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コラム:総論賛成・各論反対に陥りやすい円安議論、二極化助長する相場現象=唐鎌大輔氏

[東京 11日] - 円安の功罪を問う議論が足元で活発化している。為替水準が一国にとってプラスかマイナスかは経済主体ごとに違うため、総論と各論では結論が違ってくる。そして、どちらも間違っていないので議論はいつまでも平行線になる。

 4月11日、円安の功罪を問う議論が足元で活発化している。為替水準が一国にとってプラスかマイナスかは経済主体ごとに違うため、総論と各論では結論が違ってくる。唐鎌大輔氏のコラム。写真は2013年2月撮影(2022年 ロイター/Shohei Miyano)

<主体で異なる円安の損益>

総論は既に日銀が1月展望リポートで計量分析とともに示しており、黒田東彦総裁が連呼する通り「円安は日本にとってプラス」だ。

しかし、各論はもう少し複雑になる。当然だが、円安に伴うメリットやデメリットはその対象となる経済主体が異なるし、程度も異なる。展望リポートでは円安に伴うメリットとして、1)価格競争力改善による財・サービス輸出の拡大、2)円建て輸出額増加を通じた企業収益の改善、3)円建て所得収支の増大──が挙げられる。

一方、デメリットとして4)輸入コスト上昇による国内企業収益および消費者の購買力低下──が指摘されている。1)プラス2)プラス3)>4)というのが日銀の示す総論だが、1)─4)の当事者となる経済主体は同じではないという各論の難しさがある。また、1)─3)のメリットも程度はそれぞれ異なる。

<日銀の議論を点検する>

例えば、1)の評価については多様な議論が存在している。日銀も、財輸出に関しては海外生産比率上昇や製品の高付加価値化などを反映し「(財輸出に対するプラス効果は)近年低下している」と分析している。

また、サービス輸出は円安による旅行収支黒字の増加が思い起こされるものの、新型コロナウイルスのパンデミック下でこれが蒸発しているためか、展望リポートではほとんど言及がない。1)のメリットは弱っているのが実情だろう。

もっとも、黒田体制が発足した直後から1)のメリットに関するこうした問題点は指摘されていた。しかし、1)がなくても2)があるから円安はプラスという主張が当時は盛んだった。要するに「円安で企業収益が増えれば賃金にも波及する」という考え方である。だが、過去10年弱、現実はそうした展開にまで至らなかったのは周知の通りだ。

こうした中、残る最後の円安メリットでもある3)の「所得収支の増大」は「近年強まっている」とされ、「企業のグローバル化により、わが国の企業が海外事業から獲得する収益、及び配当等を通じたその国内への還流額は、着実に増加している」と結論付けられている。

海外からの所得移転額が増えることで、国内の設備投資行動にも寄与するとの指摘もある。これは説得力がある。過去10余年で「貿易黒字の消滅」を経験した日本だが、これを補うように第1次所得収支黒字が増加している。国際収支発展段階説で言うところの「未成熟な債権国」から「成熟した債権国」へ段階が進んだと言える。

実際、「安全資産としての円買い」が過去10年間で弱体化しているとの事実は為替市場では慢性的に指摘されていた。しかし、「所得収支の増大」により経常黒字が安定的に確保されていたので、現状のように「円の信認」がテーマになることが避けられていたのだと思われる。今も黒字基調は続いているが、資源価格の騰勢が「戦争・感染症・脱炭素」といった大きな「うねり」の中で恒久化した場合、その限りでもないだろう。

だから、長期的な議論が今必要なのであり、市場の一部で指摘されている1月は春節絡みの季節要因で経常赤字になりやすいなどの議論は正しいが、やや短視眼的な議論にも感じる。

話を円安のメリット・デメリットという各論に戻す。以上のようなメリット分析の一方、目下懸念されるデメリットである4)は、円安の消費者物価への転嫁に関して「近年、強まっている」と記述され、展望リポートでは小さな紙幅しか与えられていない。その直後に「このように、近年の経済構造の変化を考慮しても、円安は<中略>景気にプラスの影響を及ぼすと考えられる」という総論が導き出されるので、やや唐突感を覚える。

<日銀の示す3つの留意点>

こうした日銀の分析を総括すると、サービス輸出はインバウンド消滅で全く期待できず、財輸出の効果は薄れ、企業収益増大の個人消費への波及効果も期待が持てないことは過去10年間で実証済みであるため、円安メリットは「所得収支の増大」一点張りという話になる。

それが物価上昇による購買力低下を打ち消すのかどうかだが、展望リポートはあくまで1)プラス2)プラス3)>4)という計算に立ち「全体としてプラス」という総論にたどり着いている。後述するように、これは経済分析としては正しそうに感じる。

ただし、展望リポートではメリット・デメリットのほかに3つの留意点を挙げている。それは<1>円安であれ円高であれ「安定」しない相場は悪影響を及ぼす可能性がある、<2>為替変動の影響や方向性は業種・事業規模で様々であり、輸入ペネトレーション(国内総供給に占める輸入の割合)の高まりを踏まえれば消費者物価への影響は強まっている、<3>為替変動は株価や物価に与える影響など情勢次第でマインドに与える影響も異なる──である。結局、この<2>と<3>が、先の4)に対する補足のような位置づけになっている。

特に、現状との対比では<3>が興味深い。内閣府「景気ウォッチャー調査」のコメント情報(家計動向関連)を見ると、A)2012年末─13年の「円安」は「株価(上昇)」とともに景気の改善を示唆するコメントの中で言及される傾向があったという。

だが、その後のB)2014年秋─15年の「円安」 は「物価(上昇)」とともに景気の悪化を示唆するコメントの中で言及されていたという。黒田総裁自ら「円の信認」を擁護しなければならないほど急速な円安(および資源高)に見舞われる現状がA)とB)のどちらの状況に近いのかは明らかである。1)プラス2)プラス3>4)が総論として正しいとしても、これらの留意点も踏まえても、正しいと言えるのかどうかは判断しかねる。

<円安は社会の優勝劣敗を促進>

以上のような日銀の計量分析はメリットとデメリットを足し算して不等号を付ければメリットが上回るという話であり、それ自体に違和感はない。

というのも、メリットを享受する主体は恐らくグローバル大企業製造業が中心だろう。一方、デメリットを被る主体は内需に依存する中小企業や家計部門が想定される。

その結果、前者の数字の方が大きくなり、「GDPないしGNI(国民総所得)が計算上はプラスになる」という総論はエコノミスト目線でも正しそうに感じる。

だが、各論に目をやれば「メリットで得する経済主体」と「デメリットで損する経済主体」の間に超えられない壁があるという事実も残る。恐らく、この点は上述の留意点2)で言及している「為替変動の影響や方向性は業種・事業規模で様々」の論点と深く関連するのだと思われる。

円安功罪論に際して配慮すべきは、日銀が総論として示す「日本経済にとってプラス」があくまでメリットとデメリットを差し引きした結果であり、各論である「各経済主体の置かれた状況」にはさほど関心があるとは言えないという点だろう。

各論では「メリットで得する経済主体」と「デメリットで損する経済主体」の間に埋めがたい溝がある。こうした状況を踏まえると、円安は社会における優勝劣敗の徹底を促す相場現象になる。

両者をつなぐ道をどのように構築・舗装すべきかに関しては、雇用や税などに関する制度改革といった大きな話になりそうであり、今回の本欄では手に余る。少なくともそれらは中央銀行の仕事ではないだろう。

いずれにせよ円安功罪論争を「良い」・「悪い」と一言で総括するのは誤解を生みやすく、総論・各論の立場に整理した議論が必要と考える。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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