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コラム:パウエル議長の金融政策、インフレ脅威論の落とし穴=井上哲也氏

[東京 26日] - 米連邦準備理事会(FRB)は、11月初めに開催した米連邦公開市場委員会(FOMC)で資産買い入れの減額(テーパリング)を決定しただけでなく、そのペース(毎月150億ドル)をさらに加速する可能性も議論したことが、先に公表された議事要旨によって明らかになった。

 11月26日、米連邦準備理事会(FRB)は、11月初めに開催した米連邦公開市場委員会(FOMC)で資産買い入れの減額(テーパリング)を決定しただけでなく、そのペース(毎月150億ドル)をさらに加速する可能性も議論したことが、先に公表された議事要旨によって明らかになった。写真は2017年11月、米議会で証言するパウエル議長(2021年 ロイター/Joshua Roberts)

<テーパリング加速と利上げの関係>

その意図は、利上げ開始の前倒しにある。つまり、上記のペースによれば資産買い入れは来年6月で終了するので、利上げ開始は秋から冬となるが、資産買い入れをより早期に終了させ、年央に利上げを開始することで、来年中に2─3回の利上げを行う可能性を模索する議論とみられる。実際、金融市場はこうした可能性を織り込みつつある。

その理由としてインフレの高止まりが挙げられていることは言うまでもない。11月のFOMCでも、物価上昇圧力が、生産財と最終財の双方のボトルネックや労働力の確保の困難さ等の主として供給側の要因にある点を確認しつつ、その解消時期に不透明性が増した点を認めた。また、需要側についても良好な金融環境や豊富な貯蓄を背景とした消費支出の底堅さが指摘された。

<インフレ退治の疑問点>

しかし、今回のインフレ高騰を抑制するための早期利上げというロジックには、改めていくつかの点で疑問が残る。第1に、利上げは財や労働の供給制約を直接に緩和する効果を有するわけでない。

今回の供給制約は、米国内外でコロナ感染の脅威が低下して労働供給が回復し、生産や物流の支障が緩和するとともに、クリスマス商戦のような需要のピークが一巡することに伴って、徐々に解消していくとみられる。

この間に、企業もサプライチェーンの調整や代替的な生産財へのシフトを進めることが予想される。もちろん、エネルギー価格の先行きには気候変動対応の影響も加わって上方リスクも残るが、今年のような上昇率が継続することは考えにくい。

第2に、今回の賃金上昇は注意深く評価する必要がある。日本における逆方向の例から明らかなように、インフレが持続的となるには賃金上昇が必要であり、実際に米国内の指標は賃金上昇率の緩やかな加速を示唆している。

しかし、コロナの影響が相対的に深刻であった対面サービス業の動きが影響している点に注意すべきだ。つまり、これらの産業は相対的に低賃金であるだけに、失業者が多かった時期は平均を押し上げた一方、景気回復期には水準効果を示すことになる。

統計に表れた賃金上昇が、同じ仕事を続けている人でなく、新たな雇用についた人に影響されている可能性も指摘できる。この点には、コロナ問題で失業者がいったん劇的に増加し、その後の景気回復で新規雇用が急速に回復したことに加え、歴史的高水準に達した未充足求人が発生したことも関係している可能性がある。生産や物流の自動化やIT化の進行とともに、労働者に求めるスキルも変化しているわけだ。

企業にとっては、いずれにせよコスト上昇となるだけに販売価格への転嫁圧力になり得るが、家計全体としてみれば統計が示すほど賃金が上昇していないことが推測される。

第3に、政治的にはインフレが家計の実質購買力を奪う点がむしろ問題視されている。バイデン米大統領がパウエル氏をFRB議長として再指名する方針を表明したのに対し、金融市場では早期利上げの思惑が広がった。

しかし、バイデン大統領が本件に関する記者発表でインフレについて強調したことは、ガソリンを含む生活必需品の価格が上昇する中で、経済弱者の購買力が低下しているとの懸念であった。

この問題が焦点なのであれば、求められる処方箋はそうした財の価格引き下げないし所得支援であり、現にバイデン政権は原油価格の抑制に動いている。早期利上げが経済弱者に良い話でないことは言うまでもない。

第4に、金融政策の波及には時間的なラグがある。上記のような要因を踏まえても、総需要の抑制を通じてインフレを抑制したいのであれば、利上げは有効な選択肢となりうる。しかし、経済や物価に政策効果が及ぶには経験則として半年から1年の時間的ラグがある。早期利上げを主張する意見に即して来年央から利上げを開始しても、効果が顕在化するのは早くても再来年初となる。

その時点では供給制約の解消が見込まれるだけでなく、財政政策の効果も減衰して総需要のモメンタムも低下している結果、利上げの効果が想定以上に強まるリスクもある。

第5に、インフレ期待にも不透明性が残る。インフレに伴う早期利上げについて残された理由は、インフレ期待の上振れリスクである。理由はともかくインフレ率が高止まりすれば、金融市場だけでなく企業や家計のインフレ期待は上昇し、賃金や物価の上方へのスパイラルが起きやすくなる。消費や投資の合理的判断が困難になり、結果として経済活動の効率性が低下する恐れが生ずる。

FRBに限らず中央銀行にとって物価のコントロールを失うことは、政策当局として与えられた本業を果たせないことになるだけに絶対に避けたいと考えるのも自然である。利上げを通じたアナウンスメント効果などを通じて、インフレ期待を抑制する意図には合理性がある。

しかし、今回のFOMC議事要旨が示唆するように、インフレ期待に関する指標は期間や主体によって区々な動きを示すことが多く、正確な把握はそもそも難しい。また、中短期の期待は足元の実績に左右されやすいが、長期のインフレ期待は今回も相対的な安定を示唆している。さらに言えば、市場ベースのインフレ期待には、今回は特に、先行きの不透明性を反映したリスクプレミアムが上乗せされ、過大評価となっている可能性が高い。

利上げないしその早期化という金融経済に影響の大きな政策判断を、インフレ期待という概念は明確だが実態に不透明性が残る要素だけに依存することにも難しさは残る。

<早期利上げの合理性>

これらの疑問を踏まえてもFRBが早期利上げに踏み切りたいとすれば、結局のところ、それは将来に向けた金融緩和余地の確保という全く別な理由に基づいているのではないかと思われる。

早めに利上げを開始すれば、次の景気後退までに中立金利付近まで政策金利を引き上げる可能性は高まるし、運が良ければ、前回局面のようにバランスシートの規模の縮小にも着手しうるかもしれない。

つまり、景気が相応に良好で高インフレのリスクが意識される当面の経済状況を奇貨として、金融政策の「正常化」を予定よりも早く進めようという発想である。

FRBに限らずこうした考え方は、中央銀行が自分の都合だけを重視した「庭先きれい論」として批判の対象になることも多いが、今回はインフレ退治の装いをまとうことで金融市場の支持も取り付けることができる。

しかも、世界金融危機後の低インフレと低成長の下で、各国の中央銀行が金融緩和の発動余地に苦労してきたことを考えると、FRBがこうした発想に立つことには納得感も存在する。

そう考えると、FRBが本当に早期利上げに進んだとしても、それは単純にタカ派だからというわけではなく、むしろ、米国経済の長期的な成長力やインフレ率に対して、依然として慎重な見方をしているからだという逆の解釈も成り立つように思われる。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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