February 4, 2020 / 8:11 AM / 13 days ago

コラム:実現しない「2%目標」、あえて目指せば円高マグマ膨張の要因に=門間一夫氏

[東京 4日 ロイター] - 日銀がマイナス金利政策を始めてから4年がたった。いわゆる異次元緩和の開始から間もなく7年になる。「戦後最長の景気拡張」が今なお続いているかどうかの形式論は別にして、この7年間、日本経済が緩やかな成長を続け、雇用情勢も大きく改善したことは、動かしがたい事実である。

1月4日、日銀がマイナス金利政策を始めてから4年がたった。写真は2019年12月、日銀本店で記者会見する黒田東彦総裁(20202年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

企業業績はそれ以上に改善し、株価も大幅に上昇した。日銀推計の需給ギャップも、最近3年間は連続してプラスの領域にある。循環的にみれば、経済は正常に動いているどころか、それ以上に良好な状態にあり続けているということだ。

それでも日銀が、マイナス金利など極端な緩和政策を延々と続けるのは、経済情勢が正常かどうかではなく、2%インフレが実現するかどうかで政策を決めているからである。日銀はなぜ、そこまでして2%インフレを目指すのだろうか。

日銀もその点について、広報に努めている。例えば、黒田東彦総裁による昨年12月26日の講演でも、2%程度のインフレが存在する方が望ましい理由について、2点解説している。

第1に、不況期に労働コストの円滑な調整が可能であるためには、平常時に物価や賃金の十分な上昇率が確保されている方が良い、という点である。第2に、他の国と同じ2%程度のインフレを目指すことが、購買力平価の観点から見て長期的な名目為替相場の安定につながる、という点である。

<経済界への配慮>

ただし、以上の2つの理由にはさほど説得力はない。1点目については、名目賃金の引き下げは不景気でも困難、という前提に基づく議論であるが、この前提は日本の実態には当てはまらない。毎月勤労統計によると、1998年から2013年までの16年間のうち、名目賃金が上昇したのはわずか4年であり、残りの12年は下落していた。

この期間には「いざなぎ超え」と言われた景気回復期も含まれている。経済学で名目賃金の下方硬直性と呼ばれているものは、日本ではとっくに崩れているのである。

2点目の「名目為替相場の長期的な安定に資する」という議論については、3つほど問題点があるので、やや詳しく述べる。

第1に、長期的に見るなら、内外でインフレ格差が存在し、それに見合って緩やかに円高になることは、日本の国際競争力という点で何の問題もない。例えば、米国のインフレ率が毎年2%で、日本のそれが毎年0%だとすれば、10年間で日本製品は20%割安になり、日本が競争上どんどん有利になる。購買力平価の考え方によれば、この競争力の有利化をちょうど打ち消すように為替市場に圧力がかかり、名目為替相場が10年間で20%円高になる。

このようにインフレ率が低い分だけ円高になるというのは「実質為替相場」が一定ということを意味する。理論的には、この実質為替相場の長期的な安定こそが重要なのであって、内外でインフレ格差が存在すること、そして、それを反映して名目為替相場の水準が緩やかに変わっていくことは、問題ではないのである。

もちろん経済界には、名目為替相場の変動によって企業業績が左右されるのは困る、という思いがある。したがって、名目為替相場の安定に資するという論理を使えば、2%目標やそのためのマイナス金利に対して、経済界から理解が得られやすい、と日銀が考えているとしても不思議ではない。

しかし、そもそも経済界が「左右されるのは困る」と感じている名目為替変動とは、ここまで議論してきたような長期かつ緩やかな円高のことではない。

第2の問題点は、まさにそこに関連する。過去において実際に、経済界ひいては日本経済に悪影響を与えた円高は、2%インフレによって防げる円高とは、性格の異なる円高である。

リーマンショックを挟んで120円程度から80円程度まで進んだ円高や、90年代前半にそれ以上の幅で進んだ円高は、日本と米国のインフレ率の違いでは説明できない。

これら悪性の円高は、購買力平価に沿った長期かつ緩やかなトレンドという形で生じたものではなく、購買力平価の動きからむしろかい離するような短中期かつ大幅な変動であった。

このような為替変動が望ましくないことは論を待たない。しかし、それを2%目標によって防ぐことはできない。むしろ次に述べるように、逆効果のリスクすらある。

<実現しない2%を目指せば、為替はむしろ不安定に>

第3に、最も重要な問題点は、2%インフレを「実現」しなければ、日銀の言う名目為替相場の長期的な安定効果も得られない、という点である。「目指す」だけでは、だめなのである。むしろ、「実現」できないのに「目指す」という状態を長く続けた場合、上述した最も避けたいタイプの為替変動を、いずれ引き起こすリスクを高めてしまう。

日本ではいくら2%インフレを目指したところで、その実現は限りなく不可能に近い。過去25年間において、1%インフレでさえごくまれにしか観察されなかった。これは異次元緩和のもとでも、基本的に変わっていない。2%目標の為替相場への含意を考える際も、あと数年もすれば安定的な2%インフレが実現する、という前提で考えてはいけないのである。

2%を目指してマイナス金利などの極端な金融緩和を続けた場合、それはしばらくの間、円安要因として作用すると考えられる。一方、緩和を続けたところで物価への効果は限定的なので、内外インフレ格差が消えず、購買力平価、すなわち為替の長期的な理論値は、徐々に円高になっていく。

つまり、物価への効果が乏しいのに極端な緩和を続けると、実際の為替相場は、長期的な理論値に比べて、次第に円安方向にかい離していくのである。これは、将来何らかのきっかけで、実際の為替相場が理論値に向けて急速に修正されていく、という円高リスクを蓄積していることになる。

2%インフレは実現しないという現実を冷静に受け止めるなら、景気が好転する局面などをとらえて金融政策を徐々に正常化しておく方が、将来における「突然の円高」のリスクを小さくできるのである。

2%インフレは実現できるならそれに越したことはない。その最も基本的な理由として学界や海外中央銀行の常識になっているのは、金利の「のりしろ」を確保することの重要性である。

平常時にある程度のインフレが存在する方が、その分、金利水準も高くしておけるため、経済に負のショックが加わった時の利下げ余地を確保しておける、という議論だ。筆者もこの点には同意する。

しかし、繰り返し述べたとおり、そういうベストの解は、残念ながら日本では望めない。もちろん、将来何らかの幸運が働いて安定的な2%インフレが実現する可能性を、完全に否定するつもりはない。

しかし、確率の低い幸運を当てにするのではなく、現実と向き合ってセカンドベストの解を模索することが、責任ある政策のあり方である。最も避けたいのは、ベストオプション(2%目標)を深追いするあまり、ワーストの解(将来の突然の円高)に陥ってしまうことだ。

マイナス金利など極端な緩和を続けた状態のまま、将来どこかの時点で米国の景気後退など大きな負のショックに見舞われた場合、1)為替相場が理論値よりも円安になっている、2)金利の「のりしろ」がない──という2つの力学で、為替が一気に円高に振れてしまうリスクがある。

そういうリスクをあらかじめ最小化しておくことこそ、本当の意味で「為替の安定」に資する金融政策である。実現しない2%インフレは無理に追わず、機を見て金利の正常化を図り、購買力平価に沿った緩やかな円高へのソフトランディングを許容する――。それがセカンドベストの解なのである。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

門間氏

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

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編集:田巻一彦

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