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コラム

コラム:円安メリット相殺する2つの不足、成長制約要因に 構造転換が必須

[東京 23日 ロイター] - ドル/円が136円台と24年ぶりの円安水準を付け、市場ではプラス効果に期待する声も少なくない。だが、日本経済には「2つの不足」が立ちはだかり、円安のメリット発揮を阻んでいる。1つは人手不足であり、もう1つは半導体不足だ。どちらも構造的要因が大きく影響しており、政府主導による抜本対策の早急な立案と実施が求められている。

 ドル/円が136円台と24年ぶりの円安水準を付け、市場ではプラス効果に期待する声も少なくない。だが、日本経済には「2つの不足」が立ちはだかり、円安のメリット発揮を阻んでいる。写真は円紙幣。2017年6月撮影(2022年 ロイター/Thomas White)

<早くも表面化する人手不足>

急速な円安進展には、プラスとマイナスの両面が存在する。消費者や輸入企業の立場からは、高騰する国際商品価格を一段と押し上げる「元凶」としてマイナスと映る。

他方、輸出企業やインバウンド需要などに頼る人々にとっては収益増大に欠かせない要因となる。

ところが、この円安メリットを相殺しかねない要因が日本国内で浮上している。1つは、人手不足だ。

新型コロナウイルスの感染拡大によって発動された様々な規制が緩和されてきているとはいえ、感染拡大前の2019年初めと比較すれば、旅行、宿泊、飲食、娯楽などの対面型サービスの売上高水準は60─70%にとどまっている。

ところが、こうした業種を中心にすでに人手不足が深刻化しつつある実態がある。帝国データバンクが今年4月に全国の2万4854社を対象に調査した結果によると、非正規社員が不足しているとの回答が飲食店で77.3%、旅館・ホテルで56.1%に上った。2021年4月調査時点では、それぞれ50.0%、27.3%だったので、人手不足感が急速に強まっていることがうかがわれる。

この調査を取りまとめた同社情報統括部の旭海太郎氏は「コロナの感染リスクに敏感になって、対面型サービスに非正規社員が戻らなくなっている面があるようだ」と説明する。

また、対面型サービスで勤務していた外国人がコロナ感染拡大で出国し、その後の入国規制で再入国が果たせず、全体として外国人労働者の数が2019年以前の水準に戻っていないため、労働需給がタイトになっている面があると筆者は推測する。

政府は1日当たりの入国者数を6月1日から2万人に引き上げ、6月10日から外国人観光客の入国を添乗員付きのパッケージツアーに限定して認めた。かなり限定したかたちでの受け入れであるため、当初は対応可能だろう。

だが、段階的に入国者数の上限を引き上げた場合、ホテルや旅館の収容能力が簡単に限界に達し、確保すべき需要が「皿からこぼれ落ちる」ことになるのは容易に想像できる。

過去最高の外国人客数を記録した2019年は年間で3188万人が入国。1日平均では約8.7万人になる。外国人旅行消費額は年間4兆8113億円だった。円安が進行中の現在、日本への外国人旅行客の需要は相当に大きくなり、消費額も大幅増が期待されているが、今の人手不足では対応が不可能に近いと指摘したい。

<IT人材不足、地方で深刻>

人手不足に関連して、もう1つ重大な点が見落とされている。それは政府が注力するとしているデジタルトランスフォーメーション(DX)に欠かせないIT人材の決定的な不足だ。

先の帝国データバンクの調査では、正社員についても調査しているが、情報サービス業で人手不足と回答した比率は64.6%と前年同月比10.5%ポイントの上昇となっている。同社の旭氏によると、ソフト開発要員などのIT人材の深刻な不足を浮き彫りにしている。

また、IT人材の不足は、東京などの大都市圏よりも地方においてより深刻になっているという。政府は今年6月7日に「デジタル田園都市国家構想基本方針」を閣議決定したが、地方におけるIT人材の育成・確保に向けた具体策がなければ「絵に描いた餅」になりかねない。

このような深刻な人手不足問題に対し、政府からほとんど情報の発信がないのはどうしてなのだろうか。

<増えない自動車生産と半導体不足>

もう1つのネックが、半導体と関連する部品の深刻な不足だ。経済産業省によると、4月の輸送用機械の生産水準は2015年=100とすると、82.3にとどまっている。電子部品・デバイスの111.3や汎用・業務用機械の104.3を下回っている。

これは、世界的な半導体不足に加え、中国がゼロコロナ政策を実施した結果、上海がロックダウン(都市封鎖)となって上海港からの部品積み出しが滞り、国内の自動車生産に支障が出たことも大きく影響しているとみられる。

中国の影響は、日本メーカーだけでない。米電気自動車(EV)大手、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、米テキサス州とドイツ・ベルリン近郊の新工場について、車載電池の不足や中国の港湾問題で生産が拡大できずに「数十億ドルを失っている」と述べている。

6月に入って価格が下落しているアルミ二次合金も、主要な納入先である自動車のエンジンが生産調整で需要が減速していることが大きいとみられている。

半導体や関連する部品の品不足解消には、2022年末から23年初めまでかかりそうだとの見通しが業界関係者の間で出ており、日本経済のけん引車である自動車の生産がフル稼働するまでには、まだ、相当の時間がかかる情勢のようだ。

<必要な政府主導の対応策>

このように見てくると、円安のプラス効果を発揮しそうな項目には制約要因があり、十分な利益を享受する環境になっていないことがわかってきた。

他方、円安のマイナス効果は待ったなしにやってくる。ガソリン、電気代、食料品だけでなく、石油化学製品を多消費しているクリーニングなどのサービス業やガソリン費用の急増に直面する運送業などサービス価格の上昇が夏から秋にかけて急増しかねない状況となっている。

政府が22日の「物価・賃金・生活総合対策本部」の会合で打ち出した節電ポイント制度の導入や農業コスト低下策などでは、当面の円安によるマイナス効果を大幅に削減する効果は望めないだろう。

したがって一部で予想されていた4─6月期の国内総生産(GDP)の急速な回復は望めず、円安進展による国富の海外流出も相まって、日本経済はしばらくの間、慣れ親しんだ「ほとんどゼロに近い成長」を続ける可能性が高まっていると指摘したい。

そこで、中長期的な成長率の引き上げ策として、生産年齢人口の減少を補うために技能を持った外国人と技能取得を目的にした外国人の入国規制を大幅に緩和し、すぐに人手不足に陥る現状からの脱却を図るべきであると考える。

また、円高時に海外に転出した各種の部品メーカーを国内に呼び戻すには多くの課題が存在するが、政府の主導によって部品メーカーの国内還流を早急に促すべきだ。地政学上のリスクがアジアでも顕在化した場合、現状ではサプライチェーン(供給網)があちこちで寸断され、軍事的だけでなく経済的にも大きな打撃を日本が受けるリスクが膨らんでいる。経済安全保障の観点からも、日本企業の国内再誘致計画を早急に打ち立てるべきだ。

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