March 6, 2020 / 5:04 AM / 22 days ago

コラム:新型コロナ、金融市場に最大のリスクは「情報不足」=嶋津洋樹氏

[東京 6日] - 中国国家統計局が先月29日に公表した2月製造業購買担当者景気指数(PMI)は35.7とリーマンショック後の2008年11月(38.8)の水準を下回り、05年1月の統計開始以降で最低となった。しかも、今回は1月の50.0から14.3ポイントもの急低下。リーマンショック時に08年9月の51.2から2カ月で12.4ポイント低下したことと比べると、今回の衝撃の大きさがわかるだろう。

 3月6日、MCPの嶋津洋樹氏は、今回の中国景気の落ち込みが金融市場の世界的な機能不全などに発展するとは思えないものの、ウイルスそのものをはじめさまざまな情報が不足ていることが市場にはリスクだと指摘する。写真は3月5日、ニューヨーク証券取引所で撮影(2020年 ロイター/Andrew Kelly)

こうした評価は、当時の震源地である米国の供給管理協会(ISM)製造業の落ち込み方と比べても変わらない。それどころか、一段と衝撃的にさえ見えるだろう。実際、現行の統計で当時を振り返ると、08年7月(50.8)以降、50.1、47.2、38.2と3カ月連続で水準を切り下げた後、同11月の39.0を挟んで、12月(34.5)に底を打ったことが確認できる。

つまり、今回の中国の製造業PMIの落ち込みは、その幅もさることながら、そのペースが尋常ではなく、少なくとも単月の衝撃では、リーマンショックを上回った可能性があると言える。

もちろん、中国が世界経済に占める割合は19年でも16%程度で、08年の米国が23%を上回っていたのと比べて、やや小ぶり(いずれも名目国内総生産、ドル換算値)。米国の金融市場における存在感の大きさや、ドルが依然として基軸通貨の地位にあることも踏まえれば、今回の中国景気の落ち込みが金融市場の世界的な機能不全などに発展するとは思えない。しかし、そのリスクは決して侮れないと筆者は強く警戒している。ポイントは情報不足である。

<見えない新型ウイルスの正体>

まず、新型肺炎とその原因とされるコロナウイルスの情報が不足している。テドロス世界保健機関(WHO)事務局長が3日になってようやく、「季節性インフルエンザウイルスより感染力は弱く、症状が出ていない人から感染しないように見えるが、(感染した場合)季節性インフルエンザより症状は重くなる」(3月3日、ロイター)と述べたものの、ワクチンや治療薬が開発されていない中で「封じ込めは可能だ」と言われても、にわかには信じ難い。

そもそも、経済への影響を考える上で最も重要なのは封じ込めが可能かどうかではなく、そのめどがいつ付くかである。

WHOのこれまでの対応が必ずしも一貫していないと感じられる上、その背後に中国の影がちらつくことで、提供される情報の信ぴょう性が失われていることも問題だ。

前者については、「感染予防にマスク着用不要 過度の使用控えてとWHO」(3月1日、共同通信)という話が典型的だ。マスクの供給不足が医療現場などに問題を起こしているとすれば、当然、過度な使用は控えるべきだろう。

しかし、WHOの感染症の専門家であるマリア・ファン・ケルクホーフェ氏が3日の記者会見で「中国では約1%が初めのうちは無症状だがその後、そうした感染者の75%で最終的に症状が現れると指摘した」(3月5日、ブルームバーグ)とすれば、どうだろうか。日本政府の専門家会議は2日、「軽症者が気付かないうちに、感染拡大に重要な役割を果たしてしまっている」との見解を公表している。

筆者は医師免許を持っているわけではなく、特に医療に詳しいわけでもない。しかし、自分が無意識に感染拡大に重要な役割を果たすリスクがあるとすれば、マスクの「過度の使用控えて」というWHOの主張を積極的に実践するのは難しい。

中国が提供する情報の信ぴょう性については、今さら言うまでもない。中国は感染者数について、筆者の知るだけで2回も感染の定義を変更。しかも、「症状がないのにウイルス検査で陽性と判定される『無症状病原体保有者』」の数を「公表していない」ため、「症例件数を過少報告している公算が大きい」(3月5日、ブルームバーグ)という。これが事実だとすれば、中国の感染拡大が抑えられつつあるとの認識は誤っている可能性すらある。

<把握困難な実体経済への影響>

新型肺炎とその原因とされるウイルスの情報不足は、そのまま実体経済への影響を把握するうえでも障害となる。実際、ロイターは2日、「米企業業績への新型コロナウイルス感染拡大の打撃は見通すのが次第に難しく、厄介になっている」と紹介。「新型ウイルスの影響が当初予想の今年第1・四半期を超えて、20年通年の利益にまで響きそうになっている」と報じた。

実は今回の新型肺炎が実体経済に及ぼす影響については、中国で感染が拡大したなどの類似性から03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)が参考にされやすかった。新型肺炎への感染が3カ月程度で終息し、6カ月程度で封じ込められるというのは恐らく、当時の経験に基づくシナリオだろう。しかし、SARSは今回の新型肺炎よりも圧倒的に致死率が高く、その分、無症状者や軽症者を通じて感染が拡大するリスクは低い。

米国債相場は、その違いにいち早く気が付き、問題が長期化するリスクを織り込んだことで急伸したのではないかと筆者は考えている。

<金融当局の対応には限界>

実体経済への影響を正確に把握できない以上、各国政府・金融当局の対応策は限られる。当局者らが、リーマンショックを経て、その「弾」が限られていると感じているとすれば、大胆な政策は打ち出しにくく、結果として、その場しのぎで、場当たり的になりやすい。こうした風潮は、米連邦準備理事会(FRB)の緊急利下げ後に米国株が大幅に調整したことで加速した可能性が高い。特に欧州中央銀行(ECB)と日銀は政策金利がすでにマイナス圏ということもあり、追加利下げをできる限り、回避しようと考えるだろう。

筆者はECBと日銀の「次の一手」について、異論もあるマイナス金利の深掘りではなく、貸出条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)や貸出支援基金の拡充を通じた企業の資金繰り支援になると考えている。というのも、中国景気の縮小は企業の存続を脅かすほど売上高を急減させている可能性が高いからだ。先の見えない今の段階での政策金利の引き下げは、最善の選択肢とは言い難い。特に相対的に財務体質の弱い中小企業は四半期末の3月にかけて窮地に追い込まれるだろう。日本では年度末でもある。

株式市場は乱高下を続けているが、新型肺炎の中国での感染拡大に終息の兆しがあること、主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁の共同声明やFRBの緊急利下げなど、各国政府・金融当局が対応に乗り出したことで、2月末にかけての一方的な下落にはいったん歯止めがかかっているようにもみえる。しかし、その大前提となる中国の状況は提供される情報に透明性が乏しく、信頼することができない。このことは、その情報をそのまま利用しているとみられるWHOにも当てはまるだろう。

足元の金融市場の小康状態は、砂上の楼閣のごとく、いつ崩れても不思議ではない。それが実体経済をさらに悪化させるという危機のスパイラルも含め、筆者は強く警戒している。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

嶋津洋樹氏

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。景気循環学会監事。共著に「アベノミクスの真価」。

(編集:橋本浩)

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