June 11, 2020 / 9:56 AM / 2 months ago

コラム:羅針盤を失ったドル円、レンジ相場が崩れるとき=尾河眞樹氏

[東京 11日] - 為替市場を分析する際の「セオリー」とされてきたものが、このところ明らかに機能しなくなっている。例えば日米の実質金利差(10年債)は、一般的にドル円との相関性が高いとされてきたが、現状、この2つは大きくかい離している。

6月11日、ソニーフィナンシャルホールディングスの尾河眞樹氏は、 日米金利差など為替市場を分析する際の「セオリー」とされてきたものが、このところ明らかに機能しなくなっていると指摘。写真は北アイルランドのベルファストにあるタイタニック・ベルファスト・ビルの入り口で撮影、2012年3月撮影(2020年 ロイター/David Moir)

少なくとも2018年2月ごろまでは強い相関性がみられたが、その後は日米実質金利差が縮小の一途をだどっているにも関わらず、ドル円は堅調なままだ。長期的に見ればいつかは相関性が戻る、というのも通説だったが、今のところその気配はない。それどころか、特に今年の3月以降はかい離が一層顕著になっている。

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、米連邦準備理事会(FRB)が積極的な金融緩和に乗り出したことで、3月11日から日米実質金利差はマイナス圏に突入。以降、マイナス幅は一層拡大し、以前の相関性を持ち出すなら、足元のドル/円は95円付近まで下落していても不思議ではない。しかし、107円台を中心に比較的安定したレンジ相場が続いている。

<名目金利でもかい離>

では、名目金利差であればどうだろうか。かつて日米の名目金利差とドル円には強い相関性がみられた。特に、リーマン・ショックを挟んだ2007年━09年の2年間はこの相関性が高く、相関係数は0.9とほぼ1.0に近い。同じ期間の実質金利差をみると、相関係数は0.54となるので、当時は実質金利差よりも名目金利差のほうがドル円相場への影響は大きかったことになる。

実質金利は企業の直接投資などに影響を及ぼすため、長期で見れば為替相場への影響は大きい。しかし、名目金利の変動は金融資産に資金を投じている投資家のリターンに短期的、かつ直接的な影響を及ぼすため、短い期間でみれば実質金利よりも大きな影響を及ぼすことが多い。リーマン・ショック時を振り返ると、危機発生直後に107円台だったドル/円は、日米名目金利差が急速に縮小する中で87円台まで下落した。

ところが足元、日米名目金利差から算出したドル/円は80円付近を指し示している。実際の相場とはかけ離れている。

中央銀行の資金供給量と比較してはどうか。FRBが3月以降に膨大な資金供給を行う中で、米中央銀行の資産規模は年初比で1.7倍まで膨らんだ。一方、日銀は同期間で1.1倍と拡大ペースが緩やかだ。

日米中銀のバランスシート比率とドル円で比較すると、FRBの資産規模拡大ペースはリーマン・ショック時を大きく上回っており、当時の相関性を当てはめれば、足元のドル/円は95円付近でもおかしくないことになる。従って、これも現状のドル円相場の説明要因にはならなくなっている。

実質金利差、名目金利差、中銀の資金供給量という、いわば為替相場の「羅針盤」ともいえる指標がいずれも使えない状況になっているのが現状だ。

各国が異例の低金利政策を導入する中で、おそらく金利と為替の関係は現在「水準の調整」の過渡期にあるのだろう。いずれ、これまでとは異なる水準で再び両者の相関性が復活する可能性が高い。

また、金利差以外の要因が、コロナ禍の中でこれまでより為替相場に大きな影響を与えていることも考えらえる。例えば、日本の国際収支の著しい減少だ。財務省が8日に発表した4月の国際収支によると、経常黒字は前年比84.2%減の1兆3986億円。うち、貿易収支は9665億円の赤字となった。

このところ、日本の経常収支は為替市場であまり材料視されなくなっていた。今や日本の経常黒字は大半を所得収支が占めており、利息や配当は外貨のまま再投資される傾向があることから、ダイレクトに円買いが起きにくいためだ。しかし、単月で1兆円を超える規模の輸出の減少となれば、さすがに円相場に影響するだろう。コロナ・ショックの影響による輸出の減少が、輸出企業の円買い圧力を弱めていたとしても不思議はない。

<1ドル=100円割れはあるか>

今後、新たな水準で日米金利差とドル円の相関性が回復した場合、短期的には名目金利差、中長期には実質金利差の順番で相場に影響を及ぼすと予想する。一方、「量」の問題はさほど影響しないのではないか。

リーマン・ショックの際にも、FRBが資金供給量を増やしたからというより、膨大な債券購入によって長期金利が急低下したからこそドル安が加速し、ドル円の暴落につながった可能性が高い。しかし、すでに足元では米長期金利の水準が当時に比べて圧倒的に低い。米10年債利回りは3月以降、1.0%割れの状況が続いている。FRBが資産規模をいくら拡大させたところで、日米長期金利差の急速な縮小は期待できそうにないところまで来ている。市場は期待で動くため、今後さらなる金利差の縮小が見込めないのであれば、ドル円は大幅には下落しにくいだろう。

こうした中、名目実効為替レートで見てもドルと円の力関係は拮抗しており、ドル円相場は一方向の大きなトレンドを描きにくくなっている。当面は105─110円のレンジを大きくは超えない範囲で、安定した相場になるのではないか。

FRBが今後、「マイナス金利政策」を導入するなら話は別だが、6月のFOMC(連邦公開市場委員会)で提示されたドットチャートでは、そのような主張をするメンバーはいなかった。他方、パウエル議長はFOMC後の記者会見で、金利上昇を抑制する「イールドカーブ・コントロール(YCC)」のブリーフィングを受けたことを認めた。

今回の会見だけでは判断しづらいものの、米国の名目金利が低水準で維持される(結果として実質金利が低下する)ような政策が今後導入される、あるいはその期待が市場で高まるようなら、株価など資産価格は上昇する一方、ドルの価値は一段と下落する公算が大きい。もっとも、その際には株価の上昇と相まって、「リスクオンの円安」ともなるため、1ドル=100円を割り込むような大暴落にはなりにくいだろう。

ただ、FRBがかつてない領域に踏み込むのを見るにつけ、将来に対しては一抹の不安がよぎる。13年5月、当時FRBの議長だったバーナンキ氏が、債券購入のペースを緩める(量的緩和縮小、テーパリング)を突然示唆したことで、翌月にかけて米株価が急落し、ドル/円も103円台から93円台へ下落した。金融市場ではこれを、かんしゃくを意味するテンパー・タントラムをもじり、「テーパー・タントラム」と呼んでいる。

足元のリスクオンが、あくまでコロナ対応による財政支出と金融緩和という「政策」に支えられたものであるならば、FRBが少しでも出口に向かう素振りを見せると「テーパー・タントラム」とは比較にならないほどの株価暴落と円高が起きるリスクがある。今回のFOMCで示された通り「2022年まで政策金利ゼロ」ならば、当面その心配は無用なのかもしれない。しかし、足元のリスクオンは、大きな懸念要因を将来に先送りした上で成り立っているものと言えるのではないだろうか。

 *本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

(編集:久保信博)

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