつぶす社会的コストが大きいので、それを回避すべきという立場だ。しかし、不健全な経営が起きたときにその責任を経営者が取らずに、政府が全て負うということになれば、モラルハザードが起きる。その点は、バランスを取る必要がある。

経営者の責任を考えるのは難しい。銀行問題はそれぞれに事情が異なる。3月12日のシグネチャー・バンク銀行と、その前に経営破綻したシルバーゲート銀行は暗号資産取引の事業者のマネーが2020年末から大量流入した。コロナ禍でビットコイン価格が急上昇し、2022年央に急落したことはご存じだろう。

暗号資産の交換所は、暗号資産とドルを大量に交換できた。その資金は、一気に両行に流れ込んだ。これは一種の「テックバブル」だったと言ってよい。錬金術に似ていたという人もいるだろう。

両行は、流入した資金を不動産担保証券(MBS)や長期国債に投資する。2021年の米長期金利は1%台だった。それが2022年3月の利上げ局面では、この運用レートよりも高くなって、まさに逆ザヤになった。

それに加えて、暗号資産は利上げとともに価格下落した。今度は交換所からドルが大量流出する。すると、2行は逆ザヤになった長期債を売却せざるを得なくなる。売却損は自己資本を低下させて、ますます資金流出を促すことになる。監督当局は、暗号資産への著しい傾斜に注意喚起をしていたとされる。

こうした事情は、少し達観してみれば、「時間分散」の失敗と言える。大量に流入した資金は、一気に長期固定してしまうと、将来の逆ザヤにつながってしまう。急激な利上げは有害だ。それは、金利上昇を必要以上に抑え込むこともよくないということを意味する。

欧州の金融グループは、リーマンショック後の投資銀行業務の不振に苦しんでいたようだ。これはスイスなどに限らず、欧米で広く起きていたことだ。過去、欧州の金融グループは米銀を買収して巨大化してきたところがある。

さらに、近年、欧州ではECBによるマイナス金利政策も実施された。日本も同様であるが、マイナス金利の打撃は銀行収益を弱体化させる。すでに、日本以外はマイナス金利を解消させたが、大きな禍根が残っている。

こうした経緯を振り返ってみると、個別の金融機関にどこまで自己責任を求めてよいのかは迷うところだ。コロナ禍では、各国とも強力な金融支援を行った。米国のマネーストック統計もコロナ禍で急激に拡大した。

その資金が低い運用利回りで固定化されているとすれば、シルバーゲート銀行やシグネチャー銀行と同様の構造が生じていてもおかしくはない。

<植田次期総裁も苦しい>

4月9日に就任する予定の植田和男・次期日銀総裁は、一連の危機から何を学んでいるだろうか。マイナス金利はあまり長く続けると、金融システムの弱体化を招いてしまう。欧米のように大幅な利上げをすると、逆ザヤが生じてしまい、先々のシステミック・リスクにつながるリスクが拡大する。

2016年のイールドカーブ・コントロール(YCC)も実は金融システムに有害な環境を是正するために導入された。しかし、マイナス金利の打撃は今も残っている。

筆者は、今回の危機がレッスンになって、今まで予想されていたよりも早くYCCが是正される可能性が出てきたとみる。特に氷見野良三・次期日銀副総裁は、そうした金融システムへの知見を持っていると思われる。

0.1%のマイナス金利は、金融引き締めとは違った観点から見直される可能性がある。正常化という意味で0.1%の無担保コールレートに是正する考え方である。マイナス金利導入後に、リバーサル・レートという議論があった。金利環境が金融システムに不利になっては将来に禍根を残す。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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