March 10, 2020 / 6:15 AM / a month ago

コラム:ドル円はどこまで下げるか、G7協調が鍵=尾河眞樹氏

[東京 10日] - ドル円はこの1週間程度で約10円の円高が進んだ。9日には東京市場で1ドル=101円台前半を付け、あっという間に昨年通年の値幅を超えてしまった。

 3月10日、ドル円はこの1週間程度で約10円の円高が進んだ。写真は2015年8月、上海で撮影(2020年 ロイター/Aly Song)

現在の水準が売られ過ぎか、買われ過ぎかを表すRSI(相対力指数)は足元で30を割り込んでおり、ドルにはやや売られ過ぎ感が浮上しつつあるものの、相場が勢い付いているだけに、なかなかブレーキはかかりにくい状況だ。

<短期的な下値は99円─100円のゾーン>

ドル円相場を俯瞰してみると、17年3月以降の過去3年間は、概ね105─115円のボックス圏で推移してきた。足下ではその下限を大きく割り込んでいるため、既にこれまでのボックス圏は100─110円に下方シフトした可能性もあり、当面上値の重さは変わらないだろう。11年安値の75円35銭から15年高値の125円86銭の半値戻しが100円60銭。英国が欧州連合(EU)離脱を決めた16年6月の「ブレグジットショック」で付けた安値が99円02銭なので、おおよそ短期的な下値メドとしては99円─100円ちょうどのゾーンとなりそうだ。

そこもさらに下抜けるとなると、フィボナッチ比率の61.8%戻しが位置する94円64銭がさらなる下値メドとして浮上するが、そこまで一本調子の円高トレンドとなるかどうかは、1)各国当局の今後の政策対応、2)グローバルな感染者数のピークアウト、3)新薬の開発──などの動向次第だろう。

<市場は経済指標などには反応薄に>

2月の米経済指標は、雇用統計はじめ市場予想を上回る好結果も散見されているが、もはや市場はこうした好材料にはほとんど反応しなくなっている。それほど市場のセンチメントは悪化しており、不安心理を示す「VIX指数(恐怖指数)」も08年のリーマン・ショック以来、久々に60を超えてきた。

3月3日に主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁による電話会議が行われ、「総ての適切な政策手段を用いる」と声明を出した。その直後に米連邦準備理事会(FRB)が50ベーシスポイント(Bps)の利下げを単独で実施したが、これがかえって市場の混乱を招いたと筆者はみている。

FRBの今回の政策対応は、1)3月18日の米連邦準公開市場委員会(FOMC)を待たずに利下げした結果、新型コロナウイルス感染拡大が米経済にもたらす打撃は大きいという憶測を生んで市場の不安をあおった、2)協調利下げとならず各国の足並みがそろっていないという印象を与えた、3)日欧の緩和余地が低いことがかえって浮き彫りになった──などの影響を及ぼしたとみられる。

現段階で重要なのは市場の過度な不安心理を鎮静化することであり、利下げよりもまず各国の強固な協調体制とセーフティーネットを示すことではないか。

しかし、一度この流れを作った以上、FRBは市場の催促に今後も応じ続けなければならないだろう。既に市場では3月18日のFOMCでの75Bpsの追加利下げが60%、100Bpsの利下げが40%織り込まれており、これを無視すれば米株価の一段の暴落を招きかねない。

<米国の利下げ余地には限界>

問題は米国の利下げ余地が限られることだ。18日のFOMCで50Bps利下げした場合、実質的にはゼロ金利まであと50Bpsしか下げ余地はない。量的緩和の再開も視野に入ろう。

この場合、米長期金利は一段と低下し、日欧との金利差は一層縮小する。シカゴIMM通貨先物ポジションを見ると、過去のVIX指数急騰前に比べて円売り持ちは少なく、買い戻し余地は限られる。例えば、18年2月のVIXショックの際には、同指数が50付近まで上昇する中で円高が進行したが、この直前の円売り持ちは約12万枚、15年8月の「チャイナショック」ではVIX指数が53まで上昇し、同じく円高となったが、直前の売り持ちは約10万枚だった。足元は3月3日時点で4.2万枚の円売り持ちとなっている。

とはいえ、投機筋が「FRBの大幅利下げと、緩和余地の少ない日欧中銀」というテーマ性を持って、対ドルで円やユーロを買い持ちに転換するリスクもある。こうした投機的な動きを防ぐためにも、今後は各国政府・中央銀行がいかに協調姿勢を強いメッセージとして示せるかが鍵となろう。

<企業への影響は「採算レート」を重視>

ところで、ドル円が急落した際、よく話題になるものとして、企業の「想定為替レート」が挙げられる。これは、企業が当該年度の事業計画や予算を設定する際に使用する、いわば「前提レート」のことだ。市場の実勢レートが想定レートから大きく乖離(かいり)すると企業決算に影響を及ぼすことから、市場参加者の注目度は比較的高い。

日銀短観で発表されている直近の想定為替レート(19年12月調査)は、大企業製造業では19年度通年が107円83銭、下期が106円90銭となっており、足元のドル円相場はこれらのいずれも大幅に下回っているため、輸出企業にとっては減益要因となり得る。

ただ、より実質的に重要なのは、企業にとっての損益分岐点となる「採算レート」であろう。採算レートは、例えば輸出企業の場合、資材の輸入コストなどを加味した上で、いくらの為替レートで海外に輸出すれば採算が取れるのかを示している。内閣府公表の「企業行動に関するアンケート調査」でこれまでの推移をみることができるが、リーマン・ショック後の09年以降、5年間は採算レートをドル円の実勢レートが下回る状況が続き、日本の輸出企業にとっては苦しい環境だったことが見て取れる。

14年以降は、いわゆる「アベノミクス相場」による円安で、この「逆ザヤ」状態が解消された。11年に75円台だったドル円相場が15年に一時125円台まで上昇するほどの大幅な円安(67%)となった。本来であれば資材などの輸入コストも上昇することから、同時に採算レートも大幅に上昇しそうなところ、実際には12年度の82円30銭をボトムに、16年度に102円30銭まで上昇(24%)し、その後は再び緩やかに低下している。

これは海外生産比率を高めるなどの企業努力による面も大きいだろう。製造業の海外生産比率は87年の3.1%から、18年には22.7%まで上昇した。直近2018年度の採算レートは98円85銭となっており、企業の円高耐性は比較的高まったといえよう。

<「日本は円高でも大丈夫」との見方は疑問>

ただ、ここのところよく言われる「日本はもはや円高でも大丈夫」といった見方には、筆者は懐疑的である。採算レートを大幅に割り込むドル安・円高が続いた場合には、もちろん輸出企業にとっては厳しい環境が続く。加えて極端な円高が続けば、労働コストの面でも、諸外国に比して相対的な競争力が低下する。また、円高は日本の投資家による外貨建て資産の目減りや、インバウンド効果の剥落をもたらす。輸出企業にとっての為替差損といった直接的な影響はいくらか和らいでいるとはいえ、円高は間接的な影響を伴って、やはりじわじわと日本経済にマイナス効果を及ぼすことになろう。

筆者は足元の円高はやや行き過ぎとみている。市場の過度な不安心理が落ち着いてくれば、リスクオフ(信用スプレッドの拡大)に伴う円高や、原油価格の下落にもブレーキがかかり始めるとみる。感染拡大がピークアウトすれば現在の低金利環境から今度はリスクオンに振れ、円安が進行する可能性もあるだろう。

ただ米中摩擦の再燃など、来年以降は再び円高が起こるリスクも残る。こうした為替変動リスクに備えるため、企業の海外生産比率は今後も右肩上がりとなりそうだが、今回の経験を踏まえて、これまで以上に中国以外のアジアへの進出強化など、分散を進める必要がありそうだ。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

(編集:北松克朗)

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