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コラム:コロナが予言する物価目標政策の終焉=門間一夫氏

[東京 3日 ロイター] - コロナショックに対する主要中央銀行の動きは、迅速かつ果断であった。株価急落の直後だった2月28日、米国連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が、追加緩和を示唆する談話を出した。翌営業日の3月2日には、日銀の黒田東彦総裁、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も続いた。

 6月2日、東京では新型コロナウイルスの感染者が再び増加。「東京アラート」発令を受けて台場のレインボーブリッジが赤色の照明に変わった。6月2日m東京で撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

間髪を入れずFRBが3月3日の緊急会合で0.5%の利下げを決めると、3週間のうちに米、欧、日で異例の措置が矢継ぎ早に導入された。

その柱は、1)国債の大量買入れ、2)貸出・クレジット市場の支援、3)ドル流動性の供給──の3本であり、具体化や拡充がその後も続いた。各国・地域における財政政策の始動もあり、3月下旬以降、金融市場は小康へ向かった。

このように金融市場が危機に直面すると、中央銀行は大きな存在感を示す。それに比べると、物価目標が実現できるとかできないとか、フォワードガイダンスの工夫で政策の効果が高まるとか高まらないとか、それまでの物価の安定を巡る様々な議論は、所詮(しょせん)どうでもよい話であったようにすら感じられる。

金融市場の安定が課題となった途端に中央銀行の輝きが増すのは、3つの理由による。第1に、火事場における消防士のように、ミッションの中身と切迫性が明白である。

第2に、そのミッションに適した機動的な流動性供給という、中央銀行ならではの手段が存在する。

第3に、その手段の限界も正しく認識されているがゆえに、政府との協調体制も取りやすい。いずれも物価の安定については十分満たされていない条件である。

特に3点目は意外に重要である。FRBがジャンク落ち(BB以下の格付けに転落)した社債の買い入れも含めて異例の各種措置を大胆に打ち出せたのは、米財務省による約4500億ドルものエクイティ性資金の予算措置による。中央銀行は機動的に流動性を供給し、損失が出たら国が吸収するという役割分担によって、有効性の高い政策が実現できているのである。

日本では日銀が中小企業向けの30兆円の資金繰り支援策を具体化した5月22日、麻生太郎財務相と黒田日銀総裁が共同で記者会見を行い、政府と日銀の強い連携を内外に示した。

純粋に流動性の問題であれば中央銀行だけで対応できるが、信用リスクや資本不足が懸念される事態においては、財政資金による支援も不可欠になる。中央銀行にできることとできないことを見分け、できない部分は政府がカバーするという協調体制によって、金融市場の安定が最終的に支えられているのである。

<コロナ後の金融政策は「日本化」が進行>

一方、物価の安定に関しては、中央銀行はますます苦戦を強いられそうだ。当面、経済の落ち込みに原油価格の下落が加わり、先進国の物価には強い下押し圧力がかかる。

特に日本では、2020年度の消費者物価はマイナスになる可能性が高い。日銀が4月末に公表した展望レポートでも、2020年度の物価見通しはマイナス0.7─マイナス0.3%となっている。2013年に日銀が2%の物価目標を掲げて以降、最も弱い数字になる。

デフレに逆戻りしたのではないか、という議論が出てくるのは必至であり、日銀にとって居心地の悪い情勢だ。

ただ、逆説的ではあるが、コロナショックの影響が目立つ間は、日銀は物価についてさほど悩まずに済む。物価よりも実体経済や雇用の弱さの方がはるかに重大な問題であるため、急速な円高でも起きない限り、関心は政府の政策対応に集中する。日銀のイールドカーブ・コントロールも、物価2%を目指して続けても報われず徒労感は否めないが、今なら財政支出の側面支援という有意義な貢献が見える。

ここでも先ほどの金融市場の安定の場合と同様、政府と中央銀行の「二人三脚」の構図がある。イールドカーブ・コントロールの下では、日銀は必要に応じてゼロ金利で無制限に国債を買入れる。すなわち、日銀による事実上の財政ファイナンスを通じて、政府・日銀が一体で経済の安定を図る関係になっている。

ならばこの面での協調関係も、政府・日銀はもっと声高に宣伝してもよさそうなものだが、そこまではしない。歴史的な経緯により、中央銀行による財政ファイナンスは禁じ手とされているからである。

インフレが問題だった時代の政策哲学にこの局面で引きずられる必要はないのだが、現行制度の下で政府や中央銀行が正面切ってそう言うことはできない。

それはさておき、日銀のみならず主要中央銀行にとって悩ましいのは、むしろコロナの終わりが見えてきてからであろう。経済の回復が次第に着実さを増しているにもかかわらず、物価はなかなか目標に届かない、という状況が生まれる可能性が小さくないからだ。

少なくとも日本では、アベノミクス景気の中で最も人手不足が深刻だった局面ですら、インフレ率は1%にも達しなかった。コロナ後の景気回復でそれが突然2%に近づくという筋書きは、奇跡のような構造変化を前提としない限り描けない。

今回注目されるのは米国である。コロナショック前の米国の物価は、ほぼ2%で推移していたと言っても良いように思うが、FRB自身は、小幅とはいえ2%を長期間下回り続けていたことを問題視していた。そのため、長期の平均値でしっかり2%をクリアするよう、従来よりも金融緩和を粘り強く続ける方向で議論を進めていた。

現在、コロナショックで米国の物価も2%から遠ざかっており、失業率の大幅な上昇などからディスインフレ圧力はしばらく続きそうだ。この局面も含めた長期平均で2%にこだわるなら、その実現には今からいったい何年かかるのか見当もつかない。米国でもゼロ金利が半ば常態化する「日本化」の可能性が、これまでになく高まっているのである。

<物価目標政策はどこへ行くのか>

既に述べたように政府と中央銀行は、「金融の安定」と「経済の安定」に関しては協調して対応している。しかし、なぜか「物価の安定」だけは、中央銀行が単独で果たすべき責務とされている。

したがって、ひとたび金融と経済さえ正常化すれば、政府はもはや景気対策は打たないし、それどころか財政再建が大事だと言い始める可能性が高い。その時点で物価がなお目標から遠くても、後は中央銀行任せなのだ。

金融、経済、物価は密接に関連し合っているのだから、物価だけ中央銀行が単独で、しかも数値的定義に耐えうる精度で制御できるという考え方には、明らかに矛盾があると筆者は思う。

原理的な矛盾をはらむ物価目標政策が過去30年間続けられてきたのは、日本以外の多くの国で、特に影響力の大きい米国において、その矛盾がたまたま表面化しなかったからに過ぎない。

しかし、その米国でも物価目標をクリアできないままゼロ金利が常態化すれば、中央銀行だけでなくアカデミズムも含めて、物価目標政策の限界にいよいよ向き合わざるを得なくなる。この限界に勝つ方法は3つのうちどれかしかない。

1つ目は、物価目標をもっと実現しやすい低い数値に変更することである。2つ目は、物価目標の実現を政府と中央銀行の共同責務とすることである。最も推奨されるのは3つ目で、物価の数値目標をやめる、あるいはその縛りを大幅に緩めて、金融や経済が安定しているなら物価の安定も概ね達成されているとみなす、というぐらいのしなやかな枠組みとすることである。

物価目標政策は、金融政策の独立性や説明責任とも深く絡んで確立されてきた経緯があるだけに、抜本的な見直しは簡単ではない。しかし、物価目標政策が先進国の実情に合わなくなってきていることが、コロナショックを契機にはっきりしてきた場合、実情に合わない枠組みに固執するあまり、ゆがんだ金融政策が延々続くという悲劇だけは避けたいものである。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

(編集:田巻一彦)

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