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コラム

コラム:人手不足起点の物価上昇、賃金との好循環に2つの落とし穴

[東京 2日 ロイター] - 人手不足を背景にした今年の賃上げ交渉は、中小企業でも想定を超える大幅なアップが実現しそうな情勢になっているようだ。政府の水際対策緩和で、中国からの訪日客が急増する公算も大きく、宿泊、交通、外食などでの人手不足の深刻化で、人材の奪い合いが広い分野で発生しそうな状況だ。

 政府と日銀が待ち望んでいた賃金と物価の好循環が起きそうな予兆が見えてきたが、皮肉にもその循環が強く出過ぎて「落とし穴」にはまり込むリスクも出てきたと筆者は予想する。写真は都内で2021年1月撮影(2023年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

その結果、政府と日銀が待ち望んでいた賃金と物価の好循環が起きそうな予兆が見えてきたが、皮肉にもその循環が強く出過ぎて「落とし穴」にはまり込むリスクも出てきたと筆者は予想する。1つは人材確保ができずに経営破綻する「人手不足倒産」の急増であり、もう1つは2%を大幅に超える物価上昇の継続という現象だ。

<中小企業の約6割、賃上げ予定の調査結果>

日本商工会議所の小林健会頭が1日の会見で示したデータは、今年の春闘の行方を注視していた人々にある種のショックを与えたようだ。小林会頭は中小企業の賃上げに関する調査に関し、先行して集計された東京都内を対象にした調査結果を中間的なデータとして明らかにした。それによると、賃上げを予定している企業は58.2%に上り、4%以上の引き上げ実施を予定しているところが28.5%に達した。

民間エコノミスト33人が予想した春闘の平均賃上げ率は2.85%(日本経済研究センター調べ)にとどまっているが、どうやらその水準を大幅に上回る可能性が出てきた。

背景には、日本国内における深刻な人手不足という構造問題が存在している。大手企業の中に5%、6%という賃上げを決めたところが続出しているのは、賃上げを逡巡していると、優秀な人材確保で後れを取り、成長性に陰りが出るとの危機感があるからだ。人手不足─人材確保競争―賃上げ率の想定以上の上昇という流れが、今年は過去とは非連続な形で表面化していると筆者は指摘したい。

<中国対象の水際措置緩和、拍車かかる人手不足>

この現象に拍車をかけようとしているのが、中国からの観光客を対象にした水際措置の緩和である。従来は、中国大陸からの航空機利用者は、全員が新型コロナ検査を受ける必要があったが、今月1日からサンプル検査に切り替わり、負担が軽減された。

羽田、成田、関西、中部の4空港に限定されていた中国からの直行便の利用規制も撤廃され、地方空港に直接乗り入れる便が増加し、中国からの観光客が急増すると見込まれている。

今年1月の訪日外国人客数は、全体で2019年1月比マイナス44.3%の149万人に回復してきたが、中国からの訪日客は同マイナス95.9%の3万1000人にとどまっている。これが19年の75万人規模まで回復すれば、観光、宿泊業界は大いに潤うことになるが、一方ですでに人手不足が深刻になっている現状もある。帝国データバンクが今年1月に調査した結果では、旅館・ホテルの77.8%で正社員が不足と回答している。

中国人観光客が押し寄せてきた場合、人手不足で対応ができないという企業が続出するのは目に見えている。これは宿泊、観光、外食などの分野に限定されないだろう。最終的には幅広い分野で人材の奪い合いが生まれ、賃金はこれまでの想定をはるかに超えて上昇する可能性がある。

この流れは、中小・零細企業により大きな影響を与えるだろうと予想する。特にアルバイトなどの非正規雇用の時間当たり賃金は、過去に例をみなかったほど上昇するだろう。

人件費の上昇は、一定のタイムラグを伴って消費者物価に波及する。特に財の価格に比べて伸びが小さかったサービス価格が、今後、大幅に上がっていくことになるだろうと筆者は予想する。

植田和男・次期日銀総裁候補が重視する「基調としての物価上昇」は、時間の経過ととともに鮮明になり、賃金と物価の「好循環」が遠からず実現している可能性も出てきたのではないか。

<人手不足倒産、物価上昇過熱の落とし穴>

だが、その先に予想もしてこなかった2つの大きな落とし穴が、待ち受けているかもしれない。

1つは、賃上げできずに人材確保で後れを取った企業が経営難に直面する事例が多発することだ。「人手不足倒産」といわれる事例が多くなり、その大半を中小・零細企業が占めることになるかもしれない。

これは、政府・与党にとって政治的な「逆風」が起きているということを意味する。

2つ目は、賃上げと物価の上昇メカニズムが好循環を通り過ぎて「過熱」の様相を帯びるリスクの顕在化だ。大企業の経営者は、製品価格の値上げにちゅうちょする気持ちが弱くなり、系列企業の値上げも受け入れるようになってきている。そのことが来年以降の製品値上げの道筋を明確にするという効果を持つ。

5%の賃上げと5%の製品値上げが持続性を持つようになった場合、2%の目標に物価上昇率が収れんすることになるのだろうか。そのような状況になれば、米連邦準備理事会(FRB)が今対応しているような金融引き締めをするかどうか、判断する局面がやってくるかもしれない。

「まさか」と多くの人々が思っているだろうが、1年前のNYでFFレートのターミナルレート(最終到達点)が5%を突破すると予想していた人は皆無だったはずだ。

日本でも、人手不足を起点にした物価上昇のうねりは、過去と不連続に発生する可能性があるということを忘れてはいけないと指摘したい。

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