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コラム:アベノミクス再起動の「難易度」=村嶋帰一氏
2017年11月1日 / 08:33 / 23日後

コラム:アベノミクス再起動の「難易度」=村嶋帰一氏

[東京 1日] - 日本株上昇に弾みがつく中、第4次安倍内閣が発足した。筆者は、9―10月にアジアと欧米の投資家を訪問し、日本経済や金融市場の見通しについて意見交換を行ったが、今回、彼らの相場観を変化させる契機となったのは安倍晋三首相の解散・総選挙の決断だったとみて間違いないように思われる。

特にヘッジファンド勢が、予期せぬタイミングでの解散・総選挙をきっかけに、日本の良好な経済ファンダメンタルズや企業収益を再評価し、日本株に対して強気に転じた印象が強い。

ただ、少し腑に落ちないのは、解散・総選挙の決断(その結果としての自民党勝利)と日本の経済ファンダメンタルズとの間に本来、直接的な関連性がないことである。自民党の勝利により、安倍首相の指導力が強化され、これまで実行できなかった政策が実行可能になったのであれば、この間の相場展開は理解しやすい。

しかし実際には、今回の選挙結果があって初めて実行され得る政策、特に経済を長い目でみて活性化するような政策はこれといって見当たらない。例外的なのは金融政策であり、金融市場では、自民党の勝利により、黒田東彦日銀総裁の続投と現在の金融政策スタンスの長期化の可能性が高まったと受け止められている。

<従来の発想から抜け出せない>

10月26日に開催された経済財政諮問会議で、安倍首相は「賃上げはもはや企業に対する社会的要請だ」と述べ、来年の春闘での3%の賃上げ(定昇を含む)を求めた。政権は賃上げのための税優遇措置の延長・拡大を検討していると伝えられている。

ただ、安倍政権は、政権発足当初から賃上げに対する税優遇措置を実施してきたことに注意する必要がある。2013年度には、給与支給総額が前年比で5%以上増加した場合、増加額の10%を税額から控除できる制度を導入した(所得拡大促進税制)。

翌年には、この基準を「5%以上」から「2%以上」に引き下げ、2013年度と2014年度に適用できるようにした。さらに、今年度には、上記の措置に上乗せして、従業員1人当たりの平均給与が前年比2%以上増加した場合、前年からの増加額の2%を控除できる措置を取り入れた。

もっとも、こうした措置はこの間、企業行動を大きく変化させるには至らなかった。労働需給のタイト化を受け、パートタイム労働者の時間当たり賃金の伸びははっきりと高まっているが、一般労働者(中心は正社員)の所定内給与の伸びは従来のレンジ内にとどまっている。正社員の所定内給与は、企業の中長期的な事業環境に対する認識に強く依存しており、いつまで続くか不透明な税優遇措置への感応度は低い。

今回も、企業行動を大きく変化させるような仕組みを導入するのは困難なように見受けられる。現行の所得拡大促進税制は今年度末(2018年3月)で失効するため、政府は小規模な措置を追加した上で、さらに2―3年延長する可能性が高いだろう。ただ、その場合、経済効果は限定的とみられる。

<内部留保課税は困難>

衆院選中に、希望の党は、企業が設備投資や賃金、配当、自社株買いといったより生産的な用途に現預金を振り向けるのを促すため、内部留保への課税を打ち出した。これを機に、一部で日本企業が溜め込んだ多額の現預金にペナルティーを課す可能性が注目された。

ただ、筆者は、安倍政権が内部留保課税を導入する可能性は極めて低いとみている。まず、二重課税という法的ハードルがある。内部留保は、企業が利益を計上した時点ですでに課税されている。また、上で述べたように、設備投資拡大や賃上げなどの政策目標を達成するため、この種の政策措置で企業の背中を押そうとしても、それが中長期的な経営方針と整合的でない場合、うまくいく可能性は低いだろう。

人手不足の強まりを踏まえると、中長期的な労働生産性向上に向けて、省力化投資に対して思い切った税優遇措置を打ち出すことが効果的ではないか。例えば、省力化投資の即時償却が想定される。ロボットの導入やホテルでの自動チェックアウト設置、小売店の自動販売機など、省力化投資の例は確実に増加している。省力化投資の即時償却は、人手不足が顕著な個人消費関連業種を中心に、資本による労働の代替を促し、ひいては労働生産性を高める有効な方法となり得よう。

ちなみに、トランプ米政権が法人税率を20%かそれに近い水準まで引き下げた場合、安倍政権も法人税率の一段の引き下げを行うのではないかという見方がある。日本の2017年度の法人税率は23.4%、地方税を含む実効税率は29.97%と、2014年度のそれぞれ25.5%、34.62%から低下した。

しかし、近年の法人税率引き下げにもかかわらず、賃上げや設備投資拡大につながらず、企業には多額の内部留保が積み上がっている。法人減税の効果は不透明と言わざるを得ない。こうしたなか、さらなる法人税率引き下げに向けた政治的ハードルは高いように思われる。

<教育無償化と賃上げ促進の矛盾>

安倍首相は9月、消費税率を予定通り2019年10月に8%から10%へ引き上げる一方、増収の一部を教育無償化などに充てる方針を表明した。具体的には、3―5歳児については幼稚園・保育園の完全無償化、0―2歳児については低所得世帯に絞った無償化が計画されている。

自民党が打ち出した教育無償化は、旧民主党政権が2010年度から実施した高校の授業料無償化を想起させる。旧民主党と自民党の教育無償化の最も重要な違いは、対象が高校か幼稚園・保育園かである。旧民主党の政策は、高校教育の機会を平等に与えることが狙いであり、社会政策だったと考えられる。一方、自民党の教育無償化は、子供の養育にかかる家計負担を軽減し、中長期的に出生率を押し上げることを目指している。

自民党の施策の方が、旧民主党の政策に比べると、少子高齢化対策としての効果はやや大きい可能性があろう。とはいえ、それが家計行動と出生率にどの程度の影響をもたらすかは極めて不透明である。また、本質的な論点ではないが、教育無償化で浮いたカネにかかわる限界消費性向は高くない可能性が高く、個人消費へのインパクトも限定的とみられる。

この問題に関連し、政府は待機児童対策の保育所整備を巡り、経済界に資金拠出を3000億円増やすよう要請、経済界はそれを受け入れた。消費増税に伴って政府がまとめる2兆円規模の教育無償化・待機児童対策で不足する財源に充てる。保育所整備で企業がすでに負担している「事業主拠出金」は従業員の賃金に一定の比率(現在は0.23%)を掛けて算出するため、賃金への課税とみなすことができる。

企業の負担が3000億円増えれば、前述した所得拡大促進税制による税負担の軽減(2014年度は2478億円、2015年度は2774億円)は容易に帳消しとなりかねない。政府の税制が、賃上げを促進するものとしてどの程度一貫しているのか疑問である。

最後に補足すれば、衆院選では、構造改革を巡る議論(潜在成長率を改善させるには何が必要か)は低調にとどまり、与野党ともに抽象論の域を出なかった。安倍政権は当面、全く新しい改革に取り組むよりも、働き方改革などこれまでに打ち出した政策の立法化を粛々と進めていく可能性が高いように思われる。臨時国会の開催は見送られるとも伝えられており、経済政策論議はしばらくの間、低調にとどまるリスクが高まっている。

*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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