July 9, 2020 / 11:15 PM / a month ago

コラム:基軸通貨ドルの死角、官製相場に落とし穴はあるか=尾河眞樹氏

[東京 10日] - 新型コロナウイルスのショックが世界を揺るがした今年前半の為替相場を振り返ると、改めて「世界の基軸通貨はドルだった」ということを痛感する。

 7月10日、新型コロナウイルスのショックが世界を揺るがした今年前半の為替相場を振り返ると、改めて「世界の基軸通貨はドルだった」ということを痛感すると、尾河眞樹は指摘する。写真は1ドル札。2014年11月、スペインのセビリア近郊で撮影(2020年 ロイター/Marcelo Del Pozo)

ドルの名目実効為替レートは3月、ダウ平均株価が暴落し、市場がパニックに陥るなかで急騰。この時は、あらゆる資産を現金化する「キャッシュ化」の流れに注目が集まった。こうした非常事態では、まさに「世界の基軸通貨」であるドルの需要が高まることが確認された。

我々アナリストも、これまで「リスクオフでは円高圧力が強まるので、ドル円は下落する」と解説してきたが、それとは反対にドルは101円台から111円台まで急騰したのである。その後は、米連邦準備理事会(FRB)によるばく大な資金供給の下、ドルへの極端な需要は収まり、4─5月以降はドル安に転じた。円だけでなく世界の通貨がドルに振り回された半年間だった。

<演出された株高>

難しいのは、足下で為替相場がセオリー通りには動かなくなっていることだ。これまで、ドル円であれば「日米長期金利差」の拡大や縮小が、ドル円相場の方向性を読むうえで主要な決定要因となってきた。しかし、現状ではこの「金利差」が為替相場と整合していない。ドル円相場は短期的には日米の名目金利差、中長期的は実質金利差との相関性が高かったが、このセオリー通りなら100円割れが示唆されるところ、実際には107円台を中心に膠着(こうちゃく)したままだ。

米株価とドル円の相関性にしても同じことが言える。米株価が上昇すれば、一般的には米長期金利が上昇し、ドル高・円安となる。しかし、今は米株価が上昇しても、FRBの国債買入れによって、米長期金利が低く抑えられているためにドルは上昇しない。むしろ、リスクオンの際には市場に潤沢に供給されているドルがリスク資産や高金利通貨へ流れるためにドル安となり、円も同様の要因で売られるため、ドル円は動き辛くなる。

裏を返せば、各国の未曾有の金融緩和による長期金利の上昇抑制が、株高を演出しているとも言える。国際通貨基金(IMF)のレポートによれば、20カ国・地域(G20)による緊急経済対策は、合計で約10.9兆ドルにも及んでいる(6月25日時点)。このうち、雇用対策や給付金など、財政支出を伴うものは5.2兆ドルで、これはリーマン・ショック時の約2兆ドルの倍以上の規模だ。中でも米国、ユーロ圏、日本、豪州の大きさが目立つ。

これらの国々の中央銀行のバランスシート規模は、リーマン・ショック前の2005年に比べ、足下ではFRBが約9倍、欧州中銀(ECB)が約6.5倍、日銀が約4.5倍、豪中銀が約4倍に膨らんでいる。各国政府の財政支出と中央銀行による国債買い支えのポリシーミックスが株高につながる一方、通貨では流動性と信頼性の最も高いドルと円が同時に売られる、という構図は当面の間続きそうだ。したがって、ドル円は引き続き105─110円をコアとするレンジ相場になるとみている。

<予期せぬインフレ>こうした政府と中銀の政策に支えられた、いわゆる「官製相場」に落とし穴はないのだろうか。1つのリスクとしては、「予期せぬインフレ」が挙げられよう。

2013年5月、当時FRBの議長だったバーナンキ氏が、債券購入のペースを緩めるテーパリング(量的緩和の縮小)を突然示唆したことで、6月にかけて米株価が急落し、ドル円もこの間103円台から93円台まで下落した。この時の市場の激しい反応は、癇癪(かんしゃく)を意味する「テンパー・タントラム(Temper Tantrum)」を文字って、「テーパー・タントラム(Taper Tantrum)」と呼ばれている。

FRBの資産規模が、当時からさらに倍近くに膨らんでいることを踏まえれば、緩和からの「出口」を探る素振りをわずかに見せただけでも、当時とは比較にならない規模の市場の動揺が起こる可能性はある。ただ、需給ギャップの解消に10年はかかると言われるなか、インフレ加速のリスクは低い。筆者もFRBの利上げは早くて2026年とみており、当面は新たなテーパー・タントラムを心配する必要はないと考えている。

もう一つのリスクがあるとすれば、悪いインフレのパターンだ。トランプ米大統領はこれまでも、コロナ対策について「これは戦争だ」と述べてきた。戦争による巨額の財政支出は、国債増発懸念につながり、国債価格の下落、ひいては通貨の暴落とハイパーインフレに繋がってきたことは、これまでの歴史が示す通りだ。

ただ、現在のコロナ問題と戦争との大きな違いは、コロナ問題の敵はあくまでウイルスであって、ワクチンが開発されれば、いずれ戦いは終わりを迎えるということだ。それまでの「つなぎ」としての景気対策の実施であれば、際限のない財政支出とはなりにくい。

問題は、ワクチンがなかなかできない、あるいはウイルスが変異して新薬が効かない、さらには新種の感染症が再び現れるなどして、想定以上にウイルスとの戦いが長引くケースだ。この場合には、財政支出が一段と膨らんでいくなかで、どこかのタイミングで国債価格の急落や通貨の暴落が起きるかもしれない。とはいえ医療が進歩した現代において、このリスクも低いだろう。

<米の政治混乱とドルの信認>米国の場合、ドルが基軸通貨であることの優位性もある。米国債に対する海外からの需要は潤沢であり、FRBの国債買い入れと相まって、米長期金利が低位安定を維持しやすいとすれば、結局のところ当面「官製相場に落とし穴はない」との結論になる。ただ、5―10年先を見据えれば、足下の株高は、あらゆるリスクを先送りした上で成り立っているということは、常に意識しておく必要があるのではないだろうか。

冒頭にも述べた通り、ドルが世界の基軸通貨であることに変わりはない。基軸通貨とは、その信頼性と利便性において、他の通貨より勝っている通貨である。一般的に言われている具体的な条件としては、1)世界で流通し、国際的な貿易や資本取引に利用されている「決済通貨」であること、2)各国の通貨の価値基準である「基準通貨」であること、3)各国の通貨当局が外貨準備として保有する「準備通貨」であること──などが挙げられている。

今のところ、これらすべての面で秀でているのはドルである。具体的な数値としてよく示されるのは3)だが、世界の外貨準備の通貨別の保有率もドルが最大であることに変わりはない。ただ、ここ数年間でドルの保有率がじわじわと低下しつつあることも事実だ。2015年比では68%から61%に減少しており、特にトランプ政権が発足した2017年以降の減少は顕著だ。

この間、地味にアロケーション(構成比)を増やしているのがユーロ、円,人民元などだ。世界の外準の約3割は中国が占めており、米中摩擦をきっかけに中国がじわじわとドルから外貨への分散を進めていた可能性はあるだろう。

トランプ大統領が掲げた「アメリカファースト」にはじまり、ここ最近の米国を見ると、世界保健機関(WHO)との一方的な関係解消の表明や、米国の各地で起きたデモの暴徒化など、かつての「世界のリーダー」としてのポジショニングにやや陰りが見られるのは心配だ。

ひょっとすると中国以外の国々でも徐々にドルからの「分散」を進めている可能性もある。筆者は、ドルが基軸通貨であることに変わりはないと考えているが、米ドルへの信認が保たれるためにも、足下の米国の混とんとした政治情勢がうまく幕引きされることを祈りたい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

(編集:北松克朗)

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