February 10, 2020 / 9:30 AM / 2 months ago

コラム:想定外の「新型肺炎」、ドル/円上昇シナリオに波乱も=尾河眞樹氏

[東京 10日] - 中国を中心とする新型コロナウイルス(新型肺炎)の感染者はすでに4万人を超え、死者は9日時点で900人以上に達したといわれる。2002─03年にやはり中国から広がった重症急性呼吸器症候群(SARS)と同様、人的被害の深刻さはもとより、世界的な規模で経済や金融市場にも影響が広がっている。

昨年8月は元安とともに円高が進行し、ドル円は108円台から105円台まで約3%下落したが、今後、同様のマグニチュードで元が急落した場合には、ドル円が足元の110円付近から107円前後へと下落する可能性もあると、ソニーフィナンシャルの尾河氏は指摘する。写真は2010年10月、韓国ソウルで撮影(2020年 ロイター/Truth Leem)

とはいえ、SARSがまん延した当時の状況とは相違点も多い。まず、市場環境については、2002年当時は米国とイラクとの緊張激化(2003年にイラク戦争に発展)、7月の米通信大手ワールドコム破たん、そして2001年のIT不況や米国同時多発テロの後遺症による米失業率の上昇など、悪材料が並んでいた。

SARSはそうした不安定な環境下で猛威を振るったが、今年は新型肺炎の不安にもかかわらず、少なくとも1月中旬まで米株価が連日史上最高値を更新していた。

また、17、18年前に比べて医療やテクノロジーも一段と進化しており、各国で新薬やワクチンの開発が急ピッチで進められているとの報道も多く見られる。感染拡大が今後どこでピークを迎えるかを予想することは難しいものの、交流サイト(SNS)上での情報の拡散スピードや、状況監視にドローンを活用する中国当局の動きなどを見るにつけ、新型肺炎の被害がSARSほどの長期間に及ぶ可能性は低いと期待したい。

<米株価の急騰は市場の「歪み」か>

一方で、市場の過度な楽観にも警戒したいところだ。このところ、ドル、米株価と米長期金利の動きにかい離がみられる。特に、ドル指数.DXYは2月3日に中国人民銀行がリバースレポによる資金供給を発表してから、5営業日連続で上昇を示す陽線を描いた。中国当局の対応や更なる資金供給への期待から、この間に米株価は急騰したが、ドル指数の上昇はこれを反映しているようにもみえる。

しかし、反対に米長期金利は低迷しており、市場心理のリスクオンによる米株価上昇が米長期金利上昇とドルの上昇へとつながるポジティブな連鎖が起きているとは評価しづらい。為替だけみれば、「リスクオフ」のドル買いというケースもあり得る。実際、リスクオフの際には、ドルや円といった、低金利で流動性の高い先進国通貨は買われる傾向にある。足下で円の名目実効為替レートがドル指数とともに上昇している点を見れば、「市場における警戒感がドルの上昇と長期金利の低下を促している」と言えなくもない。しかし、この場合、当然ながら米株価の上昇が説明できなくなってしまう。

金融市場にこうした「歪み」が生じている時は、どれかが間違っている可能性を警戒すべきだろう。筆者は、依然として感染が急拡大している状況下での、米株価の急騰ぶりにはやや違和感を覚える。

<行き過ぎた楽観の調整局面も>

確かに、中国当局の資金供給策など、評価すべき面はある。中国政府の対応の遅さに中国国内も徐々に批判を高めており、習近平指導部は正式に初動の誤りを認めた。それゆえ、習政権は必死になって、更なる資金供給や景気対策などの対応を検討する可能性もあるだろう。

また、2月初旬に発表された米国の1月ISM製造業・非製造業景況指数や1月雇用統計などが良好な結果だったことも心強い。

しかし、こうした経済指標には、まだ新型肺炎の影響は反映されていない。影響は3月以降に出てくる指標まで待たないと分からない。中国のサプライチェーンが分断されている状況が、世界経済や企業業績に今後どの程度影響を及ぼすのかを注視する必要があるし、動向次第では一時的に行きすぎた楽観の調整局面があるかもしれない。

特に為替に関していえば、新型肺炎が円相場に与える影響のバロメーターとして、筆者は人民元相場の動向に注目している。人民元と円は過去には 「アジア通貨」というくくりで、対ドルで類似の値動きだった時期もみられた。

しかし、特に米中通商摩擦が激化した昨年の夏場以降、両者は明確に逆相関となっている。中国経済にとってダメージとなる出来事に対して、市場全体が「リスクオフ」に反応し、その結果ドル高・円高が進行することが背景だ。

新型肺炎の感染拡大に伴って人民元は対ドルで下落し、2月3日には一時1ドル=7.0元の大台を超える場面が見られた。足下の現相場は中国政府の対応への期待から小幅に持ち直しているが、状況次第では今後、昨年8月のように一気に7.0元を超え、7.2元をうかがうほどの急落を見せる可能性もある。

昨年8月は元安とともに円高が進行し、ドル円は108円台から105円台まで約3%下落したが、今後、同様のマグニチュードで元が急落した場合には、ドル円が足元の110円付近から107円前後へと下落する可能性もあるとみている。

<いったんは円高進行の可能性も>

年明け時点のドル円相場の見通しは、夏場ころまでに円安・ドル高が進行し、一時115円付近を試すというものだった。この背景には、今年最大のテーマである米大統領選がある。

具体的な理由としては、第1に、外交面での環境改善が挙げられよう。実際、昨年市場を混乱させた米中通商協議は第1段階の合意に達し、1月15日に署名、2月14日に発効する予定だ。同日付で約1200億ドル分の中国製品に対する米国の制裁関税が、現行の15%から7.5%に引き下げられる。

また、新年早々に緊張が高まったイラン情勢は素早く収束した。昨年悪化した米欧の通商摩擦も、少なくとも米側からは協議を進めて合意を目指すとのメッセージが出ている。こうした、トランプ大統領による、自らまいた火種を自ら消して回るという、いわゆる「マッチポンプ」的な戦略は、今秋の大統領選までの支持率上昇を狙った選挙戦術のようにみえる。

第2に、支持率上昇を狙って、トランプ政権が一段の株価上昇を狙った景気対策を実行する公算が大きい。カドロー米国家経済会議(NEC)委員長は、トランプ政権が新たな減税政策「減税2.0」を検討中で、今年夏にも公表する予定であるとの見解を示している。

第3に、低金利環境の持続がある。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は2%のインフレ目標達成を、金融政策で支援するとの方向性を改めて明示した。フェデラル・ファンド(FF)金利先物を見ると、市場では今年1.7回の利下げが織り込まれているようだ。当社(ソニーフィナンシャルホールディングス)は年内据え置きとみているが、いずれにせよ、現在の低金利環境は当面続くとみるべきだろう。

これらの要因が下支えとなり、大統領選前、少なくとも年前半は米株高でリスクオン、夏までにじわりと円安が進行するという年初の見立てに変わりはない。

ただ、「想定外」の新型肺炎ショックによって、ドル/円が今後明確な上昇トレンドに入る前に、上述した理由から、いったん円高が進行する可能性には注意が必要ではないだろうか。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

(編集:北松克朗、久保信博)

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