January 24, 2018 / 2:05 AM / 5 months ago

コラム:成長と格差拡大、クズネッツ曲線は繰り返すか=河野龍太郎氏

[東京 24日] - 理論上、自然利子率がマイナスの領域まで低下し、長期停滞に陥った経済において、積極的なマクロ経済政策に頼ったままでは、結局のところ、バブルか、大幅なプライマリー財政収支(PB)赤字か、あるいは大幅な経常収支黒字を抱え込むことでしか、完全雇用を達成できず、いずれも持続性に大きく欠ける。

長期停滞に陥っていたと考えられていた日米独が現在、完全雇用に達しているのは、長期停滞を脱したからではないのだろう。米国を中心に株式バブルや不動産バブルが醸成され、同時に日本は継続的なPB赤字を抱え、ドイツは大幅な経常黒字を抱えているから、一時的に総需要がかさ上げされているというのが筆者の仮説である。事実、完全雇用にあるにもかかわらず、いずこも賃金やインフレ、長期金利の上昇が遅れている。

もし米国でバブルが弾ければ、大幅なドル安が訪れるため、ドイツは大幅な経常黒字を維持できなくなるだろう。日本も外需には頼れなくなるから、これまでと同水準のPB赤字では完全雇用を維持できなくなる。米国でバブルが弾けても、 将来、また新たなバブルを米連邦準備理事会(FRB)がアグレッシブな金融緩和で醸成するであろうから、より大きなPB赤字を作ることで、それまで凌(しの)ごうとするのだろうか。

実際、1990年代末以降、米国が完全雇用に達したのは、2000年代初頭のITバブルの時と2000年代半ばの住宅・クレジットバブルの時だけだ。いずれもバブルがピークに近づく頃、世界中がユーフォリア(陶酔感)に浮かれ、政策当局者も「世界同時好況」を口にしていた。

我々は、バブル醸成による世界同時好況とバブル崩壊による世界同時不況を20年近く繰り返しているわけだが、この状況はまだ続くのだろうか。今回は、歴史的な視点で考えてみる。

<レーガン・サッチャー革命の功罪>

トマ・ピケティ教授が2013年の著書「21世紀の資本」で指摘したのは、1970年代以降、米英などアングロサクソンの国々だけでなく、多くの先進国で経済格差が広がっていたという事実だった。戦後、多くの国で、低下を続けていると信じられていた「クズネッツの逆U字曲線」が再び上昇トレンドに入っていたということである。

農業社会から工業社会への移行の過程で成長と不平等が進み、その後、不平等が縮小するというのがサイモン・クズネッツが提唱した理論だ。X軸に1人当たり国内総生産(GDP)水準などの経済発展、Y軸にジニ係数など所得分配の不平等さを測る指標を置くと、逆U字の曲線を描く。

ピケティ教授は、資本主義においては本質的に、経済格差の拡大は不可避であり、戦後、格差が縮小したのは、戦時中に破壊された資本の再蓄積の過程で、一時的に高い成長になったからだと論じた。新古典派の成長理論が示す通り、確かに資本蓄積の過程では、一時的に成長率が高まる。

資本主義の下では本質的に経済格差の拡大は不可避という主張に対しては、今も議論は分かれるが、理論上、そうした状況は出現し得る。もし資本と労働の代替の弾力性が1を超え、労働が資本に代替されれば、資本の取り分が増え、労働の取り分が低下するから、経済格差は拡大する。近年観測されるイノベーションの多くは労働節約的であり、資本や高スキル労働に対して有利なものが多いため、経済格差が広がっている可能性がある。

事実、AI(人工知能)やロボットに職が奪われるというのが多くの国が抱える心配事だ。日本では、幸いにして生産年齢人口が減少しているから、今のところは、他国ほど仕事の消滅を懸念しないで済んでいる(デジタル革命の脅威にさらされている金融業は、その例外かもしれない)。

戦後、各国で観測された高い成長が、資本の再蓄積などによる一時的なものだった、という点に関しては、多くの研究者が今となっては同意する。問題は、リアルタイムでは、そのように理解されなかったことだ。

高い成長が続くはずだと多くの国は考え、アグレッシブなマクロ経済政策を追求したため、1970年代はマクロ経済が各国とも相当に不安定化した。その反省から、景気刺激的な財政政策や金融政策にばかり頼るべきではないと主張したのが、米英のレーガン・サッチャー革命である(ただ、米国ではサプライサイドの強化を強調したものの、一方で軍備増強を追求したため、結局、歳出が拡大して亜流のケインズ政策になってしまった)。

総需要政策ではなく、規制撤廃など資源配分を効率化し、潜在成長率を高めるという発想に立っていた点で、レーガン・サッチャー革命は高く評価され得る。しかし問題は、資源配分の効率性を追求しただけでなく、同時に、所得分配の弱化でも潜在成長率が高まると考えてしまった点だ。より稼ぐ人に、強い金銭的インセンティブを与えてより高い成長を目指すとして、大幅な減税に踏み切った。

結局、レーガン・サッチャー革命で、潜在成長率の回復に失敗したことを考えると、大幅な所得減税による所得分配の弱化で、経済格差を助長しただけという誹(そし)りを拭えない。規制緩和など競争政策を強化するのなら、これまで以上に勝ち組と負け組の格差が明確化するから、本来、セーフティーネットの拡充など、所得分配を強化する必要もあった。少なくとも所得分配をむやみに弱化すべきではなかったと言える。こうした規制緩和と所得分配の弱化の大きな潮流も、クズネッツの逆U字曲線の再上昇トレンドを生み出した要因だと思われる。

<19世紀前半との類似点>

ただ、もう1つ大きな要因が存在する。それは技術要因であり、19世紀前半とのアナロジー(類推)で論じることができる。

戦後、1970年代まで一貫して低下していたクズネッツの逆U字曲線は、それ以前、どのように推移していたのか。先進国と呼ばれる欧米の国々が、成長を開始したのは19世紀初頭だ。それ以前も成長が全くなかったわけではないが、主に人口増によるもので、1人当たり所得はほとんど成長しなかった。

また、トマス・ロバート・マルサスが論じた通り、食料の制約によって人口増も限られていた。1人当たり所得の継続的な成長が始まったのは、ナポレオン戦争直後の1815年からだ。産業革命自体は18世紀に始まったが、工業社会へのシフトが始まったのは19世紀初頭であり、その後、成長の時代が訪れる。まず、英国で始まり、その後、フランス、ドイツ、オランダ、米国に波及した。それがクズネッツの逆U字曲線の起点である。

ただ、1人当たり所得の継続的な増加が始まっても、19世紀半ばまで、所得増は資本の出し手やアイデアの出し手に集中した。つまり、イノベーションで生産性が高まり、1人当たり所得は増加したが、実際の所得増は一部の人々に集中し、平均的な労働者の所得増は限られていた。それゆえ、経済格差は拡大し、 クズネッツの逆U字曲線の上昇が続いた。筆者の念頭にあるのは、当時と同じような経済メカニズムが現在働いているのではないか、ということである。

クズネッツの逆U字曲線の上昇が止まったのは、英国ではやや早く、1860―1870年代だ。農村の余剰労働が、ロンドンやマンチェスターなど工業部門で吸収され、ついに枯渇する。それまで弾力的な労働供給が賃金上昇を抑制していたが、農村の余剰労働が枯渇、ルイスの転換点(農村から都市への労働力移動の終焉)を迎え、実質賃金の急上昇で経済格差の拡大が止まったのだ。ただ、逆U字曲線の継続的な低下が始まるには、もう少し時間を要する。

逆U字曲線の低下トレンドが始まるのは、国によってばらつきがあるが、1930年代の戦間期以降だ。「狂騒の20年代」と呼ばれた米国の1920年代の大バブルの崩壊後、大恐慌が始まり、欧州をはじめ世界中に飛び火した。資本主義体制は不安定化し、台頭する全体主義、共産主義の脅威に対し、レッセフェール(市場原理に任せた自由放任主義)を修正、社会保障制度の開始や充実を行い、その財源確保のために累進課税が導入される。

実際に全体主義国家と戦火を交えることになり、その財源確保のため、累進課税はさらに強化された。これらの結果、逆U字曲線の継続的な低下が始まり、さらに戦後は、資本の再蓄積の過程で高い成長が続き、そのことも経済格差の縮小継続につながった。

すでに触れたように、筆者の仮説は、大きな産業構造の変化によって、19世紀初頭と同様、クズネッツの逆U字曲線が1980年代以降再び上昇を開始したのではないかということだ。なお、逆U字曲線が一度限りの現象に終わらず、繰り返し生じる可能性があるというのは、長く世界銀行の主任エコノミストを務めたブランコ・ミラノヴィッチ氏のアイデアである。

<民主主義体制が不安定化するリスク>

振り返ると、1980年代以降、先進国では工業社会からポスト工業社会への移行が始まり、現在のデジタル革命もその延長線上にある。ポスト工業社会への移行は、19世紀初頭に始まった工業社会への移行に匹敵する大きな産業構造、社会構造の変化であり、当時と同様、資本やアイデアの出し手に所得増加が集中し、それゆえ、経済格差が拡大している可能性がある。

ここ数年、加速してきたのは、当時もそうだったように、イノベーションが始まって30年余りが経過し、指数関数的な影響が経済社会のあらゆる分野に広がり始めたからだろう。ロボットや AI、自動化があらゆる領域に適用され始めたのも、ここ数年の出来事だ。

ただ、19世紀と異なる点もある。当時は、ルイスの転換点を迎えることで、平均的な労働者の実質賃金は大幅に増加し、イノベーションの恩恵が広く人々に行き渡るようになった。しかし、今回のデジタル革命では労働は不要とされるから、困難な時代が長引く可能性がある。

現在、米国において、デジタルに仕事を奪われた低スキル労働を吸収するのは、料理宅配サービスの「ウーバーイーツ」のような仕事ばかりだ。経済格差の拡大が止まるきっかけが、なかなか見えてこない。いや、それは筆者の想像力が乏しいだけで、あらゆる自動化によって、以前のように長時間働かなくても、豊かな生活を送ることができる時代が訪れるのだろうか。

1928年、ジョン・メイナード・ケインズは、「孫の世代の経済的可能性」と題する講演を母校ケンブリッジ大学で行った。100年後は、1人当たり所得は4―8倍に膨らみ、当時の1日の10時間労働が3時間程度の労働で済むようになる。そして、豊かになった人類はいかに余暇を過ごすかが最大の悩み事になると論じた。

計算上、1人当たり所得は、ケインズが当時想定した通りのペースで拡大しているが、所得増加が一部の人々に集中していることもあって、3時間労働の方向に向かっているようにはみえない。

クズネッツの逆U字曲線の歴史的なもう1つの転換点は1930年代だったが、そこでは、経済格差が続く下で、深刻な不況が訪れ、社会的な安定性を何とか保つために、社会保障制度の開始・拡充などが図られた。近年の欧州における極右勢力の台頭、米国における「トランプ現象」や英国の「ブレグジット」などは、エスタブリッシュメントに対する低所得層の反発が生んだポピュリズム現象と言えるが、そうした動きが広がる一方で、経済格差はさらに拡大している。このまま悪循環が続けば、民主主義体制が相当に不安定化するリスクがある。

それゆえ、所得分配が強化され、例えばベーシックインカムを導入、その財源として二重課税を承知の上で資産課税やフローベースの内部留保課税などが検討されるのかもしれない。

ただ、デジタル革命による経済・社会構造の大変化で恩恵を受ける人々は、自らの努力によるものと当然にして考えるだろうから、獲得した所得を進んで分かち合おうとはしないだろう。それゆえ、社会の安定性が極度に損なわれるといった事態になるまでは、所得分配の大幅強化は採用されない可能性がある。あるいは1930年代もそうであったように、戦争という暴力的なメカニズムが所得分配を強化するきっかけとなるのだろうか。

世界経済に対する楽観が広がっているが、それが2000年や2006年のようなバブルによる総需要の一時的なかさ上げではなく、長期停滞からの真の脱却であることを祈るばかりである。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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