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コラム:ドル高調整の現実味、85年と異なる円も含めた内外環境=唐鎌大輔氏

[東京 12日] - ドル高相場の調整を警戒するムードがにわかに強まっている。24年ぶりの為替介入を強いられた日本が象徴的な例だが、世界経済がドル高の副作用を感じ始めているのは事実であり、一部報道では「11月の20カ国・地域(G20)首脳会議でドル高是正の国際協調があるかもしれない」といった観測も見られている。

 ドル高相場の調整を警戒するムードがにわかに強まっている。写真はドルと円紙幣。9月23日撮影(2022年 ロイター/Florence Lo/Illustration)

<第2次プラザ合意はあるのか>

さしずめ「第2次プラザ合意」とも言えるシナリオだが、本当にそのようなことが起こり得るのだろうか。直近で報じられた10月9日の英フィナンシャルタイムズ紙のインタビューに対し、イエレン米財務長官はドル高について「市場は機能しており、国ごとの政策や経済状況の違いを考えれば、おおむね適切」と明言している。

米国の通貨政策として直ちにドル高を問題視する流れになるとは思えないが、為替市場が騒がしくなっているのは事実であるため、現状を踏まえ、ドル高相場調整の可能性について論点を整理しておきたい。

確かに為替市場は正真正銘、ドル全面高の色合いが濃くなっている。これは名目実効為替レート(NEER)ベースで見た英ポンドやユーロ、そして底堅さを維持していたカナダドルまでも崩れ始めていることからも読み取れる。ここまできてやっと「円安はドル高の裏返し」という解説が適切になりそうだが、それにしても円の下落幅は突出しているので「ドル全面高プラス日本売り」の結果が、現状の円安相場という理解で良いだろう(そもそもドル全面高と円全面安の並行はおかしな話ではない)。

ちなみにNEERベースのドルは8月時点で年初から9.1%上昇しており、それ自体はかなり急な動きではあるものの、水準自体は2002年10─12月期と同程度で歴史的に高過ぎるという印象はない。

しかし、内外物価格差も映じた実質実効為替相場(REER)ベースで見ると、年初来の上昇幅は7%に達し、水準としても1985年前後以来の高水準にある。理論的に収れんが期待される20年平均からのかい離率も25%前後まで拡大しており、市場関係者の一部でドル暴落説がささやかれ始めているのは根拠のない話ではない。「インフレの国の通貨はいつか下落する」という理論的に示唆される結末に、市場参加者が警戒感を覚え始めている。

<ドル高の痛みはどこに現れるか>

ドル高が修正される展開に構えるとすれば、ドル高の痛みがいつ、どこに現れるのかを想像する必要がある。大別すれば米国内への影響と米国外への影響の2つがある。

対外競争力の尺度としてREERが持ち出されることが多いことからも分かるように、現状が極まれば競争力悪化などを通じた米経済への悪影響を懸念する局面に入る。現在と比較される80年代前半の米国は、財政赤字と経常赤字の「双子の赤字」が累積し、最終的には膨張した貿易赤字に「音を上げる」格好でプラザ合意に至った。

これに限らず、米国経済が「ドル高で困っている」という状況に直面すれば、米財務省や米連邦準備理事会(FRB)がドル相場の低め誘導を検討する言動が出てくる可能性がある。それがドル売りの号砲となる展開は否定できない。

しかし、米政府・FRBともに問題意識はインフレ抑制で一致する中、消費者物価指数(CPI)やPCEデフレーターなどのヘッドラインのインフレ指標が際立って低下してこない限り「ドル高で困っている」よりも「ドル高で助かっている」という状況が続くことになる。

実際のところ、米国輸入のほとんどはドル建てなのでドル高で助かる部分は大きくないはずだが、冒頭で紹介したようにイエレン財務長官が適切と言っているのだから、特に困っているわけではないのだろう。当面、米国が能動的にドル高を修正しようという動きには考えにくい。

もっとも、米国の政策当局がどう感じるかは別として、経常赤字の水準は今や金融バブルのピーク時(2006─07年)を超えており、需給面からドル暴落説を唱える向きは今後多くはなりそうである。

しかし、国内総生産(GDP)比で見れば6%を超えていた06─07年と異なり、現状ではその半分程度(3─3.5%)なので、今のところ過去に類例がない経常赤字とも言い切れない。裏を返せばGDP比で見ても、既往ピークの赤字幅に差し掛かってきた場合、ドル高の反動は非常に大きいものとして注目されるだろう。

<2023年、新興国は多額のドル建て債務借り換えに直面へ>

一方、ドル高の悪影響は米国よりも新興国で早く表面化するかもしれない。過去を振り返れば、米利上げが新興国からの資金流出を誘発し、混乱に至るパターンは定番になっているとすら言える。そのたびに「FRBは他国の情勢を踏まえながら政策運営すべきか」が議論されてきた。

国際金融協会(IIF)のデータでは、新興国の抱えるドル建て債務(債券およびローン)に関し、2023年末に返済期限を迎える部分が6625億ドルと今後数年を見渡しても特に大きい。

米金利とドルの相互連関的な上昇が続く限り、ドル建て債務を抱える新興国に返済可能性の問題が浮上する懸念がある。その時点で当該国の通貨や国債は売られ、望まぬ金利上昇に悩まされるだろう。

もちろん、ドル建て債務返済のために財政支出を厚くすることで、国内向けの支出が削られてもやはり実体経済は下押しされることになる。複数の新興国で同時多発的に混乱が起きれば、米政府・FRBも看過できない展開になり得る。それも今次ドル高局面が収束するタイミングと考えられる。

<ドル高調整は円高の始まりなのか>

しかし、身もふたもない話だが、インフレ収束の兆しが見えなければ、米国の経常赤字や新興国の混乱を米政府やFRBが問題視するとは思えない。昨年下半期に「インフレは一時的」と言い続けて失敗した以上、次にハト派転向する際は確実にインフレの芽が摘まれたことを確認したいはずである。

ここで付言したいのは「インフレの国の通貨はいつか下落する」と経済の教科書で強調されている事実に依存し過ぎるのは危険だという点だ。

既述の通り、1985年以降、ドル安に転じたのは高いインフレ率を受けて自律的な調整が入ったというよりも、プラザ合意という人為的な調整が主因であり、力づくでドルを下落させたに過ぎない。「インフレだからいつか自然に下落する」ということはなく、やはり当局による相応のアクションが必要というのが教訓だろう。

しかし、FRBのハト派化であれ、第2次プラザ合意的な国際協調であれ、それを契機としてどれほどの円高に戻るのかは議論の余地がある。

例えば、85年のプラザ合意時には「双子の赤字」の元凶として対日貿易赤字が名指しされ、日本は対米国以外でも巨額の貿易黒字を抱えていた。政策金利(公定歩合)の水準は5%だった。円の急騰には国際協調があったとはいえ、ファンダメンタルズとして通貨高に振れる素地があったことは留意すべきである。

一方、今の日本は巨額の貿易赤字を抱えながら、世界で唯一のマイナス金利採用国である。経済全体を俯瞰(ふかん)しても1980代は日本の1人当たり名目GDPは、米国に勝ることもあった。

需給・金利・成長率の日米比較を踏まえれば、当時とは条件が違い過ぎており、プラザ合意直後のような激烈な円高が起きるのかどうかは相当疑義がある。それはFRBが利上げの手を止めた時にもある程度当てはまると言える。

ドル暴落説は「緒に就いたばかり」という印象であり、それ自体は根拠のない話でもない。しかし、時間軸として今後半年に起きる話とも思えず、また、仮にそうなったとしても「円高がどれほど付いてくるのか」は、別の問題として考える必要がある。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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