May 8, 2020 / 8:07 AM / a month ago

コラム:コロナ感染抑制に経済学の視点を、政策的な需給調整も=嶋津洋樹氏

[東京 8日] - 5月4日に緊急事態宣言の延長を正式に表明した安倍晋三首相は、「新規感染者数の減少が十分なレベルとは言えない。引き続き医療体制がひっ迫している地域がみられるため、現在の取り組み継続が必要というのが専門家の見解」(5/4、ロイター)と説明した。

日本政府が緊急事態宣言を全国に拡大した後の東京・新宿。4月19日撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

筆者はそれまで気が付かなかったが、緊急事態宣言の目的は結局のところ、医療体制のひっ迫を回避することにあるようだ。

実際、2月24日に開催された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の資料には、「患者の増加のスピードを抑える」、「流行のピークを下げる」という言葉とともに「医療対応の体制を強化」し、「医療対応の限界(例:病床数)」を引き上げることが図で記されている。5月4日付の資料では、「医療提供体制のキャパシティ(拡大を図る)」と、具体的に書き込まれていた。

このことは、国民だけではなく、政府、専門家にも取り組むべき課題があることを示すだろう。

つまり、安倍首相の「新規感染者数の減少が十分なレベルとは言えない」という言葉は、そこだけを聞くと、国民の努力が足りなかったという印象になりがちだが、実際には政府、専門家の取り組みも十分ではなく、結果として、緊急事態宣言の延長という決定を下さざるを得なかったということなのだろう。

この点、筆者は感染症や医療の専門家ではないので、政府、専門家の本来あるべき取り組み方がどういったものであるかを判断する材料を持ち合わせていない。しかし、実は日本が今回のような医療対応の限界に陥る可能性は、世界保健機関(WHO)が少なくとも2018年の“Joint external evaluation of IHR core capacities of Japan”(国際保健規則の合同外部評価書)のなかで、組織を横断した連携や、緊急事態に即応できる組織作り、そのための人材の充実などを求めるという格好で指摘していた。

こうしたWHOの指摘は、クルーズ船への対応の際も問題点として浮き彫りになっており、やはり、政府、専門家の取り組みが必ずしも十分ではないことを示唆するだろう。

<長期化すれば「ステイホーム」すら困難に>

新型コロナウイルスは未知の点が多く、それが人々に恐怖心をもたらしている。そして、その恐怖心もあって、国民は政府や専門家の求める自粛に積極的に協力してきた。しかし、筆者がそうであったように、多くの人もまた緊急事態宣言の延長を受けて、どこまで自粛を徹底すれば「十分」なのかと不安に思ったのではないだろうか。そして、それが経済に大きな負担をかける現行の枠組みへの批判の強まりにつながっていると筆者は考えている。

経済学的な視点で緊急事態宣言を含む一連の取り組みを整理すると、政府は医療対応の限界という供給サイドのボトルネックを解消するために、新規感染者という需要を抑制する政策を採用。しかし、新規感染者数を減少させるには「3密」の回避や、人との接触を大幅に削減することが必要で、当初は自粛という主に供給サイドへの働きかけで対応した。今回のデパートやカラオケ、バーの営業時間短縮や営業自粛は典型的な供給サイドの調整と言える。

しかし、こうした供給サイドの急激な調整はかえって、「3密」を増やす。乗客数がそれほど変わらないうちに電車の運行本数を減らせば、満員電車の数は増えるだろう。筆者は公園や博物館、動物園などの突然の閉鎖は少なくとも当初、新型コロナウイルス感染の拡大防止にそれほど役に立たなかったのではないかと考えている。もちろん、時間の経過とともに政府や専門家、場合によってはメディアや自粛警察の「活躍」で、「3密」はほどなく解消。しかし、それは供給サイドの縮小が需要サイドにも波及した結果とも言えるだろう。

収入を絶たれた人々は、本人が望む、望まないにかかわらず不要不急の外出を控えざるを得ない。それが長期化すれば、家賃や光熱費が払えず、「ステイホーム」すら、難しくなるだろう。当初、自粛の要請ばかりだったメディアの論調が足元で大きく変わったのは、すでにそうした人々が増え始めたことを反映していると筆者は考えている。政府、専門家による新型コロナウイルスに対する一連の政策は少なくとも経済という観点では成功したとは言い難い。

こうした議論をすると「命よりもカネ」なのかという批判が起こる。しかし、多くの実証研究で失業率と自殺率との強い相関関係が明らかになっていることを踏まえれば、その批判は命をそのまま表現するか、間接的に「カネ」という言葉に置き換えているかだけの違いで、本質的には「命と命のどちらが大事か」と無意味な選択を迫っているに過ぎないのだ。

筆者は、この世に全知全能の人でも存在しない限り、政府の経済活動(もっと言えば、私的な活動すべて)への介入は常に少ない方が良いと考えている。緊急事態宣言などという私権の制限を伴う措置は可能な限り、避けるべきだろう。それが経済活動に大きな負担をかけ、人々の生活に打撃を与えるとすれば、なおさらそうだ。

<需要サイドに働きかけを>

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の5月4日付の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」には「現在の枠組みの維持の長期化によって、必要以上の市民生活への犠牲を強いることのないようにする必要」と従来よりも踏み込んだ表現で経済を含む人々の生活への配慮が示された。ただ、あくまで感染症対策の専門家会議なので、経済政策に対する具体的な提言は見当たらない。筆者も妙案があるわけではないが、上述した需要と供給ということでいえば、価格を変更させることで需要に影響を与えることはできないだろうか。

たとえば、問題となったパチンコ店は射幸性を完全に喪失させれば、来客数が減るだろう。デパートは入場料を取るか、必ず一点は買い物をするという条件で営業を再開すれば、「3密」や人との接触率を抑制できるはずだ。他県ナンバーの自家用者の高速道路料金や駐車料を引き上げることも考えられる。新型コロナウイルスの感染リスクが高い業種に一時的な「新型コロナ税」を課して営業を認めれば、休業を続ける店舗への補償の財源とすることもできるのではないだろうか。

それでも不十分であれば、事業者などの協力は必要であるが、誕生日やスマートフォン、免許証の番号などで、夜間の飲食、映画館や博物館への入館を規制するという方法もある。この場合、番号の決め方次第で一度に入館できる人数を調整できるため、緊急事態宣言を段階的に緩和することにも応用できるだろう。

政府や専門家には多くの優れた方がいるので、筆者が考えるようなことはすでに検討された可能性が高い。しかし、供給サイドになかば一方的に自粛を求める現行の枠組みは限界に達しつつある。休業補償は一つの名案であるが、新型コロナウイルスとの戦いが長期化する可能性が高いことを踏まえると、財源の持続性に疑問が残る。その間、従来の生活様式の一部を見直さざるを得ないとすれば、単純な休業補償は企業のビジネスモデルの転換を遅れさせてしまいかねない。

新規感染者数が減少に転じた今こそ、自由な経済活動を認めて適正な需給バランスを維持しつつ、インセンティブを利用した新たな枠組みを模索するタイミングだと筆者は考えている。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

嶋津洋樹氏

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。景気循環学会監事。共著に「アベノミクスの真価」。

(編集:橋本浩)

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