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コラム:脱炭素化などの気候変動問題、中銀は政策対応すべきか=門間一夫氏

[東京 2日 ロイター] - 米国の連邦準備理事会(FRB)は年に2回、金融安定報告書を公表している。先月公表された最新版では、気候変動リスクに関する詳しい記述が初めて盛り込まれた。タイミングが大統領選挙におけるバイデン氏の勝利とも重なり、米国の環境政策シフトを象徴しているようでもあった。

12月2日、米国の連邦準備理事会(FRB)は年に2回、金融安定報告書を公表している。写真は独ケルンの発電所で1月撮影(2020年 ロイター/Wolfgang Rattay)

実際には、FRBの報告書と大統領選挙の結果とは無関係であろう。日銀も金融システムリポートで、最近は気候変動リスクに言及している。金融監督当局や中央銀行が気候変動に関するストレステストを活用する動きも、次第に広まっていく可能性が高い。「金融システムの安定」という観点で中央銀行が気候変動リスクに関与することは、もはや世界の常識になりつつあるのだ。

<先頭を行く欧州中央銀行>

常識になるかどうかまだわからないのは、「金融政策」の観点からの中央銀行の関与である。この点で先頭を行くのは欧州中央銀行(ECB)であり、日米ではその議論はまだ盛り上がっていない。

ECBは現在、物価目標のあり方を含めた金融政策の総点検、すなわち「戦略レビュー」を進めているところである。その検討項目には、気候変動リスクへの金融政策の対応も含まれている。

例えば、ECBが金融政策目的で社債を買い入れる、あるいは担保として受け入れる際に、その発行体が気候変動リスクに関する質の高い情報開示を行っているか、資金使途が欧州連合(EU)の脱炭素政策と矛盾していないか、といった基準を適用することなどが検討される模様だ。

<気候変動は金融政策の守備範囲なのか>

一般に金融政策は、独立性が重んじられている。それを決める人々は知識や経験をもとに任命され、選挙で直接選ばれるわけではない。だからこそ、その責務は「物価の安定」など普遍性の高いものに限定され、資源配分や所得分配に直接的に関与することは望ましくないとされている。金融政策には「中立性」が求められるのだ。

脱炭素化に貢献する企業を支援し、そうでない企業を相対的に不利にするということになると、この「中立性」との関係をどう考えるかという論点が当然出てくる。

この点ではECBメンバーの中銀間でも考え方に濃淡があり、例えばドイツ連邦準備銀行はやや慎重なスタンスだ。ただ、ラガルド総裁をはじめとするECB主流派は、次の3つの理由から積極姿勢を見せる。

第1に、気候変動は「物価の安定」の問題でもある。自然災害等は経済にダメージを与え、ひいては物価にも悪影響を及ぼしうるのだから、気候変動リスクの軽減は「物価の安定」に資する、とラガルド総裁は言う。

ただ、それはやや言い過ぎではないかと筆者は思う。グローバル化やデジタル化については、物価への下方圧力があるとわかっていても、中央銀行がそれら自体を抑制することはない。金融政策は、様々な原因から生じる物価へのショック全体を、総需要に働きかけて打ち消す政策であって、ショックの原因自体に1つ1つ対応する政策ではない。もちろん、気候変動に対応しても「物価の安定」と矛盾しない、という程度の主張なら1つの判断として成り立つだろう。

第2に、「市場の失敗」が存在するなら、その是正に努めることは「中立性」の観点からも望ましい。この点はシュナーベル専務理事が9月28日の講演で詳しく述べている。そこでの基本認識は、現在の社債利回りなど各種の資産価格は、情報開示の不十分さもあって、気候変動リスクを十分織り込めていない、というものである。

この認識が正しいなら、現存する価格のゆがみを是正することや、発行体に情報開示向上のインセンティブを与えることは、市場を「真の中立」に近づけることになる。「市場の失敗」の定量的な把握が難しいという問題はあるが、考え方としてこの議論には一定の説得性がある。

第3に、最も説得性があると筆者が考えるのは、ECBが中央銀行としてEUの重点政策に向き合う姿勢である。ラガルド総裁は「物価の安定」という責務に反しない限り、ECBはEUの経済政策全般を広くサポートする役割を果たしうる、とも言っている。

これには金融政策の独立性を曖昧にしかねないという批判もあるだろう。しかし、そもそも金融政策の独立性は、インフレと戦う文脈において重視されるようになった考え方である。ことインフレの制御に関する限り、民意で動く政府に任せるのはかえって危ういからだ。逆に言えば、インフレとの戦い以外の多くの事柄については、政府と中央銀行の協力はケースバイケースで建設的なものになりうる。

<日銀と脱炭素化への対応>

日銀法においても、金融政策はその自主性(=独立性)がうたわれる一方で、政府の経済政策との整合性も求められている。実際にこれまでも、日銀の金融政策はそういう考え方に沿って行われてきた。

例えば、日銀が2010年に創設し今も続く「成長基盤強化を支援するための資金供給」という制度がある。成長分野に融資する金融機関に、日銀が低利で貸出を行うことが定められている。そこで対象とされている18の成長分野は、2010年当時の政府の成長戦略を意識して決められた。

最近の例としては、日銀が11月10日に公表した「地域金融強化のための特別当座預金制度」がある。地域金融機関に収益力向上を促すインセンティブとして、日銀当座預金の金利に0.1%を上乗せする仕組みだ。

この政策は、政府による地域金融機関の再編支援と、同じ問題意識に立って打ち出された対応である。本件は厳密に言えば金融政策ではなく、「金融システムの安定」のためのプルーデンス政策である。しかし、日銀当座預金の金利という金融政策手段に直接影響を与える点で、金融政策との境界はグレーな面がある。

政府と日銀の協調関係で一番わかりやすいのは、2013年に導入された「2%物価目標」である。これは、政府・日銀の共同声明という形で世に広められた。政府と日銀は両者一体でデフレ脱却に取り組むことを、高らかに宣言したのである。

この例を出すと、これこそ日銀の独立性に影を落とした悪例ではないか、というイメージを持つ人もいるかもしれないが、それは違う。前述の通り、中央銀行が独立性を問われるのはインフレ局面である。デフレ脱却では政府と協調しても、将来インフレと戦う必要が生じた場合の独立性について、日銀は何ら妥協したわけではない。

国が大方針を掲げて時代のあり方をも変える経済政策に挑む時、「物価の安定」と矛盾しない範囲で中央銀行がそれをサポートするのは、ごく自然なことだと思う。

「自然」というのは、国民が納得しやすいという意味である。国民が総力を結集して気候変動問題に取り組むような場合に「それは金融政策の責務ではない」とある意味正論を押し通す中央銀行と、「金融政策でもできることがあればやる」という姿勢の中央銀行と、どちらが国民の信認を得られやすいかという話である。

菅義偉首相は2050年までにカーボン・ニュートラル(温暖化ガスのネット排出ゼロ)を実現する方針で、先行する多くの諸国にようやく足並みをそろえた。しかし、それが極めて野心的な目標であることは誰もが知っている。税、補助金、規制等の大胆な転換が不可欠であり、金融政策にできることはおのずと限られる。

それでも、カーボン・ニュートラルに向けた国民の熱量が高まっていけば、金融政策がそれに無関心であり続けることは自然ではなくなっていくはずだ。今後、日銀の金融政策に気候変動対応の要素が色濃く入ってくるかどうかは、脱炭素化に向けた政府や国民の本気度を映す1つのバロメーターと言えるだろう。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

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編集:田巻一彦

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