[東京 16日 ロイター] - 日本にもインフレの足音が確実に近づいてきた。エネルギー価格の上昇だけでなく、食料品価格の値上がりが目立ち始め、今年後半にかけて消費者物価指数(除く生鮮、コアCPI)の前年度上昇率が2%台で高止まりする可能性が大きくなっている。
円安進展が値上げに拍車をかけ、4月輸入物価指数は前年比44.6%増に跳ね上がった。一方で「ゼロコロナ」政策によって中国経済が減速しており、4─6月期の日本の国内総生産(GDP)は頼みの外需に勢いが出ないだろう。内需は物価高による実質購買力の下押しに直面してマイナス成長が予想される1─3月期からのⅤ字回復に暗雲が垂れ込めている。景気低迷と物価上昇という「ミニスタグフレーション」の可能性も意識せざるを得ない情勢になりつつある。
<4月東京都CPI、食料が高い伸び>
5月6日に発表された4月東京都区部CPIは、20日に公表される全国の数字を予測する上で注目されていたが、マクロ経済の専門家の注意を引く項目があった。それは、生鮮食品を除く食料が前月比0.6%増となったことだった。このペースで1年間上昇すれば7.2%増という高い伸びになる。食料品値上げの「瞬間風速」が強まっていることを明確に示すデータと言える。
さらに2月が同0.3%増、3月が同0.4%増と着実に上昇していることも、足元における食料品値上げの圧力の高まりを反映している。
<物価上昇の長期化、3つの要因>
4月全国CPI(除く生鮮、コアCPI)は前年比2%前後にジャンプすると予想されているが、どうやら「一時的」とはならない可能性が出てきたようだ。
1つはロシア・ウクライナ戦争の長期化観測だ。ロシアによるウクライナ東部での作戦が意図したように展開されていないと米英の軍事専門家筋が分析しており、戦いは長びく観測も出ている。
この両国は小麦の輸出大国であり、米農務省のデータによると、2021年のロシアの輸出シェアは欧州連合(EU)に次ぐ2位の17%。ウクライナは4位の12%となっている。戦争長期化は小麦の作付けと輸出に大きな打撃となり、世界の小麦価格を大幅に押し上げると予想されている。
すでに日本国内で小麦粉メーカーは複数回の値上げを実施あるいは表明しているが、年末にかけてさらに値上げが予想されている。
2つ目は国際商品価格の値上げを背景に、国内企業物価(CGPI)の上昇が加速がしてきたことだ。日銀が16日発表した4月の国内企業物価指数は前年同月比プラス10.0%と、比較可能な1981年以降で最大となった。CGPIは物価の「上流」に当たる。上流での物価上昇加速が「下流」のCPIに波及するまでに時間差が発生する。CPIへの加速が目立ってくるのは今年夏から秋にかけてになるだろうと筆者が予測する。
3つ目は円安の物価押し上げ効果だ。4月CGPIの中で示された輸入物価は契約通貨ベースでは前年比29.7%増だったが、円ベースでは同44.6%増だった。この差の14.9%ポイント分が円安による押し上げ効果となる。
円安は日米金融政策のギャップによる金利差拡大を起点に起きており、大きな経済的ショックなどが発生しない限り、円安が続きやすい地合いであることは間違いない。
<デフレ慣れ、物価上昇の痛み大きく>
今年に入ってガソリンなどのエネルギー価格の上昇に消費者の関心が集まってきたが、これからは食料品の値上げに対して敏感になるのではないか。さらに電気・ガス料金の値上げも累次実施され、光熱費の負担増も実感されてくる。
物価上昇は「一時的」と見ている間に、日本人各層の間に物価上昇への不満が溜まることも予想される。過去20年間超もデフレに慣れ切ってきた国民にとって、物価上昇による生活コストの増大は、かなり鋭い「痛み」となって消費を抑制する可能性がある。
<中国の急ブレーキ、日本の外需に打撃>
そこに中国のゼロコロナ政策が起点となった中国経済の突然の減速が表面化してきた。中国国家統計局が16日発表した4月小売売上高は前年比11.1%減少。4月鉱工業生産は同2.9%減少し、3月の5.0%増から大幅に落ち込んだ。影響は雇用にも波及し、全国の調査ベースの失業率は4月に5.8%から6.1%に悪化している。
上海市当局は16日、同市内での生活正常化を6月1日からより広範に実施できると発表したが、北京市では感染者が減少する兆しは見えず、中国全体の動向は依然として不透明だ。中国経済の減速は、中国依存度の大きい日本企業にとって痛手となる。4─6月期GDPにおける外需が前期比でプラスになるのか予断を許さないだろう。
<ミニスタグフレーションの懸念>
内需は物価上昇による買い控えと、新型コロナ感染拡大の打撃緩和によるリベンジ消費のどちらが大きいかによってトレンドが決まりそうだ。大型連休中の海外旅行の増加などを見ると、富裕層の財布のひもは緩んできたようだが、これから本格化する食料品をはじめとする日用品の値上げラッシュで、所得階層に大きな位置を占める中間以下の人々の消費が抑制される可能性があり、その傾向が消費全体に反映されるのではないかと筆者は予想する。
連合が5月9日に公表した今年の春闘による賃上げ率は、前年比2.10%増と前年より0.29%ポイント拡大した。ただ、政府の目指していた3%の賃上げとは距離があり、購買力の目立った押し上げには力不足だったのではないか。
GDPの停滞感が強まる中での物価2%上昇は、日銀が目指していた経済の拡大メカニズム駆動による「停滞打破」とは全く別の現実が展開されるだろう。ミニスタグフレーションとも言える成長せずに物価が上がる実態が、多くの国民の前に姿を現す可能性がありそうだ。
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