June 1, 2018 / 7:02 AM / 5 months ago

コラム:イタリア政治危機、「救世主ドラギ」の真偽=田中理氏

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

 6月1日、第一生命経済研究所・主席エコノミストの田中理氏は、イタリア問題は欧州中銀(ECB)による政策対応の空白地帯にあり、機動的な対処が難しいと指摘。写真はドラギECB総裁、ドイツ・フランクフルトで3月撮影(2018年 ロイター/Ralph Orlowski)

[東京 1日] - 二転三転の末、イタリアでは「五つ星運動」と「同盟」の反体制派2党が率いるポピュリスト政権が誕生する。ユーロ離脱の是非を事実上の争点とする再選挙が回避されたことで、金融市場に安堵感が広がるかもしれないが、財政拡張と反欧州連合(EU)的な主張が目立つ政権が発足すれば、EUとの対立はやはり避けられない。

現実路線に転換する過程での厳しい言葉の応酬に、金融市場に再び動揺が広がることは十分に予想される。イタリアの国債利回りが急上昇し、市場の緊張が高まった5月29日には、市場参加者の間で欧州中央銀行(ECB)が危機回避に動くのではとの憶測も聞かれた。

イタリアはドラギECB総裁の出身国。マッタレッラ大統領は最近、ドラギ総裁に電話したことを認めている。今後イタリア発で市場の緊張が再び高まった場合、出身国の危機に総裁がひと肌脱ぐことはあるのだろうか。

<イタリアを2度救ったECB、3度目の難易度>

ECBは欧州債務危機時に少なくとも2度、イタリアの危機を救っている。

1度目は、ドラギ氏の前任のトリシェ総裁が2011年夏、ギリシャ危機時に国債利回りの上昇抑制を目的に導入した証券市場プログラム(SMP)の買い入れ対象にイタリア国債を追加。その後、当時のベルルスコーニ首相が財政再建や構造改革の実行を渋ったことで、国債購入を一時的に停止。政治停滞の元凶となったベルルスコーニ氏の退陣とモンティ氏が率いる改革志向の実務家政権の誕生に道を開いた。

2度目は、債務危機がスペインやイタリアなどユーロ圏内の大国にまで波及するとの不安が高まった2012年夏、「ユーロ防衛のためにあらゆる措置を講じる」とのドラギ総裁の一言が、EUの金融安全網の火力不足に対する不安を一掃した。ECBはその後、総裁の言葉を具現化する新たな国債購入策、アウトライト・マネタリー・トランザクションズ(OMT)を発表。無尽蔵の火力を持つ中銀が後ろに控えているとの安心感から市場の混乱は沈静化に向かい、ドラギ総裁は債務危機克服の立役者となった。

では、今回もECBに危機克服で主導的な役割を期待していいのだろうか。

残念ながら、その可能性は低そうだ。前述の2つの国債購入策のうち、ECBが独自判断で買い入れを決定できたSMPは、OMTの創設とともに打ち切られ、今は制度そのものが存在しない。

後継のOMTは、安易な国債購入が債務不安国のモラルハザードをもたらすとの懸念から、ECBの一存で買い入れを決定できない。債務不安国がEUの金融安全網を通じた国債購入支援を要請し、財政再建や構造改革の融資条件を満たした場合に限り、ECBが火力不足を補うために必要に応じて買い入れを開始する仕組みだ。つまり、買い入れを開始するには、まずはイタリア政府がEUに支援要請をしなければならない。

確かに5月29日のイタリア国債価格の下落は目を見張るものがあった。だが、自力調達が困難になった国が市場退出を命じられた債務危機時と異なり、イタリアの10年物国債利回りは3%前後。5月30日の国債入札も無難に乗り切った。市場退出を余儀なくされるような状況ではない。SMPが終了した現在、ECBは債務危機入り寸前の国を救う手立ては持っていても、この程度の市場の緊張に機動的に対処する政策ツールを持っていないのが実情だ。

<政策対応の空白地帯にはまったイタリア問題>

ならば、景気・物価の下振れに対処する量的緩和策として2015年春に始めたECBの資産購入プログラム(APP)はどうか。

ECBはこれまでAPPを通じてイタリア国債を3400億ユーロ余り購入しており、今年9月までは月額32億ユーロ程度の買い入れを約束している。ドイツ国債などの買い入れ余力が乏しくなってきたこともあり、イタリア国債はあらかじめ決められた買い入れ比率よりも余分に買われてきた。

イタリアはECBの資産購入の恩恵を最も受けている国の1つだ。イタリアの公的債務残高に占めるECBの保有割合は3月末時点で16.3%に達している。9月末までであれば、市場の緊張に応じてECBがイタリア国債の買い入れを強化することは可能だ。買い入れルールからの一時的な逸脱をECBは許容している。そのため、年明け以降の欧州景気に急ブレーキが掛かっていることと相まって、ECBが資産買い入れの終了時期を先延ばしするのではないかとの観測が浮上している。

今後の景気展開次第でその可能性も排除はできないが、少なくともこの程度のイタリアの混乱を理由にECBが緩和終了を延期することは想像できない。金融政策の伝達メカニズムを阻害する市場の緊張緩和を目的とした前述のSMPやOMTと異なり、APPはユーロ圏の中期的な物価安定を目的とした金融緩和策だ。イタリア発の動揺を理由に買い入れを延長するには、銀行の調達コストの上昇や、家計や企業心理が冷え込むなど、市場の混乱が実体経済に明確な悪影響を及ぼすことを示す何らかの証拠が必要となる。

金融政策を決定するタイミングも悩ましい。次期政権が誕生し、EUとの対立が再び市場の動揺を招くのはいつごろとなりそうか。一番危ぶまれるのは来年度の予算案を議会で審議する秋だ。

金融政策は1カ月半に1回の理事会で決定される。ECBは現在、9月末までの買い入れを約束しており、それまでに開催される理事会は、6月14日、7月26日、9月13日の3回。景気指標の底打ちがまだ確認されていないであろう6月会合で、買い入れ終了か延長かの判断を見送ることはほぼ確実だ。9月では直前すぎる。7月会合で10月以降の方針を決定する可能性が最も高いが、買い入れ期間を小幅延長するにしても、段階的に資産買い入れを減額(テーパリング)し、そのまま年内にも買い入れを終了するにしても、ある程度の見切り発車を余儀なくされる。

ましてや、緊急会合を開いて資産買い入れの継続を発表しようものなら、何かECBだけがつかんでいるイタリアの銀行システムの脆弱性があるのではないかとの憶測を呼び、かえって市場の不安を増幅する恐れがある。

こうしてみると、イタリアの危機がECBの行動を促すには、より深刻な市場の動揺が必要となりそうだ。

債務危機の克服過程で各国の体質強化が進み、金融安全網の拡充や財政・構造改革の監視強化など危機の再発防止策も整備されてきた。だが、債務危機の激震が非常に大きかったため、危機国のモラルハザードを警戒するあまり、危機がより深刻な段階に至るまでの政策対応の空白地帯が存在する。市場の動揺を封じ込める機動的な対応策に乏しいことが、イタリア問題への対応を難しくする。

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト(写真は筆者提供)

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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