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コラム:異次元緩和の検証からみた「次の一手」=門間一夫氏

[東京 2日 ロイター] - 2013年春に日銀の大規模な金融緩和政策、いわゆる異次元緩和が開始されてから、7年半が経過した。2%物価目標は達成されていないが、アベノミクス初期において円安・株高をもたらした点で成果を挙げた、というのが標準的な評価であろう。

10月2日、2013年春に日銀の大規模な金融緩和政策、いわゆる異次元緩和が開始されてから、7年半が経過した。写真は3月、都内で撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

それを否定するつもりはないが、アベノミクス初期は外部要因にも恵まれた。欧州危機が沈静化し、米国経済は金融緩和の修正を模索するまでに回復していた。株価は日本だけでなく世界中で上がっていた。

<2%は重要でない、世間が認識した理由>

筆者は、円安・株高という短期的な現象よりも、日銀が金融緩和を極めたことで経済政策を巡る人々の認識が大きく変わった、ということの歴史的な意義を重視したい。この変化は、政治家、経済専門家、メディア、産業界を問わず広範囲に見られる。どう変わったのかというと、第1に、誰も2%物価目標をそれほど重要なものだとは思わなくなった。第2に、日本経済の成長力を高めるには構造改革しかないという認識が浸透した。

異次元緩和が行われるまでは「日本経済の根源的な問題はデフレであり、日銀の金融緩和が不足しているから、低成長から抜け出せないのだ」という見方が、専門家の間にも広まっていた。日本だけでなく海外有識者の論調もそうであった。安倍晋三前首相が2%物価目標と大胆な金融緩和を日銀に求めたのは、単純な政治的人気取りではなく、専門家の言論に基づく世論をバックにしたものであった。

実際に異次元緩和をやってみて、わかったことが2つある。1)どれだけ大胆に金融を緩和しても日本では2%インフレにならない、2)2%インフレにならなくても戦後最長並みの景気拡大や良好な雇用情勢は実現する──の2つである。つまり、2%物価目標は「できないし、いらない」ということがはっきりしたのである。

それでも日銀が今も2%物価目標を続け、政府も表向きはその実現を期待すると言い続けているのは、そうしておかないと市場が「金融緩和の後退」と誤解しかねないことへの配慮に過ぎない。

もし、菅義偉首相が、日本に2%インフレが必要であると本気で考えているとしたら、過去7年半の黒田東彦総裁の手腕を高く評価することなどありえないし、金融政策だけに任せず、財政政策も2%インフレ実現のためにフル回転させるはずである。

2%インフレは簡単に実現するならあった方がいいかもしれないが、できないのに無理に欲しがるほどのものでもない、という正常な感覚は、日銀が金融緩和をやり尽くしたからこそ、世に浸透したのである。

そして、日本の経済政策を巡る議論は、安倍政権の後半から、金融政策よりも構造改革を重視する方向へ明確にシフトした。「第1の矢」が思い切り飛んでその限界もわかった結果として、「第3の矢」の重要性が再確認されたと言える。人間はそう強くはないので、金融政策に甘えられる余地があるならもっと甘えたい。しかし、無い袖は振れないとわかれば、現実に向き合う覚悟を決めざるをえなくなる。

もちろん、認識が変わったからと言って、構造改革がすぐに進むわけではない。それは政治のリーダーシップが足りないからというよりも、行うべき構造改革の中身について、経済専門家の間ですらコンセンサスが練れていないことによる面が大きい。

成熟した先進国で「中長期的な経済成長率を上げる」には、何をどうすればよいのか──。筆者自身、いまだに明快な答えを見聞きしたことがない。これは諸外国でも苦しんでいる問題なのである。

少なくとも方向性として間違ってはいないことを、できるところから着実に進める、というのは有効なアプローチかもしれない。菅政権の目玉政策のデジタル化で、日本の潜在成長率が上がるかどうかはわからないが、国民生活の利便性向上のために不可欠な政策ではあるので、進展を大いに期待したい。

<残った副作用のリスク>

構造改革が重要という認識を浸透させたことで、異次元緩和が歴史的な「成果」を挙げたとしても、そのためにかかったコストも小さくはない。本当は日銀がここまでやらなくても済めばベストであったが、「ここまでやらないとわからない」ことがあるのも世の現実である。

払ったコストというのは、第1に副作用のリスクであり、第2に追加緩和余地の喪失である。

副作用のリスクについては、それを最小化するように日銀も対応してきた。2016年に始めたイールドカーブ・コントロールは、長期金利の過度の低下を防ぐ対策として導入されたものである。その頃から日銀は、2%物価目標を無理に追わず、効果と副作用のバランスに配慮するという現実路線に転換した。その結果、今日に至るまで決定的な副作用の顕在化には至っていない、とみてもよいだろう。

ただ、超低金利の長期化が、金融機関の体力を徐々にむしばみ、純資産保有主体である家計の将来不安を強めるなど、立証までは難しい「静かな副作用」がゆっくり進行している可能性は否定できない。ETF(上場投資信託)の買い入れは、他の中央銀行には手出しもできない劇薬であり、やり続ければ市場の感覚はどんどん麻痺していく。

そのリスクがあっても、異次元緩和はそう簡単にやめられそうもない。コロナの影響が経済に影を落としている間はもちろんであるが、その先を展望しても簡単ではない。緩和の修正が円高・株安を招く可能性を、政府も日銀も恐れているように見える。「異次元緩和」=「円安・株高」という初期の成功体験が、逆に日銀の手足を縛る。

2%物価目標を達成して堂々と出口に向かえる可能性は、限りなくゼロに近い。だとすれば、日銀が緩和の修正に踏み切れるのは、1)副作用が誰の目にも明らかになる、2)海外(とくに米国)で政策思想が変化して2%物価目標見直しの気運が高まる、3)景気が良いうえに円安・株高が大きく進み、多少円高・株安に振れても問題ない局面が来る──のいずれかの場合である。2)や3)よりも先に1)が来ないことを祈るばかりである。

<有効策少ない円高対応>

追加緩和の余地を使い切った現状は、円高の進行に対して脆弱であるという問題もある。米国で新たな金融政策の枠組みが採用され、ゼロ金利の長期化が必至となったことで、円高圧力がかかりやすくなるおそれがある。大統領選やその後の政治情勢など、米国経済を巡るリスクも大きい。欧州でもコロナの感染再拡大が景気回復に水を差しつつあり、欧州中央銀行(ECB)の資産買入れ拡充も視野に入る。当面、円高材料には事欠かない。

円高圧力が強まった場合、財務省の口先介入のほか、日銀も国債やETFの買い入れをある程度柔軟に増やすことはできる。さらにマイナス金利の深掘りという実際には「抜けない刀」を含め、追加緩和をちらつかせて市場をけん制することもできる。これまでも政府・日銀はこうした対応で、幾度か円高局面を切り抜けてきた。今後は、菅首相が安倍前首相の強運も継承できているかどうかが鍵を握る。

それにしても、政府・日銀はなぜ、そこまで円高に神経質になるのだろうか。変動相場制の世界に生きている以上、数年に一度はある程度大きな為替変動に見舞われても、それをしなやかに跳ね返す経済を目指すことが、本当は重要なのである。

現局面ではどの中央銀行も追加緩和の余地が限られているため、リーマンショック時のような一方的な円高にはなりにくいだろう。それでも為替のことはわからない。

仮に次の円高の波が到来した場合、それを防げなくても、もう日銀のせいにはできない。その結果、為替変動に一喜一憂しない国を目指す覚悟が定まるならば、それもまた、異次元緩和で金融緩和を極め尽くしたことのもう1つの「成果」になるのだが。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

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編集:田巻一彦

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