for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:インフレ懸念顕在化でも、米利上げへ遠い道のり=門間一夫氏

[東京 3日 ロイター] - 米国の4月消費者物価は、市場の予想を大幅に上回る前年比プラス4.2%となった。発表直後に発言の機会があった米連邦準備理事会(FRB)のクラリダ副議長やウォラー理事も、これには驚きを隠さなかった。米国ではワクチン接種が総じて順調に進んでおり、経済も力強く回復している。

 米国の4月消費者物価は、市場の予想を大幅に上回る前年比プラス4.2%となった。発表直後に発言の機会があった米連邦準備理事会(FRB)のクラリダ副議長やウォラー理事も、これには驚きを隠さなかった。門間氏のコラム。3月30日、ニューヨークで撮影(2021年 ロイター/Caitlin Ochs)

インフレ圧力とそれが金融政策に与える影響を巡り、エコノミストや市場関係者の熱い議論は、まだまだ続くだろう。その議論に決着がつくのはだいぶ先のことになるが、一口にインフレと言っても、その中身を区別することが重要だ、という切り口で論点を整理してみたい。

<インフレ、短期と中長期の区別>

第1に、最も重要なのが「短期」と「中長期」の区別である。金融政策の観点から重要なのは、あくまで「中長期」のインフレである。この点、FRBの幹部が物価について語るとき、最近は「一時的(transitory)」という単語がキーワードになっている。驚くほど高い数字であっても、それが一時的なものである限り、金融政策の観点からは基本的に無視してかまわない、いや無視すべきなのである。「無視する(look through)」というのも、FRB幹部が最近、頻繁に使う言葉である。

市場で誤解があるかもしれないのは、「一時的」が意味する具体的な期間についてである。今、米国で起きている「一時的」な物価上昇圧力は、数カ月というよりは1─2年に近いものとみるべきだろう。

ちなみにウォラー理事は、一時的な物価の押上げ要因が少なくとも6つあると述べている。1)ベース効果(前年低下の影響で今年の前年比が高く出ること)、2)エネルギー価格の上昇、3)財政支出の影響、4)コロナ禍で増えた貯蓄による消費の押上げ、5)供給のボトルネック、6)コロナ禍の影響残存による働き手の不足──である。

このうち2─3カ月で消滅することが明らかなのは、1)のベース効果だけである。それ以外の5つがどの程度続くかはよくわからない。これらがすべて消え去り、中長期的な物価上昇圧力を見極められるようになるのは、早くても来年に入ってからであろう。

<警戒すべき「高インフレの到来」はあるのか>

第2に、仮に中長期的に「インフレになる」としても、それが「物価目標を下回っていた過去10年間からの脱却」という程度の話なのか、「過去40年間の物価安定期が終わり1960─70年代のような高インフレの時代が再来する」という話なのかで、全く異なる。

前者は、リーマンショック以降実現できてこなかった「安定的な2%インフレ」が、今回の景気回復をきっかけについに実現するという話であって、まさにFRBが目指しているシナリオである。

後者は、アフターコロナで物価の「レジームチェンジ」が起きる、という壮大なストーリーである。コロナ禍で未曽有の財政金融政策が講じられ、さらにはバイデン政権の下で新自由主義から「大きな政府」への思想の転換が起きつつある、というのがよく言われる理由の1つである。

加えて、米中対立によるグローバル・サプライチェーンの分断や、中国の労働力人口の減少などを背景に、これまで低コストを可能にしてきたグローバル経済の基本構造が大きく変わる、という可能性も指摘されている。

筆者はそうしたレジームチェンジの可能性は極めて小さいと思うし、市場もそれを今は想定していない。しかし、市場はせっかちである。前述した一時的な要因のいくつかがしぶとく残り続けるうちに、今起きているインフレは一時的ではなく構造的な高インフレへの序章なのではないか、という疑いを市場が持つようになってもおかしくはない。FRBと市場の見方のギャップが拡大するリスクは、念頭に置いておくべきかもしれない。

<「アグフレーション」や「コモフレーション」>

第3に、「全般的なインフレ」と「相対価格の変化」では性格が大きく異なる。「全般的なインフレ」とは、幅広い価格や賃金が上昇する普通のインフレのことである。これに対し「相対価格の変化」とは、典型的には原油や穀物などのコモディティの価格や、それに強く影響される一部の財・サービス価格だけが、突出して上昇するようなケースである。

これは、インフレーションというよりは、農産物の価格上昇が際立つ「アグフレーション」、より広くコモディティ価格全般の上昇が際立つ「コモフレーション」とでも呼ぶべき現象であり、それがはっきり起きたのは2000年代半ばである。

当時のコモディティ市場はスーパーサイクルだったと振り返られることが多く、今また、それが再来しつつあるとの声もある。筆者は前回ほど「スーパー」なサイクルは来ないとみているが、それでもミニ・スーパーサイクル程度の現象ならあっても不思議ではない。

このような「相対価格の変化」は、コモディティ輸入国にとっては交易条件の悪化となる。したがって、米国もさることながら日本のような国にとって悪影響が大きい。企業マージンの圧縮、実質賃金の低下という形で国内所得が海外へ流出するため、景気を悪化させる要因になるのである。

一般に「物価上昇→金利引き上げ→景気減速」という順番で物事が語られがちだが、物価上昇の正体がコモフレーションの場合は、それ自体が景気減速を引き起こし、中長期的にはむしろデフレ圧力になりかねない。それをわかっている中央銀行は利上げに慎重になる。したがってコモフレーションに対する最も自然な市場の反応は「長期金利は上がらずに株価だけが下がる」ことなのである。

ちなみに、この種の物価上昇が起きているかどうかを診断する1つのポイントは、消費者物価とGDPデフレーターのかい離である。コモフレーションは、消費者物価に対しては確実に押上げ要因となるが、交易条件を含む国内経済全体の「体温計」であるGDPデフレーターに対しては、交易条件悪化の分だけ押下げ要因となる。消費者物価だけでなく、GDPデフレーターの行方も注目される局面である。

<低金利からの脱却に高いハードル>

60─70年代のような高インフレ時代への回帰は考えにくく、コモフレーションによる物価上昇はそれ自体が経済を冷やす。だとすれば、FRBが利上げに動ける可能性としては、今物価を押し上げている「てんやわんや」が消えた時、経済や雇用が順調で2%インフレの定着を見込める状態であることが、まずは必要条件になる。

そういう局面は、来るとしても2年ぐらいは先だろう。その上で、利上げには厳しい最終テストが待っている。「金利がほぼゼロだからインフレがなんとか2%まで上がっている」状態なのか、「利上げしなければ2%に抑え込めなくなるほどインフレ圧力が強い」状態なのかを、まずFRBは見極めなければならない。

前者の場合は、下手に利上げをするとインフレが2%未満に落ちてくる可能性があるので、「日本化リスク」を気にするFRBは利上げに踏み切れないだろう。

さらにFRBは、昨年8月に決めた新しい枠組みの下で、「最大雇用」を利上げの必要条件に加えている。仮に2%程度のインフレが続いていても、国民や政治家が「景気は絶好調で黒人やヒスパニックにも十分な恩恵が及んでいる」と納得できる経済情勢でなければ、FRBの利上げの条件がそろったことにはならないのである。

これはかなり高いハードルである。あと2─3年じっくり待っているうちに、半導体など今は需給がひっ迫している製造業も、経験則的には下降サイクルに入ってくる可能性もある。これらを考えると、当面いくら高めのインフレ指標が続いても、米国の利上げへの道はまだまだ遠く、最終的に利上げできるかどうかもわからないと見ておくべきだろう。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*門間一夫氏は、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し、みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト。21年4月から現職。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up