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コラム:FRBのテーパリング検討、夏場の雇用増確認後か=唐鎌大輔氏

[東京 17日] - にわかに米国のインフレ高進を警戒する機運が高まっている。シンボリックには消費者物価指数(CPI)の急伸が取りざたされており、4月の総合指数は前年比プラス4.2%上昇と2008年9月以来、12年7カ月ぶりの大幅な伸びを記録した。食料・エネルギーを除くコア指数(以下コアCPI)も同プラス3.0%と1995年10月以来、25年6カか月ぶりの伸びを記録している。

 5月17日、にわかに米国のインフレ高進を警戒する機運が高まっている。写真は2020年12月 、米議会で証言するパウエルFRB議長。代表撮影(2021年 ロイター)

ともに市場予想の中心(総合は同プラス3.6%、コアは同プラス2.3%)を超えたことで、米10年国債利回りは1.70%近くまで急上昇し、やはり株価が崩れている。今回のこうしたCPI発表以前から米国ではインフレ期待が高まっており、10年物BEI(ブレークイーブン・インフレ率)が2.5%を突破するなど年初来の高水準で推移している。このような状況の下で、フィッシャー効果(予想インフレ率が変化すると同様に名目金利が変化する)に倣えば、近いうちに名目金利が追随するのではないかとの思惑はくすぶっていた。

<特殊要因重なった物価上昇>

米連邦準備理事会(FRB)が再三強調するように(そして後述するように)、足元の物価上昇は明らかに一過性だろうが、そうだと分かっていても予想比これほど強い数字であれば、金利が上がるのも致し方ない地合いにはあったと言える。こうした金利上昇は当面継続しそうであり、株価にとっては向かい風、ドルにとっては追い風だと考えられる。

CPI上昇は事前に予想された通り、エネルギー価格の急騰(同プラス25.1%)にけん引されたが、それ以外にも自動車、とりわけ中古車も同プラス21.0%と大きな寄与を果たしていることが目を引く。

すでに報道されている通り、現状では半導体の生産・供給が世界的に大きな制約を受けており、関連製品の価格に反映され始めている。その代表格が自動車というわけだ。食料・エネルギーを除いたコア指数まで大きな上昇になっているのは、そうした背景がある。また、最近の米国では求人数の急増も指摘されている(これは米雇用動態調査(JOLTS)などから確認できる)。

要するに、今の米国からは半導体のような「モノ」に限らず、「ヒト(労働者)」の供給も滞っている状況がある。経済活動制限の解除ペースに生産要素の供給が追いついていないところへ、低中所得者層に対する給付金などによって需要も増加している。その上、前年比で測ったエネルギー価格の急上昇(ベース効果と呼ばれる)も重なり、今回の数字が仕上がったという整理になる。FRBの言うように、これらは永続性を持つ論点とは言えず、基本的には金融政策を修正する理由としては扱いづらいと思われる。

<雇用情勢は深手を負ったまま>

FRBの責務は「物価の安定」と「雇用の最大化」の2つである。前者だけではなく後者の状況も踏まえ、バランスある政策運営が必要である。この点、雇用・賃金情勢は回復基調とはいえ、深手を負ったままだ。思い返して欲しいのは、トランプ政権後期の失業率が3.5%まで低下し、完全雇用が実現していたにもかかわらずインフレが加速することはなかったという事実である。最も雇用市場がひっ迫していたとみられる2019年でも、コアCPIがプラス2.5%に到達することはなかった。現在、失業率はまだ6%近く、制御不能な物価上昇を警戒するのは尚早に思える。

現状、景気の「山」から起算した雇用増減を見ても、悲惨な状況が続いていることが分かる。例えば、リーマンショックによる景気後退局面は2007年12月を「山」としており、そこから26カ月後(2010年2月)に約870万人という雇用喪失に直面し、これが最悪期だった。その雇用喪失が完全に復元されたのが77カ月後(2014年5月)である。

今回は2020年2月を「山」とし、14カ月後となる2021年4月時点では約820万人という雇用喪失に直面している。つまり、単純に失われた雇用の「量」だけの話をすれば、現時点でもリーマンショック後の最悪期と大して変わらない状況である。

<一過性の物価上昇、金融政策の急旋回ありえず>

こうした雇用の復元と金融政策の変更を結び付け、現状と展望を整理すると何が言えそうか。前回の正常化プロセスを振り返ってみると、完全に雇用喪失を取り戻す1年前に相当する2013年5月にバーナンキFRB議長(当時)が議会証言において量的緩和の段階的縮小(テーパリング)に言及し、それが「バーナンキショック」として後に語られるようになった。

しかし、市場混乱を乗り越えつつ、同年12月から実際にテーパリングは開始された。雇用復元の完了を待たずにテーパリングの検討・着手はあり得るという話だが、バーナンキショック時の雇用喪失は230万人まで圧縮されていたことも事実である。つまり最悪期(870万人の雇用喪失)の30%以下まで雇用喪失の幅を縮小させたところで、出口戦略の議論が始まっていたのである。

なお、当時のコアCPIは恒常的にプラス2%を割り込んでいたことも目を引く。結局、「物価がプラス2%を超えているかどうか」よりも「雇用回復の現状と展望」を前向きに捉えた上で、政策修正に踏み切ったという側面が大きかったと考えられる。

そうだとすれば、雇用市場の深手が残る状況下、今回のような一過性の物価の動きだけを理由にFRBが政策修正に踏み切ることはやはり難しいように思える。雇用環境に依然不安を抱えているという事実はパウエル議長も、イエレン財務長官も指摘している。

もちろん、今回の景気後退局面では雇用の喪失・復元ペースが従来の経験則とは全く異なっており、急減・急増を繰り返している。本格的な行動制限解除が期待される夏場以降、驚くほどのペースで雇用が増加する可能性はある。

そこまで考えれば、年内にFRBがテーパリングを検討する可能性は否定できない。裏を返せば、夏場を経た雇用情勢の変化を踏まえた上で、テーパリングの可否を検討したいというのがFRBの本音に近いと察する。少なくとも、現在の市場が警戒するように、あくまで一過性の物価上昇を捉えて、非常時の金融政策を急旋回するようなことはあり得ないと考えたい。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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