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コラム:狂うCPI上昇の筋書き、背景に高齢化も=村嶋帰一氏
August 3, 2017 / 5:21 AM / 4 months ago

コラム:狂うCPI上昇の筋書き、背景に高齢化も=村嶋帰一氏

[東京 3日] - このところ、個人消費に底堅さが出ている。国内総生産(GDP)ベースの実質個人消費は1―3月期に前期比0.3%増加、14日に発表される4―6月期もはっきりと増加した可能性が高い(コンセンサス予想は0.5%増)。

雇用・所得環境の改善やそれに伴う消費者センチメントの持ち直し、株高に伴う資産効果などが個人消費を押し上げているとみられる。

<個人消費は雇用者報酬ほど伸びない>

とはいえ、今年1―3月期の実質個人消費の水準を、2014年4月の消費増税前の2013暦年平均と比較すると、依然として0.4%下回っている。一方、今年1―3月期の実質雇用者報酬は2013暦年平均をすでに2.1%も上回っている。雇用者報酬の増加のわりに、個人消費が伸びないという傾向が読み取れる。

この背景としては、まず、税・社会保障負担の増加が重しとなり、可処分所得が雇用者報酬ほどには伸びなかったことが指摘できる。ただ、先行きを展望すると、家計を巡る大型の税・社会保障負担の増加はすでに一巡しており、この点からみれば、雇用者報酬と可処分所得の伸びのギャップは縮小する可能性がある。

雇用者報酬が伸びる中で、個人消費の足取りが緩慢だったもう1つの理由として、年金生活者の存在(あるいはその比重の高まり)が指摘できる。年金生活者は、直接的に雇用・所得環境の改善の恩恵を受けられない上に、政府による年金給付削減の打撃を受けてきた。

数字で確認すると、名目年金給付額は2013年度に(正確には10月から)1.0%、さらに2014年度にも0.7%削減された。これは、2000年度から2002年度にかけて、物価下落にもかかわらず、特例法でマイナスの物価スライドを行わずに年金額を据え置いたことに伴う「払い過ぎ」(特例水準)を解消したことによるものである。

一方、消費者物価指数(CPI、総合)は、2013年度に前年比0.9%、2014年度には2.9%上昇した。2013年度の上昇は、日銀による量的質的金融緩和の導入に前後した円安ドル高を主因としており、2014年度は、それに消費増税の影響が加わった。

以上の結果、年金生活者の実質購買力は2013年度に1.9%、2014年度には3.6%低下したことになる(年金額の変化率-インフレ率)。その後、2015年度は0.7%上昇したが、2016年度はほぼ横ばい、2017年度は小幅減にとどまっており、現時点の年金生活者の実質購買力は2012年度を約5%下回っていると試算される。この点が、上で述べた雇用者報酬と個人消費のギャップを生み出す一因になった可能性が高い。

われわれエコノミストは、家計部門を代表するのは雇用者であり、彼らを巡る雇用・所得環境が個人消費の動きを規定すると考えがちである。ただ、年金生活者数の雇用者数に対する比率はすでに70%に達しており、少子・高齢化が続く中、「雇用者=家計部門の代表」という理解はすでに正確性を欠いているとみられる(1990年代後半はこの比率が約50%だった)。個人消費の動向を理解・予測する上では、雇用者に加えて、年金生活者の状況を正確に把握する必要性が高まっている。

<年金生活者の実質購買力は今後も低下へ>

年金生活者が個人消費の重しになるという構図は今後も続く可能性が高い。政府は近年、年金財政の持続可能性を高めるため、年金給付の抑制措置を導入・強化してきた。その代表として、マクロ経済スライド(現役被保険者の減少と平均余命の伸びに基づいて年金額を減額する仕組み)があげられる。

また、政府は昨年12月、マクロ経済スライドの適用を拡大すると同時に、賃金変動が物価変動を下回る場合に、賃金変動に合わせて年金額を改定する考え方を強化する法案を可決した。

現在の制度を前提に、1)CPIは今後、毎年1%ずつ上昇する、2)現役世代の1人当たり賃金も同じく1%ずつ上昇する、という機械的な仮定をおいて、今後の年金改定率を計算したところ、2017年度実績のマイナス0.1%の後、2018年度以降、2025年度までは名目で据え置きが続くという結果になった。この場合、実質購買力は毎年1%ずつ低下し、2025年度までの累計では8.5%も低下する。

こうした厳しい見通しは、現役世代にも大なり小なり理解されている可能性が高いように思われる。政府は、年金財政の持続可能性を高め、現役世代の年金制度への信頼を取り戻すために、給付抑制措置を導入・強化してきたのだが、それが現役世代の老後不安を強め、貯蓄率の上昇を通じて、個人消費に下押し圧力を及ぼしてきた可能性がある。「意図せざる帰結」を招いたように見受けられる。

以上の考察は、現役世代の雇用・所得環境の改善ほどには個人消費が増加しないという構図が今後も続く可能性を示唆している。日銀は、雇用・所得環境が改善すれば、個人消費が持ち直し、さらにそれがCPIを押し上げていくと想定してきた。ただ、日本の家計部門を巡る現況は、より複雑なものになっているように思われる。

<需給ギャップ縮小を過大評価すべきでない>

日銀は、7月の展望レポートの中で、2%のインフレ目標が達成されると見込まれる時期を従来の「2018年度頃」から「2019年度頃」にいとも簡単に先送りした。ただ、それでも、「2%の物価安定の目標に向けたモメンタムは維持されている」と指摘、その中心的論拠として、マクロ的な需給ギャップ(実際のGDPの潜在GDPからのかい離率)が改善していくことをあげた。

ただ、仮に需給ギャップの改善が続いたとしても、それが輸出主導(あるいは設備投資主導)によるもので、個人消費のよりはっきりとした回復を伴わない場合、家計向けの財・サービス価格であるCPIに働き掛ける力は限定的にとどまる可能性がある。ここでは触れないが、この点は統計的にもある程度、確認することができる。単なる需給ギャップの動向以上に、個人消費が今後の物価動向を占う上で重要になっているのだ。

本稿で議論した通り、年金生活者の実質購買力の低下が足かせとなることで、個人消費の回復が現役世代の雇用・所得環境の改善を下回り続けるとすれば、需給面からCPIを押し上げる力は緩慢なものにとどまり、CPIの伸びは需給ギャップから示唆されるよりも小幅となろう。

*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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