December 3, 2019 / 2:26 AM / 12 days ago

コラム:米国の格差是正問題、その先に見える「金利上昇の世界」=門間一夫氏

[東京 3日 ロイター] - 米国の2020年大統領選挙に向けて、各党の候補者選びが本格化する。共和党は、現職のトランプ氏が再選を目指す。混戦が続く民主党では、有力候補のうち、サンダース上院議員、ウォーレン上院議員が富裕税の導入を主張している。

 元日銀理事の門間一夫氏は、米国の格差問題は世界的な金利上昇圧力に転化していく可能性を秘めていると指摘する。写真は米大統領選の民主党候補指名を目指すウォーレン上院議員。アイオワ州ウェストデモインで11月撮影(2019年 ロイター/Scott Morgan)

ウォーレン氏の案は、5000万ドルを超える純資産に2%、10億ドルを超える純資産に6%の税を毎年課す。サンダース氏の案では、3200万ドルを超える純資産から徐々に税率が上がり、100億ドルを超えれば8%になる。両者とも10年で数兆ドル規模の財源になると見積もる。

仮に2人のうち、どちらかが大統領になったとしても、富裕税は実現のハードルが高い。まず、米議会の壁がある。共和党の不支持は明らかであるし、民主党でもどの程度支持が広がるか不確実だ。最終的には最高裁判所の判断が必要とも言われている。

技術的にも、資産への課税には補足の問題がある。金融資産はまだしも、美術品や骨董品などは価額の算定すら難しい。抜け穴を防ぐのも容易ではなく、内国歳入庁(IRS)の大幅な体制強化が必要とも言われる。

こうした種々のハードルを考えれば、近未来における富裕税の実現可能性は低い。しかし、重要なのは経済・社会に対して富裕層や大企業が、より大きな責任を担うべきという考えに、富裕層自身の一部も含めて多くの米国民が共感を寄せているという点である。

その背景には格差問題がある。1)格差の大きさ自体、2)富をもたらす仕組みの不公平性、3)若年層の閉塞(へいそく)感、4)経済成長への悪影響──など様々な観点で、米国の格差問題は対応を迫られているのである。以下、具体的にみていこう。

<もはや放置できない格差問題>

第1に、富や所得を巡る格差の度合いが深刻なレベルに達している。トマ・ピケティら5人の学者が中心となって管理しているWorld Inequality Databaseによると、米国では上位1%が所得の約2割、資産の約4割を占める。

日本、ドイツ、フランスなどの上位1%の所得シェアは約1割であり、米国の突出ぶりが目立つ。ここまで富や所得の偏在が進めば、それ自体が社会正義に反するという見方が広まるのも無理はない。「ビリオネアは存在自体が許されない」というサンダース氏の明快なメッセージに、一定の共感が集まるのである。

ピケティの『21世紀の資本』(原著2013年)は、分厚い学術本としては異例なほど売れた。同氏の最新著『Capital and Ideology』の英語版が来年春に出版される予定であり、再び話題を集めるだろう。こうした「ピケティ現象」の背後には、格差問題はもはや放置できない、という一般知識人の危機感が存在するように思われる。

第2に、不公平な仕組みが富の集中を助長している、という認識が広まっている。典型的には税制である。ピケティの共同研究者であり、ウォーレン氏への助言もしているサエズおよびザックマン両教授が、今年10月の新著である試算を行っている。

それによれば、上位400の富裕家計にかかる実効税率は、米国の家計全体よりも5%低い。また、グローバル企業の露骨な節税行動は近年G20などでも大きな問題とされており、対応が進められている。

関連する論点として、巨大プラットフォーム企業を巡っては、データの行き過ぎた活用や競争排除的な企業買収が、超過利潤をもたらしているとの批判もある。この点については米国だけでなく多くの国・地域で、規制当局や議会による調査が進められている。ウォーレン氏はGAFA等の解体まで主張している。

第3に、近年の格差問題は、世代間格差と重なる部分もある。米国でも金融危機以降は経済成長率が低下しており、自分の将来所得が親世代を超えられないと考える若年層が増加している。経済のパイが拡大している時代には、大富豪もアメリカン・ドリームの象徴でありえた。

しかし、低成長と教育費高騰というハンディを負う現在の若年層にとって、富の極端な集中は格差の固定化を印象付け閉塞感をもたらすだけである。民主党左派の主張がミレニアム世代に強く支持されるのもうなずける。

第4に、格差自体が低成長の一因という認識も広まってきている。富裕層への貯蓄の偏りは総需要を低下させるし、教育機会の不平等は人的資本の形成を阻む。

富裕税についても従来は経済の活力を削ぐという批判が強かったが、ミネソタ大の研究者らが今年9月に発表した論文では、富裕税が他の税に比べて成長促進的である可能性を指摘している。富裕層のぜいたくな消費や非効率な投資を、より生産性の高い投資に回せるというのがその理由だ。

もちろん、格差と成長の関係についてはよくわかっていないことも多い。そもそも、前述したピケティらのデータによる格差の真偽を巡っても議論がある。しかし、米国の潜在成長率が回復せず、失業率が低い割には賃金が上がらないという状況が続く限り、その矛先が格差問題に一段と強く向かって行くがい然性は高いように思われる。

<金融資本市場へのインパクト>

ウォーレン氏が大統領になる確率が高まれば、株価の下落は避けられない。これが2020年大統領選を巡るリスクの1つとされている。ただ、現時点では、それはあくまでテールリスクであり、仮にウォーレン氏が民主党候補に指名されたとしても、本選では勝てないとの見方が多い。

むしろ、格差問題を取り巻く論調や政治情勢の変化は、来年というよりももっと中長期的に、米国の「政策思想」を大きく変える可能性がある要素として認識しておくべきだろう。

インフレにならない限りいくらでも財政赤字を拡大できる、と説いて今年初めに話題になった現代貨幣理論(MMT)も、同じ流れの一部と理解することができる。

注目されるのは、景気拡大が史上最長の11年目、失業率が50年ぶりの低水準、という循環的には最高の経済情勢の下で、現状を強く否定する政策論議が巻き起こっていることである。これでひとたびリセッションにでもなれば、反富裕層、反大企業の動きはいよいよ大きなうねりとなって、米国資本主義を本格的に揺さぶるに違いない。

ウォーレン的な政策の少なくとも一部は、いずれかなりの確率で実現するのではないか。そこにMMT的な財政赤字拡大の圧力が加わる可能性も、決して小さくない。

その帰結は、株安と金利上昇である。ただ、格差の縮小や政府の関与が潜在成長率の上昇につながる、という議論が正しいならば、株安は限定的なものにとどまる一方、金利上昇は相応の規模で進む理屈になる。

米国の金利が上昇すればドル高になり、欧州や日本でも金利引き上げの余地が生まれる。世界的に財政赤字の許容度が増し、いよいよインフレ圧力が高まるという状況すら考えうる。

米国の格差問題は、長い時間をかけて、世界的な金利上昇圧力に転化していく可能性を秘めているのである。具体的な時期の予測は難しいが、そうした変化がいずれ起こる確率は意外に高いのではないか。

金融政策と市場機能の重視という現在の政策思想の下では、先進国の低金利政策に出口が訪れる可能性はほぼゼロである。金融緩和で物価が上がるという教科書的なメカニズムは20世紀の遺物だと考えた方がよい。しかし、低成長と格差問題が「政策思想」そのものを財政機能重視へ転換させる、という別のルートで、金利上昇圧力が高まっていく可能性は十分にある。

30年債、50年債といった超長期の固定金利投資に伴う大きなリスクの1つは、この「政策思想の転換」である。50年という歳月は、現在の経済学を前提とした予測が意味を持ちうる時間の範囲を超えている。途中のどこかで非連続的な変化がほぼ確実に起きる、と考えておく方が無難である。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています) 

門間一夫氏

*門間一夫氏は、みずほ総合研究所のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し現職。

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編集:田巻一彦

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