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コラム:FRBの金融政策見直し、本質的な変更は何か=井上哲也氏

[東京 28日] - 米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、今年のジャクソンホール・コンファレンス(テレビ会議)の講演で、金融政策の見直しが完了したことを報告し、改訂版の「金融政策の長期目標と戦略」として、その成果を公表した。

 米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、今年のジャクソンホール・コンファレンスの講演で、金融政策の見直しが完了したことを報告し、改訂版の「金融政策の長期目標と戦略」として、その成果を公表した。写真はワシントンのFRB本部。2019年3月撮影(2020年 ロイター/Brendan McDermid)

今回の見直しは、パウエル議長が説明したように「経済は常に変化しているだけに、政策目標の達成における新たな課題に対応すべき」との意識に基づき、具体的には4つの変化に注目した。

第1に潜在成長率の低下であり、人口動態だけでなく生産性上昇の減速も要因である点を懸念している。第2に米国を含む世界的な金利低下であり、上記と同じ要因による実質均衡金利の低下による面が大きいとした。

第3に長期にわたる景気拡大によって最良の労働市場が実現したことであり、社会の幅広い層が恩恵を享受した点を指摘した。そして第4に雇用拡大の下でもインフレが加速しなかった点であり、自然失業率の低下に伴うとの仮説を示した。

パウエル議長は、低位で安定したインフレは経済活動に不可欠としつつ、第3や第4の要因によってインフレが過度に低位であり続けることは、長期のインフレ期待を低下させ、実際のインフレ低下と悪循環を招くとの懸念を確認した。そして、結果的に生ずる金利低下が、第1や第2の要因による金利低下圧力とともに中央銀行による利下げ余地を減少させると指摘し、いったんこうした状態が生ずると、脱出が難しいという海外の経験を踏まえ、米国での発生を防ぐよう努力することが重要との考えを強調した。

<「金融政策の長期目標と戦略」の改定>

パウエル議長は、今回の改定を通じても、政策目標としての「最大雇用」を数値で示すのは不適切との従前からの考えを確認した。直接の推計が困難で金融政策と関係ない理由で時間とともに変化することをその理由として挙げた。

また、「2%インフレ」の政策目標も堅持するとともに、金融政策の運営は経済見通しやこれに対するリスクに基づく「フォワード・ルッキング」であるべきとの考えも維持した。その上でパウエル議長は、政策金利が実質的な下限(ELB、Effective Lower Bound)の近傍にある下での新たな政策運営の戦略として、2つの政策目標に関する改訂点を説明した。

このうち「最大雇用の達成」は、単なる失業率の低下でなく幅広く包括的な目標である点を明記するとともに、政策運営を「最大雇用からの乖離(かいり)」ではなく、「雇用の最大水準に対する不足分の評価」に基づいて行う方針に改めた。これは、実際の雇用が最大水準を上回っても、インフレの加速等の懸念が生じない限りは、金融引き締めを行わないことを意味する。

「2%インフレの達成」に関しては、時間的な平均として2%の達成を目指すと新たな方針を採用した。つまり、2%を下回るインフレが続いた時期の後には、2%を緩やかに上回る時期が続くように金融政策を運営する訳である。

パウエル議長は、「平均」を定義する上で特定の算式に縛られることはない点を強調し、新たな政策運営は「柔軟な平均インフレ目標」と理解しうると説明した。

<見直しの意味合い>

FRBによる金融政策の見直しは、合計15回に及んだタウンミーティング(Fed Listens)や昨年5月のシカゴ連銀でのコンファレンスの内容だけでなく、この間の米連邦公開市場委員会(FOMC)における議論に関する議事要旨が公表されるなど透明性の高い形で進められてきただけに、問題意識や主要な論点は外部との間で十分に理解が共有されてきた。

それでも、結果として「平均インフレ目標」を明示的に採用したことは印象的である。この間のFOMCでは、インフレ率の一時的なオーバーシュートはたびたび俎上に上ったが、「平均インフレ目標」を正式に採用する以上は、政策運営をより明示的に拘束することになる。

つまり、低インフレが構造的な現象だとすれば、FRBによる金融政策の運営には中期的にも一層強力な緩和バイアスが働く上に、政策金利がELBの近傍にある限り、量的緩和が多用されることを意味する。

しかも、こうした緩和バイアスは、「最大雇用の達成」にもオーバーシュートを認めたために、物価と雇用の双方の面から働くことになる。

新たな方針に基づく政策運営について、市場との理解を形成していくことにも時間が必要となる可能性がある。例えば、FRBが市場との対話の困難さを過度に意識すれば、金融緩和バイアスに一層の拍車がかかることも考えられる。

その意味では、見直しの当初に議論の俎上に上がったように、経済見通しや政策金利の予想パスの公表方法についても改定を試みても良かったように思える。

一方で、「最大雇用の達成」に関して「幅広く包括的な目標」という表現の追加に止めた点は、技術的だが重要である。Fed Listensの影響もあり、FOMCの議事要旨にも金融緩和が幅広い人々に雇用機会を提供したことへの評価が含まれていたが、これは直接的な貢献とは言えない。その主役は政府の対応に委ねるべきであり、現在の米国の政治情勢の下ではなおさら、FRBは一定の距離を保つべきであろう。

強力な金融緩和バイアスによってどのような課題が生じ、それにどう対応すべきなのかという点も、FOMCにおける一連の議論では散見されたが、政策運営の見直しにはつながらなかった。今回改訂された「金融政策の長期目標と戦略」では、政策運営を「フォワード・ルッキング」に運営する指針となるリスク要因の1つとして、金融システムの安定が言及されているだけである。

米国の枠組みの下で金融システム安定の維持は、FRBだけに付託された役割でないことは事実である。それでも、低インフレは構造要因なので強力な金融緩和を続けても問題ないと整理する以上、残された最大の課題は金融システム安定にあるだけでなく、FRBの強力で常態的な金融緩和が「間接的」に不安定化の原因になることも考えられる。

パウエル議長は金融政策の見直しを今後も5年程度の頻度で行う考えを示したが、金融危機が定期的に発生する事実も踏まえて、次回はこの点に正面から取り組むことを期待したい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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