December 27, 2019 / 3:58 AM / 8 months ago

コラム:2020年の日銀、「静かな総括検証」のチャンス到来=井上哲也氏

[東京 27日] - ロイターがエコノミストを対象に実施しているサーベイの結果(12月分)によれば、日銀による次の政策変更は「金融引き締め」であるとの予想が、「金融緩和」であるとの予想を7カ月ぶりに上回った。他の調査でも同様な結果が示されているだけに、国内市場の見方は明確に変化しているようだ。

12月27日、ロイターがエコノミストを対象に実施しているサーベイの結果(12月分)によれば、日銀による次の政策変更は「金融引き締め」であるとの予想が、「金融緩和」であるとの予想を7カ月ぶりに上回った。写真は10月、ワシントンでロイターの取材に答える黒田東彦日銀総裁(2019年 ロイター/Carlos Jasso)

筆者はこうした見方に必ずしも同意できないし、かねて追加緩和の手段を活発に議論していた市場関係者が急速に焦点をシフトさせたことに違和感もあるが、こうした変化には相応の理由を挙げることができる。

第1に米中摩擦とブレグジット(英国の欧州連合からの離脱)という大きなリスク要因について、先行きの不透明性が若干低下したことだ。ともに政治的な要素が強いだけに、事態急変のリスクはなお残るが、日米欧の中央銀行総裁が定例記者会見でそろって前向きの評価を与えたことも、国内市場に安心感を与えているのであろう。

第2に米欧の中央銀行がともに、12月会合で金融政策の現状維持を決定したことだ。ユーロ圏については、9月に金融緩和パッケージを決定したばかりであり、効果の波及を見守ることが必要という点で当然の判断であろうが、経済指標の一部には下げ止まりの兆しもある。米国に関しては、家計を中心に内需が堅調である中で「保険的利下げ」を終結させたわけである。つまり、市場関係者はこうした政策判断が実体経済の下方リスクの低下に基づいたものと理解したのであろう。

<日銀の政策による影響>

これらの点からみて、国内市場における見方の変化には、グローバルな要素が大きく影響していることは明らかである。実際、米国市場でも景気に対する楽観論が再び台頭する中で、株価は最高値で推移し、クレジットスプレッドもタイト化している。

もっとも、国内固有の要因として、日銀自身の政策運営による影響も無視しえない。黒田東彦総裁は9月のインタビューで長期金利の低下に伴う副作用を強調し、日銀の執行部も本年を通じて超長期ゾーンの国債買い入れを顕著に減少させてきた。もちろんイールドカーブ・コントロールの下では、10年国債の利回りが目標レンジ内にある限り、国債の実際の買い入れ額は制約を受けないが「日銀はイールドカーブをスティープ化する意図を有している」との理解は、市場関係者に共有されているようだ。

こうした対応は、物価目標の達成に向けて金融緩和の持続可能性を高めるために、副作用の抑制を図るものと理解することが可能である。その一方、来るべき金融政策の「正常化」に向けた準備作業の第一歩であるという正反対の理解も可能である。後者のような受け止めが「次の政策変更は利上げ」という予想に結び付いたとすれば、それ自体は合理的な思考である。

<「正常化」への思惑の抑制>

2020年の日本経済を展望した場合、12月短観が示唆するように企業活動は底堅く、海外のリスク要因に改善が進めば、経営者の慎重なマインドにも相応に好転が期待される。所得の弱さを背景に家計支出には心配な面も残るが、経済対策の効果が下支えとなるであろう。この結果、総じてみれば潜在成長率近傍での推移が期待できるが、この程度のGDPギャップでは、インフレ率の顕著な上昇は期待できない。

従って、こうしたシナリオが実現した場合も、現在の物価目標を堅持する限り、日銀が金融引き締めや金融緩和のいずれの方向にも政策変更を行う必要性は乏しい。つまり、米連邦準備理事会(FRB)と同様に、緩和的な金融環境を維持することで景気拡大を長期化しながら、物価の上昇を待つことが基本戦略となろう。

この点に照らすと、国内市場に金融政策の「正常化」という思惑が早期に生ずることは、日銀にとって必ずしも望ましい話ではない。なぜなら、市場金利を日銀の意図を超えて押し上げる結果、金融環境を必要以上にタイト化し、景気拡大の長期化に対する支障となる恐れがあるからである。

日銀が改訂を繰り返してきたフォワード・ガイダンスは、金融緩和の持続に対する期待を安定化するだけでなく、金融引き締めに対する期待を抑制することに主眼があるはずである。このため現在のような国内市場の見方の変化にモメンタムが付くようであれば、経済指標との関連付けを含むフォワード・ガイダンスのさらなる明確化について考えることも必要になろう。

先に見たイールドカーブの形状に関する考え方や、超長期ゾーンの国債買い入れの運営方針についても、主として市場との対話で検討すべき点が浮上してくる。つまり、どのようなカーブの形状をイメージし、どのような意図を持って買い入れを運営しているかについて、日銀と市場関係者との間で適切な理解が共有されないと、意図せざる金融環境のタイト化を招くリスクがある。この点は、イールドカーブ・コントロールの下で執行部がどの程度の裁量を有するかという課題とも無関係ではない。

さらに言えば、中期ゾーンの金利による実体経済への波及効果の大きさや、超長期ゾーンの金利低下に伴う副作用などを考慮した場合、12月の黒田総裁会見でも再び取り上げられたように、イールドカーブ・コントロールの目標金利を10年でなく3─5年といったゾーンにシフトすることも引き続き検討課題となりうる。

<「静かな総括検証」>

日本経済が幸いにもメインシナリオに沿って推移した場合、日銀は、これらの課題に対して政策の枠組みを調整する時間的な余裕を享受することができる。

日銀による現在の枠組みが、「低成長・低インフレ」の環境の下で一定の持続力や頑健性を既に備えていることは、米欧での金融政策の一連の見直しにおいて、日銀の実践してきた政策手段が少なからず俎上(そじょう)に上っていることによっても実証されている。その意味でも、2020年の日銀に必要なのは、米欧の中央銀行のような枠組みの抜本的な見直しではなく、金融緩和と金融引き締めのいずれの方向にも柔軟性を補強しておくための、いわば「静かな総括検証」となる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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